ソルアの都市開発調査
必死に魔法コントロールの訓練に励んで2ヶ月、俺はようやくマグナの課題を達成した。
規模は小さなものだけど最大4つの魔法を同時に発動できて、全身全霊で数分だけ操った。
期限が倍になったのは想定内だったようで、寛大を装いながらもたった2ヶ月で鬼畜な課題を達成させたマグナの手腕に感服したものである。
削られた魔力と精神力は一日寝れば回復し、その頃には俺の書いた資料を読み終えて、領内の調査の大まかな追加点を挙げてきていたソルアと、一緒に視察へ出かける予定を立てた。
俺が使える魔法についてお茶会の流れで知っていたソルアは、視察の計画にも当然のようにそれを取り入れていた。ふてぶてしいやつである。
ソルアには属性魔法の素養はない。その代わり、磨きあげられているのはスキルだ。
豊富な魔力はスキル習得上昇に費やされていて、行儀見習いとしても俺の前以外では優秀らしい。
そのスキルの内訳は、人間関係で好印象を与えるものや、演算や情報系、記憶力強化や文書処理など偏ってはいるが多岐に渡り、儲け話の匂いを引き金に遺憾なく発揮される。
まさしく優秀な商人の卵なのである。
ソルアがまず最初に視察の目的として挙げたのは、街道の調査と領民の需要調査である。
街道の方は、俺が調べた地図を元に必要な情報を
おかげで俺はレベルが上がったうえ、測量の魔法を手にいれた。
地図作りには便利だったが、俺は土建屋になるつもりはない。
マグナレベルの土魔法と組み合わせたなら、都心の大車線道路どころではなく、いつかテレビで見た世界最大であるブエノスアイレスの7月9日通りほどでも難なく造り上げられるだろうが、ある日突然現れた大通りを闊歩したい人はいないだろう。
気味が悪すぎる。精神衛生上、納得できる過程というのは重要だ。
下調べを終えて、本格的な視察へ出かける今日は、数ヶ所街道の実際を見学してから、比較的賑わっている街や、人口が少ない地域などを見て回る予定である。
「リューくんは、アトラントをどう発展させたいと思っているのかな?」
内輪ではいつもそうであるように、ソルアが砕けた口調で尋ねる。
馬車がやっと通れるような、ひなびた林道を調査しつつ、手にした紙ににメモをとり、顔もあげずに聞いてくる様子はまるで面接官のようだ。
ちなみにこのインクを内蔵した万年筆は、時々俺の部屋にインク染みを作るソルアを嘆いてぼやいたら、興味を持ったソルアが数日後には作りあげたものだ。
まだ試作品なので世の中には出回っていない。
「うーん、俺はアトラントののどかな田舎さも好きだから、最先端の大都市になったらちょっと嫌かな。
だいたいこの国内の現在の食料供給割合を考えると、アトラントの穀類をはじめとした生産高は国としても重要だと思う、現実的に。
もう少し生産者の生活が豊かになるように、自給自足にせいをださなくても生活必需品が近くで選んで購入できる程度の町の発展だとか、穀類以外の特産品ができないかとか、広大な空き地の活用法だとか、資源を有効活用して活性化したい。
土地が広いから、一部は都市みたいな場所があっても便利かなとも思うな。農業以外の選択肢ができるのも、夢があるんじゃないかな。
イメージ的には、農耕地として発展しながら、領民がもっと楽しく生活できるように、不便じゃない田舎、みたいな感じかな」
日本のビル街で育った身だったから、こういうロハス的というか、大自然と調和した生活っていいなーって思うんだけど、それは俺が領主館で何不自由ない生活を送っているからであって、不便な生活を嘆く領民もきっと少なくない。
利便性を追究したのが元の世界なら、都会化とか都市化っていうのは成果の形ではある。
スマホ弄りながらテレビ見て、腹が減ったらコンビニで買い物して、自分の空いた時間にマニュアル化された仕事してお金稼いで。
悠々自適の一つの形ではあるんだよな。
自分で生き方を選べることもそうだし、その前提である、誰だって平等に法の恩恵を受けて、命だけでなく最低限の生活や教育を保証しますなんてことがすでに、この世界の住人からしたら夢のような話だろうから。
まあ、法整備の話はさておくとして。
でもさ、俺は今の、田舎の一等地での生活であんまり不便してないんだよ。
何をどこまで、って折り合いは難しいけど、アトラントらしさを失わない発展は、出来るんじゃないかな?
商業にも領主業にも実績がない俺には、突き詰めて考える力はないけどな。
「なるほどね。領民の話も聞かないとそれが需要と噛み合ってるのかはわからないけど、領民からしても生活の向上であるわけだから、多分もっと発展させろって文句はでないだろうね。そう思う人ならとっくに主要都市に移り住んでるだろうし。
人の意向を無視した強要は効率の低下を招くから、最終的には地域住民との和解は必須だけど、反発がなかったらそれを中心に考えよう。
ユーリアドラ嬢は、他の近隣領に比べて穀物の実入りが悪いサラジエート領を商業都市化できないかと仰せだったから、その分アトラントが効率的に生産、もしくは貯蔵や運搬技術の進歩で中央への納入を伸ばせるのならば丁度よさそうだね」
ソルアはおっとりした柔らかな声音で淡々と答え、メモしていた紙をぺらりと捲り、新しいページへと開発プランを書きつけだした。
まだまだ構想段階の、一歩未満の歩み出しだ。
領地開発は始まったばかり。これは5ヶ年計画でも甘い見通しの、一大プロジェクトなんじゃないだろうか。
だけど、夢物語なのではなく、踏み出したほんの少しは、計画である限り目標をもって着実に進んで行ける。
たとえ100年後になったって、アトラントの実りが増えたなら、この計画は大成功なのだ。
それからしばらくして、予定の調査を終えた俺たちは、我が家へと戻った。
俺の部屋に戻るなり、一心不乱に計画を書き散らすソルアに、俺は淹れたお茶を差し出しつつ、インクが乾いた紙を拾い集めてまとめていく。
主に当然のように世話を焼かれ、散らかした部屋を主に片付けさせるソルアが従者といえるのかは、もはや謎である。
だけど俺は、こんな途方もない話を夢を追い求めるように着実に進められる男、ソルアをとても心強く感じていた。
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