マグナと魔法
自室の改装以降、友人たちと集まっていたお茶会の場は俺の部屋へと変更された。
中央のソファーセットで語り合い、何か調べたいことや課題ができたら自由に自分の机へ向かう。
隠れ家みたいなこのオフィスばりの部屋に、友人たちは大いに喜んでくれた。
知識欲にまみれた家庭教師と行儀を忘れた行儀見習いがそれ以外も入り浸ってソファーで寝たりするものだから、大テーブルの隣にもう一組ソファーセットを用意するはめになった。
着替えを置くのには断固拒否した。お前らひそかに主人の部屋に住もうとするな。
賑やかになった俺の生活だったが、そんなに忙しくなった訳ではない。
時間の使い方が変わっただけだからだ。
今日は家庭教師の講義時間に、マグナと魔法実践のために人のいない地域の森の中、湖のほとりの、俺が魔法の練習場にしている所へとやってきた。
「ここは自然の魔力が溢れていて、とても素晴らしい場所のようでございますね」
高い日差しに照らされて、上辺で白い光を煌めかせる湖面。
湖を取り囲む木々は静謐で、風に枝葉を揺らめかせて心地好い雑音を奏でる。
少し湿った大地の匂いが、どこか懐かしい郷愁を誘う。
魔力が溢れているかは俺にはわからないが、どことなく神聖で清々しい。
マグナが湖を見つめると、細い水の糸が光を纏いながら空高くへと立ち上る。
次々にほどける毛糸玉のように長くなっていく水の糸は、マグナが指先だけ動かしてリズムを刻むと、湖の上を駆け巡り、緻密な線を重ねて空中にエリストラーダ王家の紋章を描いて凍りつき、雪のように降って消えた。
「魔法のコントロールは、使う者によって体感が違うと申しますが、私にとってはリズムでございます。
一定の適した量、適した時間、適した速度で流れるリズム」
マグナが手を掲げると、勢いよく湖の直径の半分位の広範囲に炎が立ち上ぼり、挙げた手を払った瞬間に幻影のように霧散した。
上空にかけ上る熱風の余波が、そこに存在していた炎の存在を僅かに伝える。
完璧な炎のコントロールと同時の風魔法。
火傷しない程度の温度までを計算して空に熱を逃したのだろう。彼の旋律は止まらない。
「強く、弱く。ゆっくりと、急速に。
私は歌唱を嗜みませんが、歌うように、とはよく言ったもののようです。
適材適所を知り、過不足なく、流れを遮らず」
土の縁が持ち上がり、向こう岸がようやく見えるような大きな湖に、両側から橋がかかる。
その土の橋を、一拍遅れて緑の絨毯が走り、小さな光輝く花を散りばめる。
湖の向こう岸から、ユニコーンに横座りした少女が現れ、異国情緒溢れる民族的な歌をうたいながら橋を渡り始める。
少女が湖の真ん中にたどり着く少し前に二つの辺が合わさって緑の橋が完成し、少女は遮られることなく俺たちの前まで歌いながらやってくると、ユニコーンから飛び降り、華麗に一礼してユニコーンとともに消えた。
その間、湖の上で歌に合わせて現れて消えていた水球が、噴水のように高く水しぶきを上げて虹を散らし、隙間に現れた光の玉が駆け巡ると、虹があちこちと移動してゆく。
乱れなく、淀みなく、一部も乱れずに、いったいどれだけの魔法が同時に操られているのだろう。
声もでない。
ただその光景を、瞬きを惜しんで目に焼き付ける。
目を凝らすと、マグナのリズムが少し聞こえてきたきがした。
マグナが手招きするように軽く手を振ると、湖の上の橋がふっと消え失せ、湖畔に渦だかい土の山が現れた。
旋律を奏でる指先が指揮のように揺れる。
蠢いた土の山は石造りのロッジへと姿を変えた。
使える人間がほとんどいないという空間魔法。それさえも完成された形で組み込まれている。
演目を終えたマグナが俺を振り替える。俺は呆然と目の前の家庭教師を見つめた。
「少しご体感いただけましたでしょうか。お坊っちゃまのお役に立てたなら幸いでございますが」
道化のように恭しい礼をして、マグナが何でもないかのように話す。片方の眉と口の端を上げて、少し楽しそうだ。
なんなんだ、このあり得ないほどハイレベルな魔法は。俺の分析魔法なんか抵抗されるはずじゃないか!
「お前、国とれるんじゃねーの?」
思わず遠い目でマグナを見ると、彼は大袈裟に肩を竦めた。
「国をとる事に何の意味がございましょう。国は栄え、歴史を重ねてこその文化であり、尊き文明の発達がございます。
争いで窮すると、文化的な遺産、書物など特に失われてしまいます。何より国の移ろいや、良き統治主でさえどれだけの苦難に直面したのか、我々は過去の遺物から学んでいるはずでございます。
私はそのような面倒ごとに限りある時間を奪われるくらいであらば、貪欲に、知りたいことを知り、やりたいことをして過ごしたい。私は自分の欲望を叶えるために生きているのです」
呆れるような彼らしい理論に、俺は少し肩の力が抜けてしまった。
それは何よりもマグナらしい信条だ。
一気に現実に戻ってきた心地の俺に、マグナは彼らしく付け加えた。
「さて、私が課外授業までさせていただいたのですから、お坊っちゃまには是非同等の精緻な魔法コントロールを習得していただかなければなりませんね。
期限は一月もあれば充分でしょう。
私への報酬として、必ず成功した調べをお見せくださいませ」
いきなりの鬼畜課題降臨である。
「1ヶ月!?え、無理だろ、お前と俺の能力の差を考えてみろよ!」
焦る俺に、マグナは涼しい顔で微笑む。
「私の家庭教師としての実績を見せていただけること、期待してお待ちしておりますよ。
時間は有限なのですから、能力差などと言い訳をしていたらできることなどございません」
迫力の嬉々とした笑顔である。譲る気は一歩も、三ミリだったとしてもないようだ。地獄の魔法強化月間の到来が決定した。
この時俺は、まだ全く考えていなかった。
時間は有限。貴族の子女にとって、家庭教師はいずれ不要になる存在。
まだだいぶ先のことだとしても、マグナは少し見通していたのだろう。
この時間はずっとは続かないだろうことを。
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