フレイアートVSハルイルト

「なかなか面白そうなお話ですねぇ、ハルイルト様」


 ハルの宣言にぽかんと固まったままのフレイアートを無視して、楽しくて仕方がないと言った感じで輝きそうな笑顔になったアリー先生が、手際よく第二試合の準備を整えた。

 俺もフレイアートと一緒でぽかんとしている。

 ハルの試合。魔法は一緒に練習したりしたけど、剣術や体術なんてものは見たことがない。出会った頃の小柄で弱々しい姿が記憶に残っているせいか、はたまたハルの姿が上品で荒事と結びつかないせいか。ハルの性格を知っていてもなお、あんな苛烈な戦闘狂との試合なんてものが想像もつかない。


「心配いりませんよ、リュー」


 ふわりと花開くようにハルが俺に微笑みかける。その口の端が楽しそうに弧を描いた。いやいや、心配にならない訳ないだろ。


「ハルきゅん、がんばってねー」


 緊張感のないリドルが、ハルの周りをくるくる飛び回りながら防御強化魔法をかける。その隣でマグナは興味深そうに片眉を上げて見ていて、ユーリはやれやれとばかりに片頬に手を当てて首をかしげている。

 マジで?誰も止めないの?

 俺が過保護なのか?いや、普通に心配だろ!


 ハルがもう一度フレイアートへ向き直り、小さく笑った。

 フレイアートはびくりと肩をゆらし、困惑した様子でハルを見ていたが、アリー先生に新しい剣を渡されるとためらいがちにそれを握り、一回り小ぶりな剣を受け取って鍛錬場のまん中へと向かうハルに続いて足を進めた。

 向かい合った瞬間、微笑みを浮かべたままのハルに一つ溜息を吐いて、フレイアートも背筋を正した。どうやら決心がついたらしい。その目に静かに闘志が宿っていく。


 騒めいていた観客が静まりかえる。広い鍛錬場に、張り詰めた静寂が訪れる。

 体中に緊張が巡った。自分が対峙した時よりもずっと不安な胸に鼓動が鳴り響く。

 ここにはリドルもマグナもいるし、何かあればクロノが助けてくれるはずだ。

 きっと大丈夫。わかっていても、この不穏な緊張は薄れない。


 ああ、本当。俺って戦闘に向かないんだ。だって、ハルが傷ついたら。逆にフレイアートが傷ついても。恐ろしいし心配でしかたない。


 オロオロと落ち着かない俺の視線を受けて、こちらを見た二人が同時にふっと吹き出した。

 なんでお前らそんなに余裕なんだよ。あ、開始を告げるために二人のまん中に位置どったアリー先生も笑っている。わかってるけど心配なんだから仕方ないだろ。


「リュー様、落ち着きなさいませ。レイお兄様はハルイルト様には絶対に敵いませんわ」


 ユーリまでもが微笑ましそうに俺を見て、そっと俺の袖を引っ張った。

 呆れた笑いを零したマグナが、指を振ってさらなる防御強化魔法を二人へと飛ばしてくれた。

 うう……なんだかんだと一番面倒見が良いのはマグナのようだ。なんだか弟妹達と同じ扱いされてるような気がするけどな!



「それでは、お二方とも構えを」


 アリー先生が片手を挙げて告げる。

 だだっぴろい空間に、わずかに剣先が重なる金属音が小さく響いた。


 息を飲んで、二人の姿を見つめるしかできない。


「始め!」


 アリー先生の手が振り下ろされた瞬間。

 まさにその瞬間だ。

 バチリと弾けるような音と閃光に目をくらまされた。


 カラン、と無機質な音が響くのと、目の前の光景を認識できたのは、ほぼ同時かもしれない。

 何が起こったのか分からずに目を見開いているフレイアートの首元に、ピタリと剣を突きつけて微笑むハルの姿。


「私の勝ち、ですね」


 ふふ、と歌うように軽やかな笑い声が静まり返った空間に響いた。



「勝者、ハルイルト・ソズゴン!」


 アリー先生が宣言し、さも嬉しそうな笑みで拍手を送る。



 ………そうだよ。一般的な決闘方式は、おおむね剣術と体術だけど。

 魔法を使っちゃダメだなんて決まりはない。


 っていうか、普通は接近戦で物理攻撃に魔法が通る訳がないんだよ。集中できる環境でもなければ、絶対に猶予時間ディレイタイムは発生するだろ。その間に攻撃を仕掛けられてさえぎられてしまえば、魔法の発動なんてできる訳ないんだ。

