第69話『ローゼンシュタット・2』


かの世界この世界:69     


『ローゼンシュタット・2』   






 ローゼンシュタットの町はバラだらけだ。


 町の周囲だけではなく、町の中のちょっとした空き地にも花壇があって、色とりどりのバラが咲き誇っている。


「ようこそ! ローゼンシュタットへ!」「ブリュンヒルデさま!」「いらっしゃいませ!」


 歓待の声に目を向けると、家々の玄関先や窓辺にもバラの鉢植えやフラワーポットがひしめいている。


 町の中央は広場になっていて、居並ぶ人垣によって、我々の四号は誘われていく。


「バラの香りがする!」


 広場の噴水の水しぶきを浴びると、そこはかとなくバラの香りがして、ロキもケイトも無邪気に喜んでいる。


 ロキがハッチから身を乗り出すので、ポチも飛び出してきて、ロキの周囲を飛び回る。ポチは幼生とは言え、シリンダーなのでヤバいと思ったが、可愛いシリンダーだと、町の人、とくに子どもたちには人気だ。


「ローゼンシュタットのバラは、この世の始まりに神さまがおつかわしになったという伝説があります」


 溢れるようなバラに圧倒されている我々に、ミュンツァー町長が説明してくれる。


「バラをおつかわし?」


 人間っぽい言い方に、ブリュンヒルデが興味を持つ。


「遣わされたのは、神の姫でありました。姫は、町を護りムヘンに祝福を与えるには、この身一つでは賄いきれぬ。そう仰せになり、その身を数多のバラに変え、あまねく町に広まったと云われています」


「素敵なお話……!!」


 わたしたちも素敵に思ったが、ブリュンヒルデは過剰なほどに目を潤ませている。なにか敏感に感じるものがあるのだろうかと思っていると、タングリスが愛しむような眼差しでブリュンヒルデを見ているのに気付く。


 どうも、我々が知らない秘密がある……ような気がするが、当人たちが言わない限り聞いてはいけないような気がした。




 広場で、改めての歓迎を受けた後、町の迎賓館に案内された。




 迎賓館と言っても二階建ての民家風なのだが、使ってある材料や手入れのされ方に念がいっている。


「実は、明日が四年に一度のプリンツェシン・ローゼンの降誕祭なのです。ことしの降誕祭にはオーディンの姫君が訪われると予言されたのです」


 迎賓館に入ると、町長が告げた。


「予言?」


「はい、町の司祭であり一級魔導士であるゼイオンが……」


 町長がホール前方の十字架を示すと、オボロな人影が浮かび上がり、十秒ほどで、白髪に白の法衣を着た老人の姿になった。


「初めてのお目通りの栄に浴します。ローゼンシュタットの司祭職を務めますゼイオン・タングステンでございます」


 静かに寄ってくると、ゼイオンはブリュンヒルデの前で片膝をついて名乗った、なんだか、有名な宗教絵画を見ているように、厳かな空気になった……。


 

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