新設街道視察 1

 ヘイムストイヤとアルマディティが生まれてからというもの、母はこの双子の世話に忙しくて、アプセルムとルーンディエラは俺の寝室に居つくことが多くなった。


 日中は本を読んだり、鍛錬場の片隅で剣術の基礎をならってみたりと忙しくしているアプセルムはほとんど別行動であるものの、ルーンディエラは親鳥の後をついて歩く雛鳥のように俺の周りをうろうろしている事が多い。

 まだ小さいから、すぐに飽きたり眠くなったりして侍女に回収されていくけど。


 母は乳離れまでは自分で子供を育てたい方で、一応乳母はいるんだけど代母とまではいかない専属侍女みたいな感じだから、子供たちは割と自由なんだ。


 最近夜には俺のベッドにはこの弟妹たちがいて、ずいぶんと癒やされる。

 そんな素振りはみせないけど、やっぱり母を取られて寂しいのかもしれない。


 ちょっぴり素っ気なく反発心を見せるアプセルムが安心しきった顔で眠るのも、ルーンディエラが甘えてすり寄ってくるのも、たまらなく可愛い。天使そのものだ。



 双子も首がすわって少ししっかりとした身体つきになって、すくすくと育ちつつある7月。

 アトラントの夏盛りに、俺は初めて正式な公務にでることになった。


 月末には10歳になるし、色々と領地管理の仕事にも関わるようになったから、賑わい始めた新設街道の視察に行くことになったのだ。


 場所はアトラントの北西部、辺境伯領との境付近。

 適度に山あいの盆地で、放牧している小さな村はいくつかあったが、土地もたくさん余ってたからここに宿場町を作ることが決定していた。


 需要が大きいこともあって、街道整備と並んでハイペースで進められていった宿場町開発だけど、予期しないトラブルがあったらしい。

 その話を聞いてくることと、宿場町づくりの様子、街道の様子をみてくること。それが今回の視察の目的だ。


 今回は公的な視察だから、瞬間移動ワープで訪ねることはできない。さすがにこの魔法は誰にでも知られたら厄介だろ。

 でもなんと、この宿場町予定地には、アトラント二つ目の移動拠点ワープポイントが置かれる予定なのだ。


 今は移動拠点用の装置は仮の建物にあるんだけど、ゆくゆくはきちんと管理棟が立つ予定になっている。

 防犯上の理由で移動拠点の管理には色々と制約があるから、準じた施設も必要なんだよな。


 費用も人手もかかるから、移動拠点をたくさん持てるのは裕福な貴族だけだったし、人の移動が少ない田舎には、王都近郊の都市みたいに需要がないのもあった。

 アトラント領は隣の辺境伯領と比べても数倍はあるくらいかなり広大なので、人の出入りが多くなったついでに増やしていく計画になっている。



 今回の視察の同行者は、街道開発の担当官としてソルアとその父のアドニー、父の次官のハライア、俺の侍史としてマグナ時々クロノ、あとは護衛のダニソン。

 クロノは参加してるのか微妙なポジションだな、神出鬼没だし。

 初めての公務とあってか、俺がいなくても十分話ができる豪華メンバーで構成されている。とりあえず、今回は経験と思っとけばいいだろう。


 領主館の転移の間から一人づつ建設中の宿場町の仮の転移拠点へと移動する。


 数人一緒に転移できるタイプのものもあるらしいけど、領主館の転移拠点は一人用だし、アトラントに大掛かりな転移拠点はいらないだろうということで、増設されるものも全て一人用にする予定だ。


 たとえば十人まで同時転移できるものであれば、常時十人のテロリストが乗り込んできても対処できる警備が必要になるっていうことだから、やはりそれだけの維持コストも人手も必要ということになる。

 一人づつでも連続使用可能なんだから、多少待てば済むことなんだよな。

 まあ確かに一人ずつ転移した先で待ち構えてた悪人に捕えられてないとも言えないんだけどさ。


 俺の順番は最後で、次々消えていく他のメンバーを眺めながら、わずかに空いた時間に到着先の光景を望遠視で見てみる。

 順番が来たらそこに到着するにしても、初めて出かける場所に多少の緊張はある。

 一応宿場町の建設現場は一通り昨日の内に確認しておいたんだけど、問題の場所はよくわからなかったから到着してから話を聞くしかないだろう。


 順番が来て、魔法陣の書きこまれた転移装置の土台に乗り込む。

 既に設定も終わっているそれは、受け入れ側のGOサインが出れば次の瞬間には移動しているはずである。

 使い慣れた転移装置の上に乗り込み、不要となるだろう望遠視の魔法を解除して、転移する瞬間。

 くいっと何かに服の裾を引かれるような違和感を感じた。


 振り返った瞬間にはもう目的地にたどり着いていて、迎え入れる人々の前で俺は目を見開いて俺のズボンの裾を引く小さな手を見ていた。


「にぃ、ルーナも」

 にっこりと笑うルーンディエラの笑顔、天使なんだけど。


 驚く周囲の視線が多少痛々しいものの、ハライアへと視線をやればやれやれと疲れた顔で頷いた。

 ここでルーンディエラを暴れさせたり大泣きさせたりする方がやっかいであることを次官は知っている。

 2歳児に弁えを説いても仕方ない。送り返すためには領主館側の転移拠点の受け入れが必要であるため時間がかかる。

 取りあえずルーンディエラがここにいるという情報をやり取りして貰いつつ、その間は俺が預かるしかないだろう。

 護衛だって一人しかいないし、ここは領主館の外、幼女を一人になんてできる訳がなく預けられる人もいない。


 苦笑しながらルーンディエラを抱き上げる。にこにことご機嫌そうなルーンディエラと、意図せず同時公務デビューしてしまうことになったようだ。


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