第百四十九話 ラースの心


 ――母さんが妊娠した。この報告は驚きしかなく、俺と兄さんはあんぐりと口を開け、父さんは他のお父さん達に冷やかされて頭を掻き、戻ってきた母さんもみんなに祝福されていた。

 そんな中、チキンを口に入れながらノーラが兄さんに質問する。


 「おめでたってなにー?」

 「あ、うん、母さんに赤ちゃんができたんだよ。僕とラースに弟か妹ができるんだ」

 「え! 赤ちゃん!? お母さんのところ行ってくるー!」

 「あ、暴れたらダメだよ!」


 ノーラはさっと椅子から飛び降りて母さんのところへ行き、母さんに抱き着いていた。やれやれと思いながら兄さんとホッとしていると、レオールさんがもう一度俺のところへやってくる。


 「なんかおめでたいことが重なったみたいだね」

 「あ、すみません話の途中で」

 「いや、いいよ。で、さっきの話なんだけど、ダンス競技でヘレナちゃんとマキナちゃんが来ていた衣装、あれを売って欲しいんだ」

 

 あ、そういうことか。

 確かにあの衣装はかなり可愛いし、この世界では見たことがないデザインなので商人なら興味を引くかもと思う。

 

 「あれはこの時のためだけにニーナに縫って貰ったものだから、マキナとヘレナ以外の人は着れませんよ?」

 「その通りだね。だから、それはきっかけが欲しいに過ぎない。ラース君、縫製担当はこちらで用意する。だから、衣装のデザインをお願いできないか? 君ならもっとアイデアを出してくれそうだ」

 

 なるほど、そういうことか。まずあれを買って、商品を売り込むための素材として使う。プラス、それは俺の協力を得るために買い取ると言うことだろう。だけど、あれは流石に売れない。

 

 「あれはマキナとヘレナにプレゼントしたものだから売れないよ」

 「もちろん私も売らないわ! ラース君がくれたものだし、思い出の品だもの!」

 「顔を真っ赤にしていたけどねえ? あは♪ でもマキナの言う通りあの衣装はダメよお。大きくなって着られなくなっても大切に取っておきたいわあ」


 俺の援護にマキナとヘレナのふたりも会話に参戦してくる。流石に、いいですよとは言わないよね。するとレオールさんは頭を下げて俺に言う。


 「確かにそうか……対抗戦で使った思い出は何者にも代えがたいものだ。それを買い取ろうとは浅はかだった、申し訳ない」

 「いえ、商人なら珍しいものを欲しがるのはよくあることですしね。うーん、デザインだけでいいならお渡ししてもいいですよ、あの二人とは違うやつで後二着分のデザインがありますし」

 「本当かい!」


 レオールさんは声を明るくして俺の手を握ってくる。そしてこんなことを言いだした。


 「あれは先鋭的なデザインだ、必ず売れる。いや、売って見せる。デザイン料と販売のマージンはこれくらいでどうだろう? もちろん他にデザインがあれば買い取るよ」

 「……え!? こんなに!?」


 レオールさんは手際よくすでに記入済みの紙をスーツの胸ポケットから取り出し俺に手渡す。そこには十歳の子供が持つにはすぎた金額が記載されていた。


 「い、いや、これは流石に……」

 「これくらいは売れるよ。まあ、マージンは売れた着数になるから、上下はするけどね」

 「売れた金額の十%……デザイン料は一着二十万ベリル……」

 「え、すご!?」

 「うわ!?」

 

 マキナが覗き込み、ヘレナが驚きの声を上げ、俺は慌てて紙をポケットへしまう。


 「どうだろうか?」

 「あ、金額に不満はないんですけど、父さん達に許可を――」

 「別に構わないよ? 学院の勉強優先だけどね」

 「あ、うん……」


 父さんはすでに買収済みだったか? そういえばあのお酒の瓶だけはさっきから手を離さない。

 でもまあいつかこの町を出るならお金はいくらあっても困らないし、ミントグリーンとコバルトブルーをイメージしたやつはあるし。


 「分かりました。それじゃ、後程、この件についてお話をしましょう」

 「頼むよ! いやあ、ついてたな僕は……これはソリオさんの取引と同じくらいお金の匂いがするぞ。あ、すみません私にもお酒を頂けますか! ではラース君その時はぜひ!」


 レオールさんは上機嫌でお酒を所望しながら俺達の下を離れていった。まあ、デメリットはないからいいけど。

 俺が呆れながら食事に戻ろうとしたところでマキナに声をかけられた。


 「……ラース君は将来どうするの?」

 「え? 急にどうしたんだい?」

 「わたしも気になるかもー!」


 マキナが振り返った俺に神妙な顔で呟き、クーデリカが割り込んでくる。詰め寄られ後ずさっていると、ルシエールも参戦してきた。


 「私も気になるなあ。まだ何をしたいかわからないんだよね」

 

