第百三十三話 策略とは


 「こんなのもあんのか……こりゃマジで慎重にならねぇと僅差で負けるぞ?」


 簡易な棚に並べられた品物を物色をするジャック。

 俺はこの日の為にルシエールの家や商店街を歩き回っていたのを知っているので勝ちたいところ。そこへ近づく人影があり、ジャックは気配を感じ取りポケットに手を突っ込んで振り返る。


 「……お、ネミーゴか。何の用だ?」

 「どうだ、ジャック?」

 「教えると思うか? お前等、他のクラスと共闘してよくやってくれたもんだぜ」

 

 ジャックが片目を目を細めてそう言うと、ネミーゴは口をへの字にして返す。


 「Aクラスがやり過ぎたんだから仕方ないだろう? 生き残るためなら何でも使う。冒険者の鉄則だろうが」


 するとジャックはニヤリと笑いながらネミーゴから距離を取り、挑発するように口を開いた。


 「まあ、分かるけどな。俺達が凄すぎてクラスだけじゃ勝つのが無理だってのは辛いな! はっはっは!」

 「そういう態度だから狙われるんだっての」

 「手を組むにも相手を選べってこったな。んじゃ、頑張れよー!」

 「くっ……」


 妨害を警戒し、サッと離れて物色に戻るジャック。チラリと周囲を見ると、ひとりBクラスの女生徒が楽しそうに物色している姿が目に入る。


 「下手に大きいものは持っていけないし、金額が越えそうだから、色々集めちゃおっと!」

 「……おいお、あんなので一万ベリルになるわけがねぇ……ありゃ妨害するまでもないか?」


 小物をじゃらじゃらとかき集めている子には目もくれず、ジャックは再度物色をしつつ、他のクラスの子を見ていた。


 「あいつ何やってんだ?」

 「他の子が何を持ち出すか気にしているんじゃないかな? 妨害は……この時点ではあまり意味が無いし」

 「一位だと嬉しいけど……」

 

 無茶するんじゃないぞと、声をかけるとジャックは一度だけ俺達を振り返りすぐに物色へ戻る。時間制限が迫る中、ジャックは銀色の盾と、すりガラスのお皿、それと金色の管楽器……フルートかな? それを選んだようだ。

 

 「俺も終わりだ」

 「わたしも!」


 ジャックに続き、Cクラスのネミーゴ、Bクラスの女生徒も鑑定に持ってくる。ネミーゴは銀の食器セットにお酒の瓶、それと一振りのダガー。

 Bクラスの子はさっき見ていた通り、ネックレスや指輪、銅のコップに、よく分からない彫像などごっそり持ってきていた。


 「……」

 「どうしたのラース君?」

 「いや、あのBクラスの子、本当に雑多なものを選んだなと思ってさ」

 「そうだね。あれは流石に無理じゃないかな……?」


 クーデリカが首を傾げて呟く。

 勝負を捨てたようには見えないから、あれで本気だと思う。本当にショッピング感覚で選んでいたしね。

 そこへDとEクラスも鑑定に入り、しばらくしてから金額が提示される。


 「……一万ベリルに一番近かったのは――」


 サムウェル先生が全員から集めた紙を持って口を開け、ジャックが祈るように手を合わせて目を瞑る。


 「ここで決めてくれ……!」

 「ジャックには負けん……!」


 ネミーゴも隣で祈る。


 しかし――


 「一位はBクラスのソーニャちゃん! 9925ベリル!」

 「んな!? マジか!?」

 

 明らかに落胆するジャック。

 品物個体の金額を知りたいくらい一万に迫る金額だった。彫像がいい値段だったような気がするけど……そして、追い打ちをかけるように二位の結果が飛び出した。


 「二位はCクラス、ネミーゴ君の9889ベリル!」

 「なに!?」

 「おお! やった! さっきは負けたが今回は貰ったぞ!」

 「くそ……!」


 「あー、二位でも無かったのか……」

 「まだまだ、三位でも十分さ」


 肩を落とすリューゼに俺がそう言うと、三位が発表される。


 「三位、Dクラス、ソニアちゃん! 9827べリル!」

 「あ……あれ!?」

 「ジャック……お前……」

 「嘘だろ!? お、俺いくらだったんだよ!」


 まさかの展開に焦るジャック。だけど次の瞬間、


 「四位、Aクラス、ジャック君! 9779ベリル!」

 「おお……最下位は免れたぜ……!」


 額の汗を拭うジャック。


 「良かったー! 二ポイントだよー!」

 「でも、ポイントの高いBとCが一位と二位を取ったのは惜しいね。DかEが取ってくれたら戦闘競技の結果がどうであれ一位で終了できたはずだし」

 「いいさ、ヨグス。最後に勝ちを取るのは俺達だ。妨害にも負けないってところを見せてやればいい」

 「僕も頑張るよ!」


 最後のメンバーに入っているウルカが拳を掲げて鼓舞し、俺とリューゼがその拳に自分の拳をこつんと合わせる。最下位にEクラスが決定し、二人目の競技者へバトンタッチしていた。

 ん? 何かジャックがルシエールに耳打ちをしている……? 気づいたことでもあったのだろうか?


