第39話『トール元帥』


かの世界この世界:39     


『トール元帥』  






 広いのか狭いのか、高いのか低いのか、真っ暗なので見当が付かない。


 踏みしめる足の裏の感触が硬質なのと、外よりもヒンヤリした空気なので石造り……でも、足の裏に床の凹凸や石材の継ぎ目は感じない。石材だとしたら、相当にカッチリ作られた建造物だろう。


 タングリスが運転手みたく先頭になっている電車ごっこの縄は微かに発光していて、前に居るケイトの緊張した輪郭が仄かにうかがえる。その前に居るはずのブリの姿は気配でしかない。


 数十秒……いや、数分も歩いただろうか、前方の景色がウッスラと浮かび上がる。


 太い二本の柱が立っている。


 タンクローリーのタンクの部分を垂直に立てたほどの太さがあって、エンタシスになっていて、下の方がわずかに細い。


 なにかの結界だろうか……柱の上部に二本桁を渡せば神社の鳥居のようになる。神社の鳥居も聖と俗を隔てる結界ではある。


「姫騎士ブリュンヒルデ様をお連れいたしました」


 立ち止まったかと思うと、タングリスがハキハキと告げる。




 ビックリした!




 二本の柱がズズズと交差しながら動いてこっちを向く。向いたこっち側は土台が張りだしていて、蹴倒されそうになる。


 ひっくり返らずに済んだのは、タングリスとブリが平然と立っていたからだ。ケイトは小さく悲鳴を上げて私の胸に倒れ込んできた。


 瞬時の混乱のあと、二本の柱が巨大なブーツだと知れた。


 ブーツだけが立っているわけではなく、その上には胴体が付いていて、胴体の上には白髭の首が乗っかっている。


 白髭が振動して声が降ってきた。


「逃げてこられたか、ブリュンヒルデ姫」


「失礼な奴だな。超重戦車ラーテを寄越したのはトール元帥ではないか」


 小さな体をそっくり返らせるだけではなく、ツインテールを逆立てて物申すブリは、いささか滑稽だ。


 滑稽ではあるが、二日間の付き合いでブリが大真面目であることが分かる。ケイトも、そんなブリを畏敬のまなざしで見ている。これで、わたしの後ろに隠れるようでなければいいんだけども。


「わたしは必要なことをしたまでのこと。わたしの行為と姫の意識は別のものでありましょう」


「元帥、元帥がぶっきらぼうであることは百も承知だが、百年ぶりに会ったのだ、少しは懐かしがってもいいのではないか」


「懐かしがるのは、姫が結果を出された時です。まず、姫のお気持ちのほどをお聞かせ下され」


「両方だ。来る日も来る日もシリンダーと草むらばかりの無辺にも飽き飽きしたし、ヴァルハラに行って父と対決したい気持ちもある」


「相変わらず、両論併記の姫君。このトールの前でならともかく、皇帝陛下を前になされては皇族にあるまじき二股者とそしられまするぞ」


「ウソは言えぬ。ブリュンヒルデは、あるがままの自分で父上にまみえる。それで再びご勘気を被り無辺の地に送り返されようと構わぬ。無為に過ごすよりも百万倍もましだ!」


「はてさて……いたしかたありますまい。タングリスをお付けいたします。ヴァルハラへは姫と、そこな旅人とで向かわれませ」


「爺は付いてこぬのか?」


「わたしが、この地を離れては姫が脱獄したことが知られてしまいます。姫は、あくまでも刑期二百年の囚人であるのですぞ」


「分かった」


「ならば、これよりは平の勇者ブリとしてお生きなされ。ブリ以下の『ュンヒルデ』はお預かりする」


 ブンと音がすると、ブリのツインテールから光るものが飛び出して元帥の拳に握られてしまった。


「待て! 我が名は……」


「名を申されよ」


「我が名は、ブリ……」


「それでは、タングリスと、そこな旅人とともにヴァルハラを目指されよ。頼んだぞタングリス」


「ハ、命に代えても!」


「よし――旅人テル。そなたには話がある――」


「は?」


 わたしの心に語り掛けてきたようで、三人はわたしを残して先に進んでいった。


「連れのケイト、本来の姿は男であるな」


「それは……」


「話さずともよい。ヴァルハラに着けば明らかになろうが、それは、そなたが思うていることとは違う。正しいと思われることは疑うてみよ」


 抽象的な言い回しだったが、私自身が忘れかけていることを、瞬間思い出させてくれた。


「それと、そなたの剣を抜いてみせよ」


「はい」


 ソードを抜いてトール元帥に示した。


「ペギーのショップで購った汎用品だな……祝福を与えよう」


 上空で一閃するものがあった。元帥が手をかざしたようだ。




 シュラン……!




 剣が光を帯びた。


「トールソードにグレードアップしてやったぞ。ステータスも少し上げておいてやる。せめてものはなむけだ。姫を頼んだぞ」


 礼を口にする前に元帥の気配が消えてしまった……。




☆ ステータス


 HP:500 MP:500 属性:剣士=テル 弓兵=ケイト


 持ち物:ポーション・15 マップ:2 金の針:5 所持金:5000ギル


 装備:剣士の装備レベル5(トールソード) 弓兵の装備レベル5(トールボウ)


 


☆ 主な登場人物


 テル(寺井光子)   二年生 今度の世界では小早川照姫


 ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる


 ブリ         ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘


 タングリス      トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係


 二宮冴子  二年生  不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い


 中臣美空  三年生  セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生  ポニテの『かの世部』副部長 



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