エリストラーダ北西連合

 街道整備の本格始動から約1年が経ち、季節は冬を越えて3月。

 アトラントののどかな景色がどこを見ても花と緑に彩られる春。麗らかで一見変わらない景観だ。


 一見だけは変わらないアトラントの大自然。その実、色々な変化は訪れていた。


 母のお腹はみるみるとふくらみ、来月は臨月にもなる。

 今回は体調を崩さずに元気で妊婦をしている母に安堵しつつも、また増える可愛い弟か妹は楽しみで仕方ない。



 短い冬の間も、着々と色々な計画は進行していた。

 宝石鉱山は本格始動して、毎日のように最高級の宝石を産み出している。

 これ比喩じゃなくって、本当に毎日最高品質を更新する勢いらしい。

 そもそも宝石の鉱脈は素人目でみて宝石の原石と一見で分かったくらいだったからな、宝石で家が建ちそうなくらいの塊みたいな。


 雇い入れた技術提供者たちは定住を希望するほど儲け放題で、取り分が若干少なめに設定してあるはずの我がアトラントの収入も余りあるくらいである。


 といっても、過剰供給で値崩れしないように上手に叔父の率いるカドマ商会が調整してくれているので、これでも大半の宝石が倉庫に眠っている状態だ。

 そもそもアトラント領は農業を主産業にしていてそれだけで裕福だったし、困窮している訳ではないため急いで換金する必要がない。


 一方、魔法植物と魔法薬は、アトラントの名物になりつつある程だった。

 そもそも、魔法植物は地の魔力を吸って育つので量産が難しい。

 それがリドルの誘導でうっかり領主館の内門からキロ単位で続く外門まで草原を為してしまったものだから、もう主張しなくても公然と披露されているようなものだった。

 カトゥーゼ家と縁続きのカドマ商会が扱っていることもあり、提供者未告知で開始した販売は今では直接領主館に売買契約の声がかかるバレバレ具合だ。


 リドルの良いように(恐らく必要以上に)魔力や水を提供しているのもあるが、草原は刈っても刈っても衰えない。

 魔法薬の生成は今や老いて農業がつらくなった領民や肢体不自由者などをつどって委託している。

 アトラント領民のほとんどが、自覚はしていないが地の魔力を持っているらしいので、簡単な育成だけで慣れてしまえば難しいレシピの魔法薬以外は錬成できた。

 優秀な領民たちである。



 そして、街道開発である。

 タラストラと契約した日から、物事は急ピッチで信じられない速度で進められていたが、なんと広大な複数の領地をぶち抜き隣国王都までを繋いだ主街道の原型が、もう完成してしまった。


 情報を共有しているとはいえ、実際にタリーが現場をどんな方法で進めていたのかは詳しくは知らないが、恐るべきスピード感である。

 もしかしたら街道工事には魔法も込みなのかもしれない。この世界の土建の常識を俺は詳しく知らないから、これが画期的な方法なのか、普通のことなのかは分からなかった。


 まずは、木々を切り開き簡素な土をならしただけの、馬車がすれ違える程度の広さの街道を開通させた段階だ。

 この街道の需要を煽りつつ、徐々に広さや分岐を増やしていく計画で進められているが、早くもその甲斐あってか、商業が圧倒的に足りなかったアトラント領内には無数の商人が行商に訪れ、物流が豊かになってきた。


 アトラントの領民たちは、他領に比べて裕福だと思う。

 税制は緩いし、常に豊作な地なので農業での収入は多い。

 今まで使う事が少なかった蓄えが消費されることで、領民たちの生活に彩が添えられると共に、他領や隣国から商人を呼び込んでいる。


 その辺りはソルアの目論んだとおりである。

 街道管理に一役買っているカドマ商会は、この領地のお抱えとしてその名をとどろかせる有名な豪商となりつつもある。さすがの商才だと思う。


 今まで他領や他国との行き来がほとんどなかったアトラント領では、現在宿泊施設や商業の拠点としての街の開発の需要が大きくなっている。


 ほとんどの村は商人の行脚か、代表者の街までの買い出し程度で済んでいた商業域だったので、これまでその辺りの需要はほとんどなかった。


 土地はいくらでもあるが、新しい街の開発と言えば勝手にどうぞという訳にはいかず、申請書が山のように領主館に積まれるようになった。


 父は保守と堅実な領地経営は得意だがこういったことに関わるのが苦手なので、結局は叔父に任せることになった。

 オーバーワークにも関わらず商魂たくましく金の生る木をギラギラと見つめる叔父は、もはや父のパートナーと言える。

 ちなみに、自己の利益よりも信用を取りつつもちゃっかりと私服を肥やすのが叔父の信条なので、不正や不利益がない所は本当にありがたいと思う。

 父の妹である叔母にベタ惚れで頭があがらないところもあるらしく、最初から裏切られる感じは全くないんだけどな。


 今年15歳のソルアは、今や忙しい叔父の優秀な補佐役である。叔父が領主館を空けることが多いのに対し、ソルアはその間の仕事を代わりにこなしている。


 俺の部屋を執務室代わりにしてるのは変わらずだけどな。

 実は執務室を与えるという話もあったらしいのだが、ソルアは俺のオフィスばりの私室をいたく気に入っており辞退したそうだ。

 まあそうか、お茶だの軽食だの紙だのインクだの資料だの一言で出てくる場所は快適だろう。

 俺が主人のはずなんだけど、これはもう今更である。


 アトラント領の発展と同時に、サラジエート領を中心としたこの辺り一帯の物流と人の流れは活発になってきている。

 サラジエートは当初の予定通り、中継的商業地を目指して領地開発にまい進している。


 現在はなんと、大都市の建設中だ。

 中央に比べれば土地が潤沢にあるこの辺り一帯だから、規模的には王都に劣らない。これがうまくできあがれば、アトラントは都会に近い田舎というなんともおいしい場所になる。タリーの有能さが恐ろしいが、ぜひとも頑張ってほしいところだ。


 急速に発展してきた、僻地に近かったはずのエリストラーダ王国の北西部地域。

 元から仲が良かったこの辺り一帯が手を組み、お互いに協力しながら発展しつつある。

 のどかで、温和で、お茶会で見た顔ばかりの、遠慮がない顔見知りの皆と協力するのは難しくない。これは、この地方の強みだと思う。


『エリストラーダ北西連合』、中央でこの名が議題に上がることが増えてきたなんて事は、まだ政治とは一切関わりのなかった俺たちは全く知らなかった。



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