第四百八十六話 ガストの町
「みんな、大丈夫かな?」
「まー、大丈夫でしょう。戦力的には王都の騎士団クラスにバーンドラゴンがいますからね。ラース君が転移魔法陣を作っているので万が一にも安心……」
「とりあえずお腹の薬みたいな言い方はやめてくれよ……」
俺はバスレー先生にジト目を向けると、口笛を吹いて誤魔化すと、後ろに座っていたウルカが話しかけてくる。
「サージュが居ないと移動が結構大変だね」
「ああ、大人数の時はゴンドラで運んでもらっていたからな。ワイバーンじゃ流石に無理だし……」
「ン? ヨンダ、カ?」
俺がワイバーンの名前出すと屋根からあの時俺が倒したワイバーンが顔を出してきた。あの二頭の内、雄がどうしてもというのでついてきたのだ。
テイムしておいたから連れ歩く分には問題ないけど、町の人から『またあの人が変な魔物を連れている』と言われていたのが恥ずかしかった。
「ああ、ごめんなんでもないよ。屋根で休んでてくれ、出番はしばらくないし」
「ワカッタ。ナンデ、モ、ヤル、言エ」
「ありがとう」
俺がそういうと、ワイバーンは首を引っ込めて屋根で丸くなったようだ。そこでウルカの正面に座っていたレッツェルが言う。
「さて、まずはガストの町ですか?」
「だな、王都の騎士達とガストの冒険者達が警戒と様子見で近くにキャンプを作るらしい。日数のラグは二日くらいだから、駐留場を作っているところに合流できるはずだ」
「あの三体の悪魔達がいつ復活するか分からない、未知の状況が困りますね。それにもう何日かすれば教主がガストの町に向かわせた部隊が戻って来ない、もしくは報告がないことを訝しむと思います」
「その前に、迎え撃つなりこっちから攻めるなりをしないといけないってわけか」
リースがポケットの中に手を突っ込んだまま、誰にともなく言い放つとリリスが面倒くさそうに口を開く。
『見てみないと分からないけど、復活はそう遠くないと思うわ。問題は向こうに残っている十神者がどう出るかね』
「……残りはバチカル、エーイーリ、キムラヌート、アディシェス、カイツール、ツァーカブ。この六人で間違いないか?」
『……!? ええ、そうよ』
青い顔で俺を見るリリスは『こいつはヤバイ』って感じの目だった気がする。
「真の名は当人の前で言った方がいいのか、やっぱり」
『そう、ね。全員分かるの……?』
「分かる。さらに言えば、バチカル、アディシェス、キムラヌートあたりはリリスから話せば味方になってくれそうな気もするけどどうだろう?」
俺が後ろを見ずに言うと、息を飲む気配を感じ『当たり』かと確信する。
こいつが言っていた命令だから仕方なく、という部分で無神論、無感動、物質主義を冠する三人に思い至った。スキルがどう作用するのかわからないけど。
「……ふむ、そこまで淀みなく言えるとはレガーロから聞いたわけでは無さそうですね。それも前世のこととなにか関係が?」
「ある。……といっても、前の世界は魔法も魔物も居ない世界だったから、物語だけの存在って感じだけどな」
「よく知っているわねえ? 物語だから覚えやすいのかしら」
イルミの言葉に無言で頷く俺。ゲームやアニメ、映画などで悪魔のことは割と出てくるので、引き出しから出てきたというわけだ。
『その四人は私次第でなんとかなる可能性は極めて高いわ。それなりに条件は必要だと思うけど』
「それは道中で考えておくかな? 例えばリリスは今後どうしたいんだ?」
『うーん、実はそれを考えているのよ。例えば教主様が倒されたとしたらどうするのかを、ね』
「ほう」
歯切れが悪いリリスにバスレー先生が気持ち悪い動きで首をぐるりとまげて荷台に目を向け、話を続ける。
「その言い方だとラース君達が教主を倒せない可能性があると言っているようにも聞こえますが?」
『そうね、もしかしたら倒せないかもしれないというのは合っているわよ? よく考えてみなさい、呼び出したとはいえ、私たち悪魔を十人従えている。逆らえないわけじゃないけど――』
「謀反を起こすには面倒くさい、ってところですかねえ」
『ひゃああ、いつの間に!? え? 御者台に居たわよね!?』
リリスの肩に手を置いて首を振りながらため息を吐くバスレー先生にリリスが飛び上がって驚く。……いつの間に……
「そこまで強いのですか?」
『強いってのもあるけど、人心掌握っていうの? それが気持ち悪いくらいうまくいく。信者の大半は教主に洗脳されてるしね。それと、洗脳するため、わざわざその人にとって絶望を生み出すような真似をするから、あれは私たちより悪魔らしいわ』
「スキルとかかな? そこまで強力な洗脳なんてそうそう無いだろうし」
ウルカが訝し気にリリスへ尋ねると、彼女は手を後ろ頭に組んでから椅子に背を預ける。
『さすがに手の内は明かしてこないわね。向こうも私たちが絶対忠誠を誓っているとは思っていないから、重要なことは聞かされていないの。……ま、逆に言えば付け入るスキはあると思うけどね』
「なるほど、やっぱり相対しない限り正体は掴めないか」
「僕としては面白くないですが、目先のことからやるしかありませんね」
レッツェルが口元に笑みを浮かべながら椅子に座りなおすのを見て俺はひとつ思い出す。
「そういや死にたいとか言ってたのに協力してくれるんだな?」
「ん? まあ、今は中々面白いので手伝いますよ。それにまだ、ラース君がその実力まで達していないような気もしますしね」
「言ってくれるよ。……賢者の魂はどうする?」
「サンディオラのものは力を失ったので、実質トレントひとつだけだけですね。グラスコ領のものは中途半端ですし。戦争になれば作れなくもないですが、それを良しとしないでしょう。なので、いざという時の保険にしておくといいと思います」
珍しくまともなことを言うレッツェルに驚きながら、俺は馬車を走らせる。そこからしばらくは他愛ない話、特にバスレー先生とリースの学院話で盛り上がっていたが、ガストの町へ近づくにつれて魔物に襲われる頻度が増えてきた。
「アルジ、ハイゴとミギ、ダ」
「分かった! バスレー先生、手綱を頼むよ!」
「へいへい! かかってきなさい!」
『なんで挑発するの!? もう、倒しちゃうわよ!』
新参のリリスが理解できないといった感じで叫びながら鞭のようなものを取り出して群がってくるジャイアントビーを叩き落としていく。
「この辺じゃ見ない魔物も居るね」
「間違いなくアレのせいだろう。それ、火炎瓶だ!」
この辺は冒険者がきちんと倒しているので魔物は少ない地域だったけど、ガストの町が停止してからまた増え始めたのは分かる。
だけど、ウルカの言う通りこの辺では見ない、鉄のような背をもつヘビーフロッガーやファスさんのところで戦ったレッドエルクなど強力なものも居た。
そしてリースが言った『アレ』。
ガストの町が黒い靄に包まれていたことまで確認していたが、その規模がさらに大きくなり、嫌な気配を出していた――
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