第百七話 他のクラスの子
「ダメよ」
「ええー、ほら、俺の腕こんなんだよ? いいじゃない」
「……ラース、ニーナの後をつける気でしょ?」
「う……」
早起きの兄さんすらまだ起きいない時間に、俺と母さんがリビングで問答を繰り広げていた。腕が痛いので学院を休む……というのは建前で、ニーナの後を追う予定だったのだがあっさり看破され俺は冷や汗をかく。
すると母さんは俺の肩に手を置いて静かに首を振りながら真面目な声色で言う。
「……昨日のニーナの浮かれっぷりを見た? もしかしたらこれが花を咲かせるかもしれないの。これであんたがつけていることがバレてお互い冷めてしまったらどうするの? 責任を取れるの?」
「ごくり……」
重い。
正直、ブラオが領主の間は兄さんのことやお母さんのことなどで心労は絶えなかっただろうし、解決した今はもう二十六歳。この世界の女性の結婚適齢期は二十~二十三なので、すでに行き遅れというやつなのだ。ベルナ先生でギリギリセーフで、ニーナは遊びに来たベルナ先生を恨めしそうに見ていたことを思い出す。
「……ごめん、俺が浅はかだったよ……」
興味はあったが仕方がないと俺は項垂れて椅子に座る。すると母さんがフッと笑い俺の頭を撫でた。
「分かればいいのよ。さ、デダイトを起こしてご飯にしましょうか。サージュと遊ぶだけなら休んでもいいけど」
「それだったらいいや、対抗戦の練習をしないといけないしね」
<え!?>
どうやら近くに居たらしく、それは酷いとさめざめしながら俺の手を甘噛みをするサージュ。彼を宥めながら、起きてきた兄さんと朝食をいただいていると、父さんがやってくる。
「おはよう父さん」
「まだ眠そうだね、また遅かったの?」
「……ああ、おはよう。ソリオが大口の取引を得たらしくてな、俺も立ち合いをお願いしたいと言われて相手のことを調べているんだ」
「胡散臭いの?」
「そういう訳じゃないけど、新規顧客で大口は慎重にならないと痛い目を見るからなあ」
そう言って野菜ジュースに口をつける父さんは頼りになりそうな顔をしていた。
「僕にとってもラースにとっても友達の家だから、気になるなあ。父さん、僕にできることがあったら言ってよ」
「ああ、そうするよ。対抗戦の応援にはちゃんと行くからな! ……ふあ……」
父さんは野菜ジュースだけを飲み干してまた部屋へと向かい、俺達は母さんや朝食担当のメイドに挨拶をして家を出た。
「もう少し休んで欲しいよね」
「うん。次の休みは父さんの手伝いをする?」
そんな話をしていると、ノーラが待ち合わせ場所で手を振りながら笑顔を見せていた。
「おはよーふたりともー! ……ってラース君、腕どうしたのー……」
「ああ、昨日ティグレ先生と戦って見事にやられたんだ」
「僕も昨日帰ったら、ラースが腕を吊るしていてびっくりしたよ。しばらく治らないみたい」
「そうなんだー……Aクラスのみんなでラース君を助けるようにしないといけないねー」
「はは、大丈夫だよ。それより、乗馬はどうだったんだ?」
ノーラは自分が、ではなくAクラスでと言った。あの日以来、不用意な接触と言動をしなくなったので、やはり意識しているようだ。
元々、天然で勘違いしていただけだから、賢いノーラはすぐに適応すると思っていたけどね。そんな考えをしている中、ノーラが話を続ける。
「楽しかったー! お馬さん、オラが撫でたらとても嬉しそうだったよー。途中サージュが来た時は驚いたけどねー」
「そう言えばニーナと行ってたっけ……」
兄さんが苦笑すると、ノーラは笑顔で言う。
「怒ったら戻ったけどねー! で、乗馬はCクラスの子が凄かったよー」
「へえ【動物愛護】をもっているノーラが凄いって言うんだ?」
俺が聞くと、ノーラはコクコクと頷いて言う。表情から嫌な相手ではないらしい。
「オラと一緒で女の子なんだけど、お馬さんを懐かせているんじゃなくて従えているっていうのかなー? デダイト君みたいな感じみたい」
