襲撃 1
温泉街開発と成り果てた視察の後、2歳にして人前で奇跡を見せたルーンディエラは静かにアトラントの聖女姫と噂されるようになった。
トラブルにならないように気を遣われながら、声高にではなくひっそりと。
あのあともう一度エドガー親方と話し合う機会があったが、それはもう平身低頭に崇め奉られた。
不本意ながらカトゥーゼ家の子供は非常識だと共通認識になりつつあるようだ。
宿場町開発は順調である。この辺りではルーンディエラの名前が有名になったから、町の名前はサントルーナにすることにした。
蘇生魔法の奇跡はもう既に伝承になりつつあるから、この先も町がその伝承にあやかって永らく賑わうようにとの願かけだ。
季節は短い夏を経て秋の始め。早いものはもう実り始めている、アトラントの大地の恩恵の季節だ。
今年の楽しみは、なんといっても試験栽培から規模を広げてみた稲作である。
ティリ山脈の麓に広がる広大な水田は、穂のしなった稲が黄色く染まり始めている。そろそろ田の水を抜いて収穫までの詰めをする時期を検討する段階だ。
晴天続きだし、周囲で悪天候も起きていない。数日中には水を落としてもいいだろう。
この辺りの判断は、やはり専門家に近いクロノである。
今年は稲作に協力してくれた付近の村民たちに詳しく方法を伝授しながらやってきたので、来年からは相談役でいいのかもしれない。
田植えまでは人数がいれば容易くこなせるんだけど、収穫後の事とかはまだ量産に向けて開発ができてない。
今のところ魔法を駆使して処理してるんだけど、これはいっそ魔法を使える人間を育成するべきなんだろうかと悩むところだ。
アトラントには魔法の素養がある人間が多数いるらしいから。大半が自分で気づいてはいないらしいけど。
クロノと水田の様子を見に行き、
何か問題がおきると俺やソルアが召集されることは度々あって慣れつつはあったものの、今回の議題には心当たりはない。
呼ばれたのはソルアと俺で、従者としてマグナとクロノがついてくる。
すっかりと馴染んだ会議室で、父に叔父、ハライアと数人の官僚、そして俺たちが大きな机越しにソファーに座って今日の議題が始まった。
「実は、ここ数ヶ月ほど、アトラント領内のさまざまな場所で不審な人物が目撃されています。
アトラント領では人の出入りに制限はしておりませんので、他領からの偵察は取り締まっておりません。
街道開発以降、偵察のためと思われる出入りも多くはなっていたのですが、問題はおきていませんでした。ただ、今回不審者と申し上げたのは、どうも害意ある者たちなのです」
ハライアが資料を配りながら説明する。こういった事前準備に余念がなくなったのは、いつも俺たちがプレゼンする時にそうしているからであるという。
資料に書かれているのは、魔法植物の窃盗未遂や、宝石鉱山での暴動誘発、街道開発機具の破壊や指揮者の誘拐未遂なんてものもある。
いずれも大事件になっていないのは、警備が十分になされていたからだろう。
宝石鉱山においてはかなり労働者の待遇が良いので暴動を起こすメリットがなかったんだろうけど。
「領主館の周囲でも、魔法植物の事を嗅ぎ回る間諜のようなものを何人か捕らえました。ゆえに、皆様に注意を喚起したくお集まり頂いたのです。
彼らは一つの意思には基づかず、様々な場所から遣わされているようです。アトラントの発展が他領に注目されているのは喜ばしいかもしれませんが、どうかお気をつけ頂きたい。警備にあたっては既に強化してございます」
急激に領地が発展するというのは、色々と弊害もあるもののようだ。
探られても立地や資源の恵みあってこそなことだから、大して相手にとって収穫はないと思うけど、だからといって邪魔しようという直接的な嫌がらせを受けるとは思っていなかった。
対策としては、今のところは取る手だてがない。普通に犯罪行為として取り締まるくらいしかないもんな。
こういうのは完全なる中央集権ではないからゆえなのか。決定的な証拠でもない限り中央は動かないだろうし、自領でどうにかするしかない。
それだけ自治が認められている訳でもあるんだけどな。
それからしばらく。不審者の嫌がらせは領内の色々な場所で続いていた。
街道開発の主責任者であるタリーに聞いたところ、サラジエート領をはじめとして関連している他の領地でも同様の事がおきているらしい。
やっぱり何らかの対策は必要なんだろうか。自室で書類仕事をしながら、頭を悩ませるが考えは及ばない。
「マグナきゅんボクと結婚して!」
「うるさいですよ」
書類で一杯の視界に、届いてくる声がうざいんだけど?
「やだー、折れてくれたっていいじゃん。マグナきゅんとボクなら世界取れる。」
「いりませんよ面倒くさい。いい加減になさい妖精女王」
「そういうマグナきゅんだって、r―――」
「私は人間ですよ。千年前の祖先が何者であろうと関係ございません。
だいたい祖先の代からすれば何万人が同じ条件に当たるのでしょうか。貴女に執心される意味がわかりません」
「さっすがー、タイミングかんっぺきに被せてきた!ステキー!!」
いちゃいちゃするなら余所でやってくれないかな。地味にイラッとするんだけど。
完全にリドルが一方的にマグナに絡んでるだけみたいだが。
………何か聞き捨てならない情報があった気がしたけど、見事にイラッと感しか残ってない。
そんなやってられない空気の中、決して書類から顔を上げるかとムキになっていた俺の耳に次に届いたリドルの声は、明らかに質を変えた緊迫を含んだものだった。
「ご主人様!!大変!!!ティリ山脈の麓に襲撃者が…燃やそうとしてる、ボクらの霊山を!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます