第四百八十三話 高貴なるドラゴン


 サージュが重苦しい扉を開けると、そこは神聖な空気が流れていた。全員が中へ入ると、自動的に扉が閉じる。


 「……ふん、先に進めってか?」

 <そういうことじゃな。さ、進んだ進んだ>

 <言われなくても、だ>

 「あとはロイヤルドラゴンだけか……ドラ猫、アイナちゃん達を守れよ?」

 「にゃん」


 サージュが歩き出すとティグレ達も後に続き周囲を見渡していく。

 先ほどまでのダンジョンよりもさらに天井が高く、壁には色々な紋様が描かれていることが伺え、ティリアが気づいたように声をあげる。


 「あ、ここ明るいね。魔法要らないかも?」

 「……」

 「どうしたのセフィロちゃん?」

 「この奥に居る人は、今までと全然違うなって……」

 

 ドラ猫の頭に乗っているセフィロが神妙な顔でそう言うのを、ティグレは聞き逃さなかった。ここまで犠牲なしで来れたのはティグレ達の実力もあったが、四人のドラゴンが最後までやり合わなかったことが一番大きい。

 もしこれが罠で、五人で一斉にかかって来られた場合を想定し、ティグレの手にじわりと汗がにじむ。

 そのまましばらく進むと、巨大な階段とその上にある玉座を目にする一行。


 <でかい……!? あれに座る者が居ると言うのか?>

 「一番でかかったアクアドラゴンよりもあるぞ」

 <誰がおデブですの!>

 「言ってねぇよ!? どさくさ紛れに腕を絡めるな!」


 アクアドラゴンが憤慨しながらジャックにすり寄るのを横目に見ていると、上から巨大なドラゴンが降りてくる。

 

 「あれか……!?」

 <ああ、ロイヤルドラゴンだ>


 ティグレが驚き、フリーズドラゴンが上を向いて呟く。やがて玉座にロイヤルドラゴンが鎮座し、固唾をのんで見守っていると――


 <そう硬くならなくていい。こっちへ来い>

 <……>

 「大きいねーアッシュ」

 「くおん」


 特に怖がらないアイナに対し、しがみついているアッシュはちょっと怖がっていた。

 腕組みをしているドラゴンの鱗は艶やかなエメラルドグリーンをしており、高貴さが伺える。


 やがて全員が階段下に集まり、玉座に座っていたロイヤルドラゴンが目を細めて見渡していると、サージュがもう一歩前へ出てから口を開いた。


 <あなたがロイヤルドラゴンか、我は――>

  

 サージュが自己紹介をしようとした瞬間、ロイヤルドラゴンの目がカッと見開き玉座を立つと、そのまま階段を降りてくる。


 「お、おお!? なんだ、やる気か!」

 「チッ、やっぱりこうなるのか!」


 ティグレとジャックが舌打ちをして武器を構えると、サージュが間に入ってロイヤルドラゴンから遮るように立つと腰を落として身構えた。


 <我が相手だ!>


 サージュがそう叫んだ瞬間、ロイヤルドラゴンは両手を大きく広げて突っ込んでくる。サージュよりも体躯が大きい体を止められるかと冷や汗をかいたその時――


 <うおおおお、会いたかったよ息子よぉぉぉぉ!! パパだよおおおおお!>

 <な!?>

 「「なにぃぃぃぃ!?」」


 とんでもない言葉がロイヤルドラゴンから飛び出した。


 ◆ ◇ ◆


 「はい、ハンカチ」

 <おお、すまないねお嬢さん……>


 泣きじゃくるロイヤルドラゴンが落ち着くまで待つこと数十分。ようやく座り込み、ティリアにハンカチを渡され鼻の頭を拭うと、鼻水がべったりとついた。


 「捨てた方がいいかな?」

 「まあドラゴンの鼻水なんてそうそうないから乾かして持って帰れよ」

 「うー……」


 貸したことを少々後悔しているティリアの頭を撫でながら、ティグレはサージュに尋ねる。


 「サージュ、お前ルツィアール国で産まれたって言ってたよな?」

 <……ハッ!? あ、ああ、そうだ。我はあの山の中で産まれてレイナと出会ったのだ。見たところロイヤルドラゴンは雄のようだが……>


 あまりにも現実味がないことにサージュの思考が停止していたがティグレの言葉で復活し、ロイヤルドラゴンを見る。するとロイヤルドラゴンは息を吐いてから話し始めた。


 <サージュ、と言ったかい? いい名前だ。君が外の世界に居たのにはもちろん理由がある。卵だったのがだいたい五百年前だったかな>

 <うむ。それくらいだと認識している>

 <だね。……ドラゴン達はまだそのころ、世界にあちこち存在していたんだ。ある時はどこかの国で崇められていたこともあった>

 「それがどうしてこの島にしか居なくなったんだ?」

 <……まあ、君達人間のせいさ。人は増えると争いを起こす。それだけならまだいいけど、その戦いに勝つため私たちドラゴン達を洗脳して道具にし、様々な手法で捕えて牙や鱗を剥いでいったんだ>


 遠い目をしたロイヤルドラゴンが当時のことを語る。


 「そんなことがあったのか……そりゃ、人間の世界から撤退するのは当然だな。だけど、ドラゴンの方が強いのに逃げ出してきたんだ?」

 <……逃げたんじゃありませんわ>

 <アクアドラゴン、私から説明するからいい>

 <わかりましたわ>


 アクアドラゴンがジャックになにかを言おうとしたがそれを遮るロイヤルドラゴン。そして困ったような顔で続けた。


 <人間と過ごして楽しかった時期もあったからね。それに数は人間の方が多いから、どこか遠くに移住しようと私が決めた。この島はドラゴン達の手で埋め立てて作った島で、ドラゴンが増えれば少しずつ拡張していくのさ。ま、あまりに非道をした国はいくつか滅ぼしたけどね>

 <それは仕方がないことかもしれん……我もアイナ達になにかあれば皆殺しにすると思うしな>


 サージュが唸ると、いよいよロイヤルドラゴンがサージュについて語る。


 <私は父であると同時にドラゴンの長だ、皆を引き連れなければならず声をかけるため世界を飛び回っていて彼女とは別行動をしていた。卵を産んだことは知っていたが緊急を要すると判断したので会うことができなかった>

 「それで……?」

 <戻った時に彼女はどこにもおらず、卵もどこへ行ったのかわからなくなってしまったんだ。卵を産んで体力が落ちて飛ぶのが難しいから最後に移住するという言葉を聞かなければ、とあの時は後悔したね……。探したけど住んでいた山には居らず、卵も無かったから人間にやられたのだろうと去ったけど、まさか子が生きていてくれたなんて>

 <わかるものなのだな>

 <この島に来た瞬間、気配で分かったよ。ドラゴンを統べる私にしかない能力ではあるが、君も私の子だからいつかできるようになるよ。いやあ、嬉しいなあ……>

 <む、むう……>

 「良かったねー、サージュにもお父さんが居て!」


 もう一度鼻水を出しながら抱き着いてくるロイヤルドラゴンに困惑しながらも、サージュはロイヤルドラゴンの背に手を回し、抱き合うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る