第百六十四話 危機


 ――ガダル達を乗せた馬車がガタガタと進んでいく。もうすぐ待ち合わせをしているピットの町へ到着する。ここで引き渡し、着ている服を変えれば殆どの場合ばれることは無い。

 

 「町の灯りが見えて来たぞ、それじゃさっさと引き渡して王都へ行こう」

 

 御者のタリーが前を見ながら口元を歪め、提示されていた金額を思い浮かべ笑う。荷台の隅に寝かされているルシエールが入れ替わっていることに気づくことなく。

 

 「……今回も上手く行ったな」

 「ああ、これでしばらくはまた豪遊できるぜ」

 「ふう……」


 やがて町の入り口が見えてくると他の三人も安堵のため息を吐いた。だが、次の瞬間馬車の前にフードを被った人影が行く手を遮り、タリーは慌てて馬車を止める。


 「いきなりなんだ、気を付けろ!」

 「……待っていたわ、きちんと仕事をしてきたんでしょうね」


 タリーの怒声をものともせず、フードの人影は言う。声の調子から女性のようで、フードの女はタリーに指で『こちらに来い』と指示し、近くの森へと歩いていく。

 

 「……行くか。町の中だと具合が悪いらしい」


 ファーンが目を細めながらその背中に呟く。タリーは肩を竦め、馬車をゆっくりと森に歩かせる。程なくして湖がある開けた場所に到着すると、フードの女は湖を背に立つ。


 「それで目標は?」

 「こいつだ」


 ガダルが肩に担いだルシエール……ではなく、ルシエラを地面に寝かせる。すると、近くの木陰からフードを被った人物がさらにふたり現れた。ひとりは小柄、ひとりは背の高い人物で、背の高い方が手を広げながら口を開く。


 「やあ、ご苦労様。ちゃんと連れて来てくれたね?」

 「……あんたか。ああ、これで依頼は完了でいいな?」

 「ああ、それじゃ報酬を――」


 声からすると男性である背の高いフードの男が懐からお金を出そうと手を入れる。だが、小柄な方がルシエラを見て口を開いた。


 「……待つんだ。こいつ、姉の方だぞ?」


 まだ幼さの残る女の子の声でそんな言葉が出てくる。すると、ガダルが慌てて口を開く。


 「そんなはずはねぇ! ギルドから出て来たところを捕まえたんだ! 髪も短いし、リボンだってあるだろうが!」

 「……あの姉妹は良く似ているだろう? 見なよ、髪は確かに短いけどきちんと切り揃えられていない。胸も僅かだけど大きいし……悔しくなんかないぞ? まあそう言うわけでこれは違うね」

 「馬鹿な……!? まさかあの時にか!?」


 マルトーがハッとして言う。一度逃げ出したことを三人のフードに告げると、背の高い男が冷たく言い放つ。


 「なるほどね。残念だけど、そういうことなら報酬は無し。君たち、もう帰っていいよ。この子だと彼は来ないだろうしね」

 「く、苦労したってのに……」

 

 ガダルが歯噛みすると、背の高い男が続けて言う。


 「ならその子を売ればいいじゃないか。確か年のころは十五歳だから成人に近いしね? べリアースの頭の悪い貴族なら高値で買ってくれるんじゃないかい?」

 「そうね、いいんじゃない? あんたたちが楽しんだ後にでも売ればー?」

 「くっく、それは面白そうだ。ふむ、“眠り粉”で寝ているのか、こっちは気付け粉だ。意識があった方がいいだろう」


 小柄なフードが粉の入った袋を渡しながら嫌らしい声を出す。それを乱暴に受け取りながら、


 「声からしてガキか? それがガキの言うことかよ。そうだな……女は確かに売れる。ってことはお前達も売れるってことだろ……?」

 

 と、ガダルが剣をスラリと抜いて笑う。その瞬間、後ろに控えていた三人もそれぞれ武器を手にして並び立つ。


 「へえ、大人しくその子だけ連れて消えればいいのに欲を張っちゃったわねえ? ねえ『先生』殺していい?」

 「ボクもその意見には賛成だね。武器を抜いたなら死んでもいいって覚悟があるんだよね?」


 ふたりが前に出ると、背の高い男が腕を組んでから首を傾げ面倒くさそうに言う。


 「まあまあふたりとも、こんなのを殺しても面白くもなんともないだろう?」

 「てめえ……俺達に勝てると思ってんのか? これでも冒険者としての腕は悪くないんだぜ。大人しく金を出せばそれで良し。それかケガして女を連れて行かれるか、選べ」

 「ふーん、この程度でかい?」

 「え?」


 ガダルの隣に立っていたタリーが間の抜けた声を上げる。それもそのはずで、目の前に居たはずの背の高い男がガダルの首筋にメスを当てていたからだ。

 ツゥ、と首筋から血が流れる感覚に驚き、ガダルはすぐに距離を取り、他の三人は背の高い男を取り囲む。


 「えー、面倒とか言いながら先生が行っちゃうんですか?」

 「ボクは面白ければなんでもいいけど」

 「まあ、殺すだけなら簡単なんだけど、死体の処理も面倒じゃないか。……それに、面白そうなことになってきたようだよ」


 背の高い男が空を見上げて見えている口元をにやりと曲げて言う。空には月が出ているが、それを背に羽ばたく影があった。


 「なんだ!? ド、ドラゴン、か……?」

 「くっく、彼らが来たか。こいつを助けに来たようだね」

 「貴様ら何か知っているのか!? あ、あれに人が乗っているとでも……!」

 「それを知る必要はないね。まあ、あれから逃げるのはきっと大変だろう。気の毒だからこれを持っていくといい」


 背の高い男が懐に手を伸ばすと、ベリルの束と、瓶の薬をポイっと投げ渡す。


 「四十万ベリルある。約束のお金は三百万だったから少ないけど、僕を楽しませてくれるおぜん立てをしてくれたようだし、あげるよ。その薬は戦闘になったとき飲むといい。筋力と速度が向上するはずさ」

 「……マジか、俺達が逃げようとしたところで後ろから撃ってこないだろうな……」

 「あはははは! それも面白そうだけど、もっと面白いことになりそうだからそれはしないよ? さて、僕達は行くから後は頑張って」

 

 フードの三人はまばたきをした瞬間、煙のように消えた。冷や汗をかきながらきょろきょろとする四人だが、気配すらなく背筋に寒いものを感じていたが、すぐに出発する。


 「……くそ! 町はまずい、森を突っ切って王都方面へ抜けるぞ。森の中なら空からでも見えまい」

 「し、しかし、ドラゴンを使役なんてできるのかよ……」

 「知るか! 金を持って逃げるんだよ! ここまで上手くやってきたのに今更捕まってたまるか!」

 「ん……」


 しかしガダル達はすぐに思い知ることになる。自分たちは何をさらい、何を相手にしてしまったのかを――

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