第五百六十六話 無感動の嵐
ラースを追って出てきた僕達を待っていたのは、リューゼ君やルシエールちゃんではなく、いきなり十神者の一人だった。
ガストの町の攻防戦では三人の悪魔と戦ったラースやティグレ先生が言うに、相当強力な敵だったと聞いている。見た目は人間と同じなんだけど、正体は物凄いそうだ。
「む、デダイト君あの美人悪魔さんをじっと見てるー」
「え? いや、僕はノーラ以外に結婚したり好きな人はいないから安心していいよ?」
「そう? えへへー」
へにゃっと顔を緩めるノーラの頭を撫でていると、ヘレナさんとバスレー先生が口を開く。
「そうやって言い切るあたり、やっぱりラースのお兄さんなんだなって思うわねえ」
「まあ、なんだかんだで兄弟ですよね。転生者とはいえ、血を分けているんですから」
呆れたように笑うヘレナさんと嬉しいことを言ってくれるバスレー先生。
ラースは異世界の転生者で、強いことなどの理由もそれに該当するらしい。
昔はコンプレックスというか、嫉妬みたいなものをラースにぶつけたことがあるけど、ラースは怒らなかったね。
それぞれ持ち味や特色、魔力、強さと人間は千差万別あって、ただ、ラースは強かっただけ。弟は、弟なのだ。バスレー先生の言う通り、それは絶対に変わらない絆と言ってもいい。
たまに無茶をする弟に驚くけど、やっぱり僕はラースが家族として好きなのだ。
それはともかく、目の前にいる十神者に接触するとバスレー先生は言う。
ベンチに座る彼女はノーラの言う通り美人だけど、気の強そうな印象を受ける。
そこでヘレナさんが鼻を鳴らしながら歩き出した。
「アタシが話しかけてみるわあ、別に誰でもいいわよねえ?」
「そうですね、ヘレナちゃんは美人だし映え……いえ、ちょっと待ってください。彼女に動きが!」
「え!?」
「がう」
「わう」
僕達は慌てて木の陰に隠れて動向を伺う。
テイマー扱いで連れているラディナとシュナイダーは完全にはみ出ているので怪しいというしかないんだけど……ラースはよくみんなと旅をしていたなあ……
「あれは……細長パンかなー?」
「あのかったいやつぅ? 悪魔のくせに質素なものを食べているわねぇ。……あ!?」
ヘレナさんがそう言った瞬間、紫髪の十神者は長さ十センチほどの細長パンを丸のみにした!?
しかもそれを横にして口に入れたため、頬がその形に伸びている。
さらに。
「あ、飲み込んだー……噛んでないよね、今……」
「ふむ、侮れませんね……ここは大人であるわたしがファーストコンタクトを取りましょう」
「「「お願いします」」」
僕達には荷が重い気がするので、バスレー先生を先頭に後からついていくスタイルを取った。
ベンチで二つ目の細長パンを手にしたところで、バスレー先生が声をかけた。
「へい、そこの彼女! 一人ですか? ちょっとわたし達についてきませんかね?」
『……? どちらさまですかね?』
「わたしの名はバスレー。あなたを地獄へ連れて行く者の名ですよ……!」
「よく分からないけどそれは無いと思うよ!? あ、あのすみません、十神者の方ですか?」
『……!』
「デダイトさん!?」
いけない、動揺してストレートに聞いてしまった!
だけど町中で襲ってくることはないはず……。そう思っていると、十神者は首を傾げて口を開く。
『どうして知っているのでしょうか? そうです、私が十神者のアディシェスです』
「こっちもあっさり吐くし……ええい、もういいわあ。率直に聞くけど、バチカルに話を聞いてるのぉ?」
『おお、バチカル様もご存じで。では、あなた方が教主様を倒そうとしている一行、というわけですね』
「……!」
その瞬間、目が赤く輝き……細長パンを口に入れた。
『ひょうひょうおまひくらふぁい。おふぃるふぉふまへまふのへ……』
「飲み込んでからでいいよー」
『ふぁい』
口をもごもごさせて、今度はちゃんと噛んでいた。
すぐに飲み込んだ後、深々と頭を下げて言う。
『……一応、お話は聞いております。わたくしに協力を求めたい、ということでよろしいですか?』
「まあ、そうですね。バチカルさんとエーイーリーさんはわたし達に協力してくれるとおっしゃってましたが、残りはどうなんですか?」
『個々に委ねられていますね。どうしようか、悩んでいます。ぶっちゃけ義理もクソもありませんしね』
溜息を吐きながら頬に手を当てる彼女は教主に対して辛辣だった。
よほどダメな人なんだろうか……
「とりあえず協力しなくてもいいけど、邪魔をしないで欲しいわあ」
『なるほど。それも一つの手ですね』
「あ、オラが千切ってあげるから丸のみはやめてー」
アディシェスさんが三つ目のパンに手を伸ばしたところで見かねたノーラがそれを止めて千切って口に入れてあげていた。
「まあ、敵対する意思はなさそうですし、このまま大人しくしていてください。期待はしていませんでしたし、ラース君達を探しましょうか」
『待ちなさい』
「なんですか?」
ノーラにパンを食べさせてもらっている彼女が手をビシッと上げてからバスレー先生を呼び止めた。
なんだと僕達が首を傾げると、彼女は変なことを言い出す。
『……わたくしのスキルは【無感動】といいます。これは技能もですが、私の感情自体も感動できない体質でしてね。もし、わたくしを感動させることができたら……協力してもいいと考えています』
「ほう……」
おもしろそうなおもちゃを見つけたといった感じの目を向けるバスレー先生だけど、僕はそれだけとは思えず、質問を投げる。
「もし、失敗したら?」
『戦いが始まると思っていただければ』
「うーん……」
「いいでしょう。貴女を感動の渦に巻き込んであげましょう……!」
「あ、勝手に!?」
僕達が考える間もなく、バスレー先生が笑ながら承諾した。だ、大丈夫かな……?
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