第50話拐かし11

「藤七郎殿、弥吉達が子供を使ってつなを誘い出しました」


 我が伊之助に案内されて、騎乗して急ぎ駆けつけたのは、内藤新宿千駄ヶ谷の井伊家下屋敷を更に遠く離れた辺りだった。

 馬を駆る我に負けずに駆ける伊之助の健脚には、正直目を見張った。

 やはり伊之助は只者ではない。


 ろくに隠れる場所もない農村だが、銀次郎兄上が目明し達を率い、竹藪に潜んで廃屋を見張っていた。

 銀次郎兄上に状況を聞くと、この廃屋に弥吉と浪人者を含めた二十一人の破落戸がおり、つなをここに拐かしてくる可能性があるという。


 つなは、虎次郎殿が配下の目明しと見守っているようで、何かあれば拐かした連中をその場で召し捕る手筈になっているそうだ。

 つなの安全を考えれば、拐かした連中を直ぐに召し捕ればいいのだが、そうすると実行に加わっていない弥吉達を厳罰に処せられない。

 下手をしたら言い逃れられてしまうかもしれない。


 正直危険なやり方で、我の好みではなかった。

 我ならば拐かしを行っている連中を叩きのめし、証言をさせてここを急襲する。

 後の事は奉行所の裁きに任せて、悪党どもを斬り殺す。

 それが我の好むやり方だが、法を守らなければいけない奉行所の同心が、そういうやり方ができないのは、実家が町奉行所同心の我も理解している。


 なぜ我がこのやり方を好まないかと言えば、拐かされたつなが、我の眼の届かないところで慰み者にされてしまう危険がある事。

 つなが操を守ろうと自害する可能性がある事。

 我が全てを仕切るのなら、そんな危険な事は避けて強硬策を行うのだが、武芸指南の役目を放棄するわけにはいかず、銀次郎兄上と虎次郎殿に任せるしかなかった。


 竹藪に潜む我らの気持ちなど関係なく、じりじりとした時間が過ぎていく。

 気配を消しているせいか、虫も人間など気にせず音を奏でる。

 土の近くにまで身を下げて潜んでいるせいか、何ともいえにぬ土の臭いが鼻の奥に伝わってきて、心を落ち着かしてくれる。

 つやが既に虎次郎殿に助けられていてくれと願う気持ちと、つやがここまで連れてこられて、弥吉達をこの場で斬り殺して禍根を断ちたいという気持ちがせめぎ合う。


「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」


 前後を破落戸六人が護る駕籠を、駕籠舁きが意気揚々と担いで現れる。

 駕籠舁きの表情を見れば、騙されて利用されているのではなく、拐かしと知って協力しているのが一目瞭然だ。


「若旦那、弥吉の若旦那。

 御望みのつなを拐かしてきましたぜ。

 早速みんなで慰み者にしましょうや」


 つなを拐かしてきた破落戸の兄貴分が、廃屋に向けて大声で叫ぶ。

 ここまで来ればもう大丈夫だと思っているのだろう。

 待ちかねていたのか、廃屋から腰抜けの弥吉が浪人に守られながら出てきた。


 

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