 そう言いながら困った顔で笑うルシエール。多分、マキナの言いたいこととは違うんだろうけど、学院を卒業後は身の振り方を考えなければならない。

 それでも後五年はあるんだけど、これが長いか短いかは個々の感じ方にもよるだろう。

 例えばジャックは魚屋の手伝いだし、ヨグスは学者になるためまた別の学校へ行く必要があるらしい。

 リューゼやウルカは冒険者、マキナは騎士でヘレナはダンサー。ノーラはちょっと分からないけど、兄さんが先に卒業するからそこに合わせて何かする可能性が高いかな? だけどルシエールはやりたいことが見つからないのだそうだ。


 「まだ十歳だし、ルシエールはお家の手伝いもできるから一旦卒業してからでもいいんじゃない?」

 「うーん……ノ、ノーラちゃんみたいにお嫁さんっていう手も、あるよね……? ラース君がデザイナーとかになったら……」

 「そ、そうだね……」


 もじもじしながらルシエールにしては大胆な発言に驚きつつ戸惑っていると、今度はマキナが口を開く。


 「で、でも、ラース君は王都にも誘われているし、私と一緒に向こうに行くのもいいんじゃないかな?」

 「あーずるい! わ、わたしとパーティ組んで欲しいかも……」

 「王都ならアタシも一緒よね♪ お金稼いでくれそうだし、アタシも――」

 「「ヘレナ(ちゃん)はダメ!」」

 

 ヘレナが舌を出して冗談だと言いながらテーブルに戻り、母親の下へいき食事に戻っていった。ルシエールとマキナ、ヘレナの三人は俺のことで話し合いが始まったので、兄さんに手を振り、そっとその場を離れて父さんの下へ向かう。


 「お、どうしたんだいラース? 友達はいいのか?」

 「うん。みんな家族と話してたりするし、俺も父さんと話そうかなって。ほら母さんはあれだし」


 お母さん達に囲まれた母さんに近づくのは難しそうなのもあるし、マキナ達のことをぐいぐい来られそうなのでここは父さんだろう。


 「そうだな……」

 「というか、父さんは母さんのどこが好きなの?」

 「お、急に突っ込んできたな。ルシエールちゃん達に何か言われたのか?」

 「前からそれは言われていたんだけどね。で、どうなの?」


 子供に聞かれて困る質問らしいと聞いたことがあるけど、今、子供のうちに聞いておく方がダメージは少ないんではないかと思う。すると父さんは焦るかと思ったけど、にこりと微笑み俺の頭に手を置いた。


 「母さんのことは一緒に居るだけで安心できるところだよ。俺の親父には相当反対されたんだが、おれにはあいつしかいなかったな。貧乏になったときでもついてきくれた、辛い時でも笑って支えてくれた最高の妻だよ。ラースが今の子を選ぶのか、一緒にいて楽しい、ラースを支えて、ラースが支えたいと思う子がいいんじゃないかな? はは、なんて言ってみたけど結局相性かもしれないね。一目ぼれって言葉があるくらいだ、もしかしたら全然関係ない子を選ぶかもしれないしね」

 「支えたい……」


 分かるような気はする……けど、これはやっぱり本人次第なところがあるんだろうなあ。

 それでも、父さんが安心する、といった時の顔はとても優しく、母さんを凄く大事にしているのが分かる。俺ももうちょっと成長したらそういうことが分かるようになるのかな? というか父さんの父さん……すなわち爺ちゃんに反対されたって初めて聞いた。亡くなっているわけじゃなかったのか……父さんと母さんの馴れ初めも聞いてみたいなと思っていると、


 「まあ、まだそんなに深刻になることもないよ。なるようになるさ。お前ならマキナちゃんとかルシエラちゃんなら合いそうだけどなあ」

 「ルシエラはちょっと……」


 「ん? 今、私の名前が出た……?」

 「何でもないよ」

 「そう? あ、そのお魚私のよ!」

 「オラのだよー!」

 「ほらほら、喧嘩しないで分けて食べなさい」


 ……まあ、マキナ達も俺の強さの憧れなのかなって気もするし、まだ分からないか。色気より食い気かなとも思う俺だった。


 「よし! 俺も食べるぞ! ジャック、そのエビを頂戴!」

 「いいぜ! にしてもうめぇな! ウチの魚をこうやってきちんと料理にしてくれるとやっぱ嬉しいわ!」

 「はは、大人になってからも頼むよ」

 「当たり前だ!」


 「ティグレ、わたし達も結婚式、しないとねぇ? 子供はそれからだって……お父さまが言ってたのを思い出したわぁ」

 「お、おう……」

 「先生達の結婚式いきたいー!」


 「あ、あれ、何か体が重い……きゅう」

 「マキナが急に力尽きた!? ラース、ラースこっちに来て!」

 「薬の反動、ってやつかな……」



 ――そんな話をしながらお祭り騒ぎの夜は更けていく。

 結局、父親たちが飲んだくれて眠り、一家そろって屋敷に泊ることになりノーラは大喜び。部屋は開いているし、お風呂に入り、女の子達は大部屋で寝たりと終始賑やかだった。

 

 この居心地のいい仲間たちといつまでも、と思いながら俺は眠りについた。

 

 そして月日は流れ――

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