「【カリスマ】みたいなやつかぁ。なら勝つための走り方とかしそうだね。練習している馬で出るんだろ?」
「そうそうー。仲良くならないとね!」
「ノーラなら勝てると思うけど、しっかり練習しような」
兄さんがノーラと手を繋いて微笑むと、ノーラは笑顔で頷いた。さらにノーラの話は続く。俺の見ていなかったグラウンドでの出来事も見ていたらしい。
「確かEクラスだと思うけど、魔法の練習が凄かったよ。ラース君以外だと、オラとヘレナちゃんくらいはあるかなあー。Bクラスは剣の練習をしていたかなー?」
各クラスも対抗戦に向けて頑張っているらしい。と、ここで気になっていたことを口にする俺。
「そういえば兄さんは何に出るの? 去年は戦闘競技ばっかりだったけど、どうなの?」
「僕は戦闘競技全部かな? 去年と同じだよ。たまにはパン食い競争みたいなのに出たいなあ」
そう、笑いながら答えてくれた。
クラス替えという概念が無いので、五年間同じクラスメイトと学ぶことになるため、この辺りは面白みがないと。
ただ、何年も同じクラスメイトなら結束力は高まるし、去年とは違う組み合わせもできるから裏の裏かそのまた裏を読む読み合いも面白いと俺は思った。
「あ! あの子、Bクラスの子だよ。ダガーを二本両手に持って男の子と戦ってたー」
「え、あの子が?」
「人は見かけによらないってことかな?」
ノーラが示す先には、三つ編み眼鏡で紫の髪をした女の子が学院の門をくぐるところだった。大人しそうな子だけど、ノーラが言うには凄く素早い動きをしていたそうである。
「よう、お揃いで! おはよう!」
俺達が三つ編みの子を見ていると、リューゼが声をかけてきた。
「おはようリューゼ」
「おはよー」
「なんか見てたのか? ……って、ありゃナルじゃないか」
「知ってるの?」
「おお、俺んちの隣の家だからな。まあ話したことは無いんだ、なんか俺を見る目がおっかなくて」
「おっかない?」
俺が聞き返すと、ぬっと何かが割り込んできた。
「……おっかなくありません! 人を見てこそこそ話さないでくれるかしら? Aクラスのラースにリューゼ君?」
割り込んできたのはリューゼがナルと呼んだ子だった。どうやら聞かれていたようで、眉間にしわを寄せてそんなことを言う。
「俺を知ってるんだ?」
「ええ、当然でしょう? ハズレスキルの【器用貧乏】を持ちながら、そこにいるリューゼ君のお父さんから領主の座を奪還し、学院長や国王様から一目置かれているくらいは有名よ? ドラゴンを連れているっていうのもね」
ゴソゴソ……
ん? 今カバンが動いたような……? それはともかく、意外と俺の名は知れ渡っているらしい。悪くない傾向だ。対抗戦で盤石なものにすれば、ハズレスキルなどと呼ばれなくなると思いたい。
そうな考えをしていると、リューゼが的外れな返答をする。
「俺は家が隣だからだな」
「べ、別にそれは関係ないわ! 逆にあなたはレアスキルの【魔法剣士】だから気になっているだけよ! ……それにマキナって子は【カイザーナックル】、でしょ? だから、戦闘競技について、各クラスは打倒Aが念頭にあるわ。せいぜい気を付けなさいよね」
「マジか? そりゃ気を付けないといけねぇな……教えてくれてありがとよ!」
「べ、別にあんたの為じゃないわ! 正々堂々と勝負したいからよ! じゃあね!」
慌てて去っていくナルに、リューゼは首を傾げて口を尖らせる。
「一緒に行けばいいのになあ」
「ねー」
まあ、今の時期、他クラスと仲良くやっているとクラスからなんか言われそうだし分からなくはないか。
だけど、ナルの話、練習も考えないと手の内をさらすのは得策ではないかな? そう思いながらクラスへと向かうのだった。
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