第三百六十八話 安らかなひと時にさす影
「よっと……まだ静かだな」
「畑仕事が早いっていっても、もうちょっと後だからな。さっさと家へ入るぞ」
もう少しで陽が登り始める明け方に俺達は区切りをつけて村へ戻って来た。薄暗くても着地の瞬間は人目につきやすいので、慎重に屋根に降り、村長さん宅へと戻る。
「ふう、魔力を使いすぎた……」
「失敗含めてあんだけやってそれで済んでるんだから化け物だぞお前。しかし教える側としては甲斐もあるし、楽だがな! はっはっは! そっちはどうなんだ?」
「こっちもボチボチじゃわい。ここまで広い場所で組手をするのは初めてじゃったが、マキナの【カイザーナックル】の真価を垣間見た気がするわい。‟雷牙”はもう大丈夫そうじゃな」
「はい! 地味にライトニングをその場に留める訓練をやったのが報われました! やったよ、ラース!」
「見てたよ、破壊した岩石が雷でさらに粉々になってるのは凄かったな」
「ラースの魔法をその場に留める訓練を一緒にやってくれたおかげよ、ありがとう♪」
マキナはよほど楽しかったのか、ファスさんとディビットさんの前で俺の頬にキスをしてきた。いつもなら恥ずかしがって絶対こんなことはないと苦笑する。
「さて、お風呂は無いみたいだし寝ちゃおうか。二階、本当に使ってもいいのか?」
「ああ、村長の家だって言っても殆んど俺が建てたようなもんだ、ゆっくりしていきな」
「ありがとう。そういえばオルノブさんとユクタさん達は別の家を貰ったんだっけ?」
「そうだな、ここに住むってことだから村長に一任したぜ。一家だと思ったらバラバラだってのは面白かったな。それじゃ俺はこっちだ、また明日な」
村長さん宅にはバスレー先生とアッシュ、それとセフィロを預かってもらい、馬とシュナイダー、ラディナ達は厩舎でお休み中だ。しかし、この村で住むと決めたオルノブさん達はひとりずつ、家を貰うことができたようだ。
そんな話の中、ディビットさんが自室へ戻り、俺達も宛がわれた部屋へ向かう。
「ふあ……昼前には起きて村を散歩してみようか。結構広いし、変なのが居ないか見て回っておこう」
「そうね。あれ? 師匠はそっちですか? ベッドがふたつ無かったと思いますけど……」
「ワシはひとりでいい。たまにはババアも気を遣わねばな。といっても疲れておるじゃろうから何もできんとは思うが……」
ファスさんが笑いながら部屋の扉を開けて暗にとんでもないことを言う。マキナは少ししてから気づき、顔を赤くしていた。
「も、もう、師匠ったら……」
「まあ、一緒の時間は大切だからなあ。とりあえず……ふあ、眠いしそろそろ寝ようか」
「う、うん!」
マキナと一緒に部屋に入ると、ベッドひとつにアッシュとセフィロがど真ん中に寝転がっていた。セフィロは起きていそうだけど、アッシュは熟睡しているようだ。
「すぴー……」
「あはは、寝返りをうってる。可愛いー」
「……起こすのも可哀想だし、一緒に寝ようか」
「ふえ!? い、いや、ちょっと今は汗臭いし……」
「ま、そういう時の魔法だよな<ピュリファイ>」
「あ、なるほど! ……キレイになったわ、とう!」
マキナは装備を外してベッドへダイブ。俺も自身にピュリファイをかけて身をキレイにするとベッドにもぐりこむ。
「えへへ……家よりも近いかも……あふ……」
「修行、頑張ろうな」
「うん……ラースは凄いから……すぐ……」
「転移魔法は凄く便利だから、マキナもいつでも実家に――おっと」
「すぅ……」
言うが早いか、マキナはすぐに寝息を立てだした。俺は口元が自然に緩み、目を瞑る。マキナの髪を撫でていると、俺もすぐに眠気が来た――
◆ ◇ ◆
ラース達が夜間の修行から帰って来たころ、その姿を見ている者がいた。福音の降臨、アイーアツブスと側近のダルヴァだった。
「夜に修行、というところですか。まあ、この時間で渓谷なら確かに人目にもつかない。……ディビットにとって不運だったのは私がここに居たことでしょうか。そして、私にとっての不運は修行をしていた残りの三人……」
「何だ? 何を言っている。ディビットは居たのだ、早く始末をせんのか?」
「私としてもそうしたいのですが、残りの三人。あれの存在が厄介ですね、ディビットを見つけるきっかけにはなりましたがあのお婆さんにカップル、ですかね? 見立てでは相当手強いです。私ひとりでは恐らく……無理!」
「何を言っているのだお前は!? 何の為に高い寄付金を払ったと思っている! 泣き言はいいからさっさと始末をつけろ」
フードを被っているので表情は見えないが、アイーアツブスははっきりと実力差を見極めていた。しかし口では無理だと言うものの、悲壮感はない。その態度にダルヴァが激昂するが、アイーアツブスは肩を竦めて口を開く。
「まあまあ、あなたは知略がお得意だと聞いています。何かいい手がありませんか? 私はこのとおり【不安定】でして、人質を取るくらいしか方法がないんですよ。あの身なりのいい女か子供あたりならと考えていますが」
「ふむ……」
ディビットを倒せるであろう人物で実力も確認している。そのアイーアツブスが冗談交じりとはいえ無理だと言い、人質を取るとまで言い出した。来訪してきた他国の人間の力は未知数……そこでダルヴァが案を口にする。
「よし、では我らは同志を引き連れて城へと赴く。このままディビットに手を出さなければ城を強襲されたことも気づかないだろう。お前はやつが気づいて動いたとき、邪魔をしてくれ。それで時間が稼げれば問題あるまい。勝てずとも、足止めはできよう?」
「ああ、いいですねそれ。では監視役として私が残れば良いですね。ひとりかふたり、足止め要因で人を残してもらえるとなお嬉しいです」
「贅沢な奴め……まあいいだろう。では我らは行くぞ? ここからサンディオラの王都まで一週間ほど。それから数日の間に攻め入る。頼んだぞ」
「はいはい、寄付金分はしっかり働きますんでー」
ダルヴァは不安げな表情を見せたが、ディビットと戦える数少ない人物なので特に言及せずガリアーダ渓谷から離れていく。
「……さて、と。追加ボーナス、貰っちゃいましょうかねえ?」
フードから見える口をぺろりと舐めながら、アイーアツブスはくっくと笑っていた――
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