伯爵次子の決闘とアリー先生 2
「ご主人様ー、ボクが怪我しないように防御強化しとくからガツンとやっちゃえ!」
リドルがぴょこんと現れて、光の軌跡を振り撒きながら俺とフレイアートの回りを飛ぶ。
慣れて、今では感じることができるようになった温かい光は、確かにリドルの身体強化だ。
俺の強化魔法って性能おかしいから助かった。
リドルに礼を言うと、親指を立てて飛び去った。
周囲からは呆然と『えっ?妖精?』と静かなざわめきがおこったが、軽く説明して先に進む。この後にしなければならないパーティーの後処理もあるんだから、時間を取られそうな事は切実にスルーしたい。
フレイアートはそんなものかと受け入れたようで、アリー先生は楽しそうに柔和な笑みを覗かせただけだった。ありがたい。
周囲に一定の空間をあけて観客に囲まれた中心で、剣先を合わせてフレイアートと見つめ合う。
フレイアートはつり上がった瞳を、嬉しそうに細めて、勝ち気に太い眉をあげ、口の端で笑っている。
闘志を感じる。それは、幼い頃のガキ大将が何も知らずに威張っているのではなくて、自信に裏付けられて勝負を心底望んでいる嬉々とした顔だった。
ユーリが、フレイアートが俺をライバル視して毎日勉強と鍛練に励んでるって言ってたもんな。
今まで全く取りあってこなかった分、フレイアートはかなりやる気みたいだ。
なんだか、悪かった。俺は勝負なんか面倒くさいし意味がないって思ってたけど、きっとフレイアートはそのために毎日頑張ってきたんだから。
どうせなら、楽しもう。俺だって毎日鍛練してきたんだし。
小心者だから、息をするのを忘れそうだけどな!!
開始の声と共に、アリー先生の片手が上がる。
その瞬間、ギリギリと音を立てて上段でかわしていた刃がつばぜり合いして、俺が少し押される形で弾きあった。
初めて体験する、アリー先生以外の型。
数歩離れて凪払うように風を切って打ち込んでくるフレイアートの剣を押すように下から弾く。
動きは大振りなのに、速度がかなりはやい。
バックステップで弾かれた剣の勢いをかわしたフレイアートが、また角度を変えて突くように打ち込んでくる。
視界で自分の髪の金と、フレイアートの髪の赤がたなびく残像を残す。
相手の動きはきちんと目で追えて、横に身体をずらして剣筋を避ける事は出来たが、フレイアートの動きが速すぎて、剣を合わせて隙をうかがう時間がない。
すぐに体勢を整えて身体を反転させるフレイアートの構えた剣に、軽く刀身を当てるのがやっとだった。
そこから、すぐに立て直して剣を振るってくるフレイアートの振り下ろした刃を真下から受け止めた。
金属が打ち合う鈍い音がひときわ大きく鳴り響く。俺がそのまま剣を払い上げると、フレイアートは数歩後ろに下がった。
俺は、踏み込んでフレイアートの剣を打つ。鈍い音を立てて打った剣先が僅かにブレたが、フレイアートはその剣を突き出してきた。
けれど、そこまでだった。
突き出された剣先は、俺には届かない。
がたがたと震える腕が、何とか両手で剣を握りしめている。
そのまま崩れるように片膝をついて、それでもフレイアートは俺を睨み付けている。
盛大に舌打ちし、なんとか起き上がろうとしているようだったが、その脚には力が入らないようだ。
俺は何が起きたのかわからずに呆然とした。なぜフレイアートが突然動きを止めたのか、全くわからなかった。
「勝者、ウリューエルト・カトゥーゼ」
アリー先生がにこやかに宣言した。
呼吸の音が聞こえそうなほど、静まりかえっていた空間に、歓声が沸き上がる。興奮しきった、熱気あふれる称賛と拍手。
リドルが舞い戻ってきて、項垂れたフレイアートに回復魔法をかける。状況が飲み込めてない俺の肩に座ったリドルが、にんまりと囁く。
「これがレベル差ってやつ?ご主人様の剣が重すぎて、彼の筋力じゃ受け止められなかったんだよー。剣を握り続けてたのは根性あるけどねっ」
ふふふっと満足そうないたずらっ子の笑みを覗かせるリドルに、俺はなんとなく理解した。
ラスボスの前座となんの前触れも準備もなく戦った人間が、普通に試合なんてできないってことなんだな、多分。
「ちくしょう!……次は、負けないんだからな!!」
起き上がったフレイアートは悔しそうに吐き捨てて、それから俺に歩み寄って片手を差し出した。
その表情はすでにはればれしていて、恨みも怒りもない。直情的な挑むような視線で俺を見て、にやりと笑う。
差し出された手を握り返し、俺は思った。
俺の中で困ったガキ大将のイメージのままだったフレイアートは着実に成長していた。
確かに単純で、直情的で、やんちゃではあるけど。
思えば、素直なんだよな。バカなことして俺やユーリに叱られて悔しそうにしていても、ちゃんと話は聞いて反省してるふしがある。
今まで進んで関わろうと思ってなかったところがあったけど、俺はこいつが嫌いじゃないかもしれない。
「いやー、素晴らしい試合でしたよ。ウリューエルト様、日々の鍛練の成果、お見事でした。それに、フレイアート様も…」
にこやかに俺たちを見守っていたアリー先生が、賛美の言葉をくれる。
その視線はフレイアートにとどまり、柔和で優しげな笑顔のなかで、なにかがギラリと光った気配がした。
「フレイアート様、素晴らしい動きでした。なかなか才能がおありのようですね。
私はアラレド・ヴェレと申します。昔は中央騎士団に所属し、老いてはアトラント騎士団の指南役、ウリューエルト様のご指導もさせていただいています。
もしよろしければ、貴方も私の元で、強くおなりになりませんか?」
アリー先生の雰囲気に、騎士たちが青ざめて顔をそらしているような気がするのは、気のせいだろうか。
リドルは楽しげに俺の肩で鼻唄を歌っている。
そんな怪しげな空気にも気付かず、フレイアートは勢い良くアリー先生に向き直り、がばりと頭を下げた。
「俺、強くなりたいんだ、是非よろしくお願いします!!」
こうして、フレイアートはアリー先生の弟子となった。
もともと俺のアリー先生の鍛練は午前だけで毎日でもなかったから、俺の鍛練の時間が減ったわけでもないし伝聞みたいなものだけど。
俺はアリー先生が俺に名前を教えてくれなかった意味や、フレイアートに名前を教えた意味になんか、その後もずっと気付かなかった。
アリー先生が何者なのか知ってたら、小心者の俺は逃げ出すし、フレイアートは食いついただろうから。
俺の恩師アリー先生はなかなかに策士だったようだ。
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