 その上、魔法を対人試合で攻撃に使うって、めちゃくちゃ難題だろ。だって、威力や焦点を間違えたら会場ごと吹っ飛ぶし、試合どころか戦争か侵略かって話だろ。


 普通は。そう普通はだ。


 普通は開始の合図の瞬間に、相手を無力化する程度の威力の攻撃をピンポイントで行うなんてことは、出来る訳がない。

 想定されていないから、ルールにも定まっていないってわけだ。


 つまり、普通じゃない魔法のコントロールに身のこなし、そして戦略を立てる頭脳を持ったハルの圧倒的勝利。いやいや……俺も全く勝てる気がしない。


 痺れた右腕を反対の手でさすりながら、フレイアートは呆然とハルを見つめる。

 だけど、その顔は徐々に嬉々とした笑みへと変わり、勝ち誇った様子で剣を下げたハルの手を両手でつかんだ。


「すっげーな!ハルイルト」


 キラッキラの笑顔でハルの手を握るフレイアートに、今度はハルが目を見開いている。そんなハルの様子を気にも留めずに、フレイアートはぶんぶんとつかんだハルの手ごと両手を振った。


「これだけ一瞬で勝負がついたのなんか、アリー先生と初めて手合わせした時以来だ」


 純粋に好意と尊敬の交じった目で見つめられ、ハルは苦笑していた。

 そうだよな。完全にルールの隙を狙った、ともすれば卑怯だと言われても仕方がない方法でこれだけ称賛されたなら、きっと困惑もするだろう。


 多分、ハルはフレイアートにちょっとした意趣返しを仕掛けただけで、昔のことなんて何とも思ってないっていうのは本音だったんじゃないかな。

 というか、ハルの幼少時代はもっと恐ろしくヘビーで、父親の愛人から暗殺されそうになっていたって話も聞いたし。ガキ大将が自分を見下してふんぞり返っていたからと言って、本当にどうでも良かったのかもしれない。

 フレイアートは陰湿の欠片もないただのおバカだったしな。


「真っすぐに突き進むことしか知らないフレイアート様に対し、冷静な戦術。素晴らしいですね、ハルイルト様。これは良き経験をさせていただいたでしょう。これからの鍛錬の方向性もまた見えて参りました。ねぇ、フレイアート様」


「はい!」


 ギラギラとした瞳を笑みの形にしたアリー先生の心底楽しそうな圧をものともせずに、本気で嬉しそうに返事を返すフレイアート。

 まじか。俺だったら逃げ出したい。


「……負けて悔しくはないのですか?」


 ハルが不思議そうに尋ねると、フレイアートはずいっと身を乗り出してハルを見つめて答えた。


「俺は全然すごくなんてないから、すごい相手にならって少しでも強くなりたいんだ。だから、すごい相手に出会うことは、全部俺の糧だ」


 思わず身をらせたハルに気づいて、フレイアートははっとして一歩離れた。ちゃんと周りに気を遣うことを覚えたらしい。

 ばつが悪そうに頭をかきながら続ける。


「俺はバカだしすぐにカッとするからな。兄貴みたいに頭が良くないし、何の特技もありはしない。なんとか偉ぶってみても偉くはなれないし、強いフリしたって弱かった。

 でもな、気づいたんだ。偉くなくても、勝てなくても、別にそんなことどうでもいいって。

 昔はウリューエルトに勝ってやるって意地張ってきたけどな。勝てなくても、一番じゃなくても、一度も誰も俺をダメだなんて言わないし、成長だって認めてくれた。親も兄貴もユーリもあいつも、誰も俺に優秀であることなんて求めてないじゃんな、って」


 フレイアートがへへっと照れくさそうに笑って、俺のほうを見る。

 そういえば昔から何かとライバル視されてきたけど。言いがかりをいさめてきた昔とは違って、今はもう本当にライバルといってもいいのかもしれない。

 フレイアートが努力してきたってことは十分わかってる。それでもって、次の試合があるのなら、勝てるかどうかはわからないとも思う。

 それになんか、あの良くも悪くもド直球だったフレイアートが、俺よりもちょっと懐が広い大人な考え方をしてるなんて……うかうかしていたら色々と追い抜かれてそうじゃね?


「俺は、叶うかどうかなんてわかんねーけど、あいつに並ぼうって思ってる。目標は勝手だろ?」


 フレイアートの目が、俺を真っすぐに見つめた。

 そうか。………俺のことそこまで認めてくれてて嬉しいよ。


 なんだか面映ゆい気持ちになっていた俺の耳に、ハルの柔らかな笑い声が響いた。


「そうですか。それでは、私ともライバルですね」


 満面の笑みを俺へと向けたハル。

 ………絶対に勝てないから、全力で棄権させて欲しいんだけど?

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