 「一位だぜ、ルシエール!」

 「がんばってー!」

 「見慣れた品もあるだろうし、落ち着いてな!」


 俺達の声援に小さく手を振って応えてくれるルシエール。緊張はしていないようなので、普段通り選んで欲しいと思う。


 [優勝候補のAクラス、ひとり目は四位と振るわなかったものの、まだ有利なのは変わりませんねぇ]

 [しかしここでD、Eクラスが一位を取れば戦闘競技で一位を取ってもAクラスには届かなくなる泥沼が待っていますね。策士な一面もありましたが、地力が違ったと言えるでしょう]

 [他のクラスも頑張っていますけど、今回は水を開けられましたねぇ]


 ベルナ先生は言及しないけど、俺達がこの一か月相当練習や訓練をしたことを知っている。他クラスがどんな練習をしてきたかわからないけど、授業に毛が生えた程度の練習量ではまず追いつかないと思う。


 「ラース君、ボーっとしてないで見ないと! ルシエールちゃんの番が始まったよー!」

 「あ、ああ!」


 ノーラに背中を叩かながら叱られ、俺はすぐにフィールドに目を向ける。するとルシエールは棚を数分、じっと見た後、行動を開始する。


 「これとこれ……あ、これもいいかも?」

 

 薄汚れた樫の杖に、青白い杯、赤い宝石がついたブレスレットと、分厚い本を手に取りかごに入れていく。


 「あの子迷いが無い!?」

 「くっ……あんなに持って行って一万ベリルでおさまるわけがない」

 

 あり得ないくらいかごに入れていき、棚のめぼしいものはほとんど回収したと思う。ナイフも剣も、燭台も鏡も……。俺達はその回収ぶりに目を丸くする。


 「だ、大丈夫……かな?」

 「適当なことをする子じゃないと思うけどお?」


 クーデリカが冷や汗を流すけど、ルシエールを信じて待つしかない。すると、急にルシエールは棚の前でじっと待つ。


 「どうしたんだ……?」

 「まだ何か持っていくつもり……?」


 他クラスが物色しながら訝しげな眼をルシエールに向ける。当のルシエールは涼しい顔で笑っており、肩を竦めて自分の作業に戻っていく。


 そして残り一分になったその時それは起きた!


 「えい!」

 「「「え!?」」」


 いきなりかごをひっくり返し、中を空にしだすルシエール。残り三十秒という時、かごには薄汚い杖と赤い宝石がついたブレスレットだけが残されていた。


 [終了です! かご、もしくは手に持った品物を持って鑑定に向かってくださいねぇ]


 ベルナ先生の合図でルシエールがにこにこしながら品物を渡す。二品のみだけど、ブレスレットは高級そうだし、樫の杖ももしかしたらいいものかもしれないね。


 そして結果――


 「一位、Aクラス、ルシエールちゃん! ……きゅ、9999ベリル……!」

 「やったぁ!」

 「マジか!?」


 驚いたのは俺達も同じで、一万ベリルギリギリを攻めていた。さらに、


 「二位、Eクラス、7240ベリル」

 「少なっ!?」


 そして三位のBクラスが6823ベリル、四位のCクラスが6759ベリル、最下位のDクラスにいたっては5963ベリルという惨憺たるものだった。


 「めぼしいものを回収して、じ、時間ギリギリまで何もしなかったのは俺達に取らせないため……!?」

 「ず、ずるいじゃない!」


 困惑する他クラスの子に、ルシエールはにっこりと微笑みながら首を傾げて口を開く。


 「え? そうかな? みんなでAクラスを妨害した方がよっぽどずるいと思うんだけど……? 私、商家の娘だし、暗記もしているから、だいたいの値段がわかるの。それにかごに入れたものを捨てちゃいけないとは言われてないよねぇ……?」

 「う……!?」


 うふふ、と笑うルシエールにその場にいた全員が呻き、何も言えなくなった。


 [ルシエールちゃんの言う通りですねぇ]

 [迷っている暇はなかったということですね。最後に捨てるなら妨害する意味もないですし、二重の意味で安全策と言えますね]


 ルシエールは褒めちぎられ、ジャックと共に満面の笑みで帰ってくる。


 「やったよー!」

 「ルシエールちゃん頭いいー!」

 「あれ、ジャック君が考えたんだよ」

 「へへ、本当は三位くらいを取ってギリギリ勝つつもりだったんだけど、すまねぇ。俺がミスしていると見せかけて楽勝だと思わせる作戦だったんだ」

 「あ、そういうことか! だからネミーゴを挑発したんだな」

 「そういうこと♪ まあ三位狙いだったのが四位になっちまったから残念だけど、油断はしてくれたよな。ルシエールのかご詰めは妨害の意味も込めての……嫌がらせだ!」

 「びっくりしたよ、でもみんなの驚く顔、面白かったー」


 ジャックは転んでもタダでは起きなかった、ということだ。ジャックらしいなと俺達は笑いふたりを労うのだった。

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