第四百二十二話 アーヴィング一家


 「町にあいつらがまた来るのか……それも今度は大勢引き連れて……陛下が受け入れの準備をしてくれているのはありがたいがそこまでか?」

 「ああ、少なくとも死人は出る規模の戦いになると思ってくれ。どれくらいでできるかは分からないけど仮設住宅はできる。俺も資産を使って町の人達の生活を支えるから、移動を提案した」

 「ここが戦場になると思うので、速やかに移動する必要があります。町の人達に伝えてもらえませんか?」

 「うむ、混乱を招かないためにはどうするべきか……」


 父さんにガストの町への避難計画をマキナと一緒に力説する。住人全員ともなるとかなりの大移動になるし、荷物なども持っていかなければならないためきちんと説明する必要があるためだ。

 中には頑固に動こうとしない人もいる可能性もあるしね。するとレッツェルが眼鏡を直しながら口を開く。

 

 「恐らく素直に従うはずですよ、命の危険があるのは前回の戦いで分かっているはずです。それに領主のあなたは町の人から慕われていますから話をすれば分かってもらえるかと」

 「お前に言われても、と言いたいところだが、それを頼りにするしかないか。デダイトにも声をかけてもらうとしてラース、お前も頼む」

 「俺? うーん、俺は居なくてもいいんじゃないか?」

 

 父さんの言葉に首をかしげていると、マキナが笑いながら俺の肩に手を置いて言う。


 「何言ってるのよ、町でラースを知らない人は居ないと思うわ。居なくていいってことは絶対にない! もちろん私も手伝うからね♪」

 「分かった。マキナがそう言うなら、手分けして――」


 と言おうとしたところで。俺の頭に乗ったサージュが喋りだす。


 <いや、我を使え。町で巨大化したから多分皆が覚えているはず。そこから<メガホン>でも使ったらどうだ?>

 「あんまり話を大きくすると相手にバレそうなんだけど……」

 「いや、福音の降臨のようなやつは恐らく今は居ない。ハウゼンとリューゼ君に頼んでギルド総出で調査に乗り出したからな」

 <と、言うことだ>

 

 それならいけるかと俺が頷くと、告知を明日行うことが決まった。難題だけど、父さんと【カリスマ】のある兄さんなら大丈夫というのもある。


 「それじゃ次は転移魔法をどこに作るか考えないと。やっぱり広場かな?」

 「そこだと、あいつらが攻めてきた時に利用されそうだし、家屋の中か屋敷がいいんじゃないか?」

 <やはり庭だろうか? あそこなら門を閉めれば簡単には入ってこれないだろう。こら、アッシュ、尻尾を引っ張るんじゃない>

 「くおーん!!」

 

 アッシュが俺の頭の上に乗っているのはずるいとばかりに尻尾を引っ張って落とそうとしていた。仲良くなったからか、大人しいアッシュがサージュに突っかかっていく姿は将来楽しみである。

 とりあえずどこを転移場所にするかと考えていたところでアイナの大声が聞こえてきた。


 「ただいまー!! ふんふん……ティリアちゃんこっち!」

 「待ってー」

 「くおん!?」


 リビングに笑顔で駆け込んできたアイナとティリアちゃん。

 アイナはアッシュを見つけると、一足飛びでアッシュを掴まえてティリアちゃんの下へ戻る。


 「この子がアッシュだよ! 可愛いでしょ?」

 「ふわああ、ぬいぐるみみたいー……撫でていい?」

 「いい? アッシュ」

 「くおーん♪」

 「やった! ふわふわしてるー。あ、ラースお兄ちゃんとマキナさん、おかえりなさい」

 「ただいま、ティリアちゃん!」

 「ただいま。ベルナ先生かティグレ先生は仕事中かな?」

 

 ティリアちゃんを撫でながら俺が尋ねると、開けっ放しの扉から母さんと、久しぶりの顔を見つける。


 「当たりですラース様! ベルナはお仕事中ですよ、代わりにわたしがやって来ました! ほら、トリム、ラース様ですよ」

 「ひ、久しぶりラースお兄ちゃん! あれって、魔物? やっぱりお兄ちゃんは凄いなあ」

 

 ニーナと息子のトリム君だった。トリム君は特に久しぶりだけど、目を輝かせてアッシュを指さし俺を見る。


 「トリム君も来てくれたのか。ハウゼンさんもすごいじゃないか」

 「パパは剣ばっかりだもん。いっぱいできるお兄ちゃんがかっこいいよ」

 「ラース兄ちゃんはアイナのだよ! ティリアちゃんトリム君、あっちでアッシュとセフィロちゃんと遊ぼうー!」

 「わ!? 何これ!?」

 「!」


 枝を上げて挨拶をするセフィロに驚くティリアちゃんとトリム君に、頭に花を咲かせてあげた。


 「わあ、凄いねー。わたし、連れて行くー」

 「あ、ずるいよティリアちゃん! ぼくも見たい!」

 「くおーん」

 「お屋敷から出ないようにね」


 慌ただしく出ていく子供たちを母さんが窘めると、手を振ってリビングを出ていく。俺は肩を竦めながらその様子をみて呟いた。


 「俺は誰のでもないよ……」

 「おや、お嬢さんのものではないのですか?」

 「れ、レッツェルさん!?」

 「……お前にしてはいいことを言うな」

 「ラースまで!?」


 顔を赤くしてあわあわしているマキナが可愛いと思っていると、母さんがレッツェルを見て声を上げる。


 「あんたあの時の医者じゃない!? なんでこいつが居るのよ!?」

 「ほ、本当です!? デダイト様を殺そうとした人が……!」

 「その節はどうも。ラース君に殺されるため頑張っているところですよ。味方なので安心してください」

 「安心できるわけないでしょ! ラース、つまみ出して」

 「分かった」

 「はっはっは。そろそろお暇しようと思っていましたからお気遣いなく。……しかしくれぐれも急いでください、猶予は恐らくあまりありません」

 「消えた……あいつは本当に味方なのかラース? それにそこまで切羽詰まっているのだろうか……」

 「とりあえずは、ね。信用しすぎるのは危ないけど」

 <まあ、これからは我達も一緒だ。そうやすやすと裏をかかれまい>


 その言葉に俺はそうだな、と返す。サージュを含め、心強い味方がたくさんいるからレッツェル何かには負けないだろう。

 しかし福音の降臨は次の侵攻で諦めるだろうか? このままベリアース王国との戦争に発展しそうな勢いなのが少々怖い。


 「まあ、今は良しとしよう。さっきお返しはしておいたからな。デダイトが帰ってきたら明日の事を話し合うぞ」

 「うん。マキナはどうする? おじさん達に会ってくるかい?」

 「んー、どうするか気になるから話し合いが終わるまでこっちにいるわ。おじさま達ともお話ししたいしね。それと明日に告知なら後で家に帰るとして、みんなにも会いにいかない?」

 「あ、いいね。リューゼとティグレ先生には挨拶をしておきたいな」


 マキナが嬉しそうに言うので、俺も賛成。しかし、母さんとニーナが俺に詰め寄ってきた。


 「未来のお嫁さんは嬉しいことを言うわね♪ あんたも早く結婚しないかしらねえ?」

 「そうですよ! ラース様!」

 「兄さんが帰ってくるまで部屋に行こうか、マキナ」

 「あはは……」


 冷や汗をかく俺に、マキナは苦笑するのだった……兄さん、ノーラ、早く帰ってきてくれ……

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