第117話『落花狼藉の夜が明けて……』


かの世界この世界:117


『落花狼藉の夜が明けて……』語り手:タングリス      






 テルが呟いた言葉通りだった。


 明るさは滅びの徴であろうか 人も家も暗いうちは滅びはせぬ


 夕べは、その明るさに身をゆだねるしかなかった。


 ポルカだサルサだヨサコイだのと高揚していくうちに裸にされて、あっという間にヘルムの民族衣装に着替えさせられた。南欧風の衣装は提灯袖の半袖で胸ぐりが大きく開いていて、スカートは二重に穿かされたパニエでフワフワだ。スカートなどは軍籍に入ってからは身につけたこともなく。久々に自分の性別が男ではないことを自覚した。


 酔いつぶれたふりをして雑魚寝の中に加わった。


 みんな幸せそうに鼾をかいたり歯ぎしりしたり言葉にならない寝言を言ったり花提灯を膨らませたり……だが、ほとんどの大人たちは寝たふりだ。


 横のオッサンの手が寝返りうった勢いで、わたしの胸に落ちてきた。


 手の主はドキッとしたのがバレバレなのだが、意識的に手をどければ眠っていないことが分かってしまう。また寝返りのタイミングをつかむまで、そのままにしておいてやった。


 夜半、ヤコブ親子が話し合っているのに気付いた。


 母親のアグネスも、十七歳で生贄に選ばれていた話には驚いた。平和な楽園に見えているが、その内実は他のオーディンの地と同様に悩みを抱えているようだ。


 ヘルムに立ち寄ったのはグラズヘイムへの便船であるシュネービットヘンの修理のためで、ヤコブの問題は余力があればくらいのつもりでいた……だが、この深刻さ、わたしがダメと言っても姫は助けてやる気持ちになっておられるだろう……姫のご性格と姫ご自身の境遇を考えると捨て置かれるとは思えない。


 朝、皆が起きだすのに合わせて、大きく伸びをする。ロキとケイトは地元の子どもたちに交じって熟睡中、夕べむしり取られた軍服をかき集めて素早く着替える。起きるタイミングを掴めないでいるテルと姫を起こすと、開け放たれたキッチンの窓からいい匂いがしてくる。


「みんな、酔い覚ましの朝ごはん! さっさと食べて片づけ手伝ってね!」


 ユーリアの元気な声が庭いっぱいにこだました。

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