第31話仇討ち3
二人の事情は可哀想なものだったが、武家にはよくある話でもあった。
二人の父親藤野長太郎元武は、下総古河藩土井家に仕える剣術指南役だった。
養嗣子である土井因幡守の御前で、同藩の日暮源左衛門忠居と剣術の試合をして、これを負かしたものの、恨みに思った日暮源左衛門に闇討ちされ殺されたそうだ。
普通なら、藩をあげて仇討ちに協力するのだが、今回は事情が違っていた。
一番の原因は、日暮源左衛門が土井因幡守の寵臣だったのだ。
御前試合も、日暮源左衛門を剣術指南役にしたい土井因幡守の策謀だった。
しかも、日暮源左衛門は元々養嗣子で、家老小杉弥左衛門の四男なのだ。
更に妻が家老鷹見十郎左衛の娘なのだ。
これでは藩内に味方など一人もいなくなる。
それでも、卑怯な闇討ちをした日暮源左衛門を罰しなければ、流石に武家として外聞が悪すぎるし、下手をしたら幕府から処罰されてしまう。
幕府の処罰はなくても、武家としての名声が地に落ちる。
そこで、日暮源左衛門を表向きは追放したが、土井因幡守の実家である武蔵川越藩の江戸藩邸で匿っているのだ。
そして藤野姉弟に仇討の許可は出したが、何の支援もせず、返り討ちにさせようとする、卑怯陰険な真似をしている。
「なんですって、それは酷過ぎますよ。
こんな可愛そうな姉弟を助けなければ男が廃るというものです。
ここは助太刀してあげましょうや、藤七郎の旦那」
隣の長屋で聞き耳をたてていた伊之助が、図々しく表から入って来た。
普段なら伊之助を嗜めるおいよさんが、何も言わないという事は、おいよさんも助太刀してやって欲しいのだろう。
事が大きくなるのを面白がっている伊之助とは違って、本気で藤野姉弟に同情しているのだろう。
我も助けてやる心算だが、具体的な方法が思いつかない。
「旦那、藤七郎の旦那。
どうして直ぐに返事をしてあげないんですか。
まさか見捨てるつもりじゃないでしょうね」
藤野姉弟の顔色が変わってしまう。
本当に伊之助は考えなしになんでも口にする。
「馬鹿者。
武士が仇討の助太刀を頼まれて、断るわけがないであろが。
我はどうやって敵を討つのか考えておっただけだ」
「そう来なくっちゃ、藤七郎の旦那じゃありませんや。
ですが何を困る事があるんですかい。
正々堂々と名乗りを上げて、敵討ちを申し込めばいいじゃありませんか。
旦那が助太刀される以上、相手が何十人助太刀を連れてこようと、屁の突っ張りにもなりゃしませんよ」
「そんな心配はしていない。
心配なのは日暮源左衛門が逃げ出す事だ。
相手は土井の若殿の寵臣で、実家である川越藩に匿われているのだ。
仇討ちを申し込んでも、川越藩領に逃げ込まれたらどうにもならんのだ」
「なんだ、そんな事ですか。
そんな事は簡単ですよ。
逃げられないようにしてしまえばいいんですよ。
そこはあっしに任せてください」
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