第28話姉妹遭難17

「御頼み申します。

 立見藤七郎様は御在宅でしょうか」


 御老中達にからかわれてからひと月後、渡り中間から山名家の姫君二人を助けた時に一緒だった、奥女中が長屋にやって来た。

 まさに掃き溜めに鶴である。

 長屋のおかみさん連中が、また後で根掘り葉掘り聞いてくるだろう。

 正直今からうんざりしてしまう。


「先日は誠に助かりました。

 お陰様で私は勿論、鶴姫様も蘭姫様も自害せずにすみました。

 本来ならば直ぐに御礼に来るべきところでしたが、色々とございましたので、今日まで後回しにした事、この通りお詫び申し上げます」


「いやいや、改めての御礼など不要でござる。

 山名のお殿様からは過分な御礼を頂いております。

 姫君方や楓殿が御礼をするには及びません」


 いや、本当に困るのだ。

 先日当道座の使いが来て、二千両の利息だと言って、無理矢理八十三両三分の金を置いていったのだ。

 我は金貸しの胴元になってしまった。

 盲人の手助けになるとはいえ、心中複雑なのだ。

 もうこれ以上の御礼は必要ないのだ。


「そういうわけにはいきません。

 それでは私は兎も角、鶴姫様と蘭姫様の女の一分が立ちません。

 本来ならば藤七郎様のお好みを聞いたうえで、呉服を仕立てたかったのですが、今の鶴姫様と蘭姫様の裁縫では難しく、まずは太物から仕立させていただきました。

 まだまだ拙い腕ではございますが、鶴姫様と蘭姫様がひと針ひと針思いを込めて仕立させていただいた稽古着でございます。

 どうかお受け取り願います」


 これは、不意を打たれてしまった。

 心が打たれて涙が流れそうになる。

 

「左様でございましたか。

 鶴姫様と蘭姫様と楓殿の真心の籠った稽古着となれば、受け取らせていただくしかございません。

 山名の殿様に頂いた御礼も過分すぎる物でしたが、これは不意を討たれました。

 恥ずかしながら涙がでそうでございます」


 針仕事の上手い下手、縫い目がどうこうなど、口にすべきものではない。

 表向御礼衆山名家の姫君が、針で手を突きながら縫ってくれたのだ。

 急いで御礼とするために、立見家の家紋、平稲妻は刺繍してくれている。

 見事な裁縫の所は楓殿が縫ってくれたのであろう。

 縫い目を見過ぎるのは失礼だが、つい目が行ってしまう。


「藤七郎様。

 これからは季節の変わり目には着物を届けさせていただきます。

 そのつもりでいてくださいませ」


「いえ、流石にそれは過分に過ぎます。

 この太物だけでも過分な御礼です。

 辞退させていただきます」


「藤七郎様。

 年頃の娘が、藤七郎様ほどの男振りの武芸者に、貞操を守っていただいたのです。

 名誉と命を救っていただいたのです。

 身分違いに苦しみ、その想いを込めて着物を仕立させていただくのです。

 鶴姫様と蘭姫様の気がすむまで、受け取っていただけませんか」


 これは、辞退するわけにはいかんな。

 一番うれしい御礼ではあるが、一番気の重い御礼でもあるな。

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