第八十七話 亡国の王
ベルナ、シーナ、グレースにヴェイグがルチェラの部屋へと集まる。部屋にはルチェラ付のメイドが二人おり、ベッドに寝かされたルチェラの様子を見てグレースが口を開く。
「お母さま!? わたくしたちが城を出るときは元気そうでしたのに一体なにがあったんですの?」
「お前達がベルナを追って出ていった原因について知らないか尋ねてみた。……私の不甲斐なさを指摘され怒られたよ」
「……お母さまがそんな風に感情を出すのは珍しいですね……」
「王妃がそんなことを……」
シーナとヴェイグが眉をひそめながらルチェラの顔を覗き込む。顔色が良くないわ、と呟いたところでフレデリックが本題に入る。
「……実はその話に続きがあってな。激昂して暴れた後、ルチェラが目を覚ました途端急に苦しみだしたのだ」
そして知らない男の声で国を亡ぼすと言ったこと、自分がルチェラに殺されそうになったことを告げると、ベルナが顎に手を当ててフレデリックへ尋ねる。
「……国王様、国を亡ぼすと言っていたんですねえ? 他になにか言っていませんでしたか?」
「そうだな……王族は皆殺しとか言っていたか。それと呻くような声で『こ、う、て、い……出ていけ』と……」
その言葉に、ベルナとシーナ、グレースの三人の目が大きく見開かれた。
「皇帝、皇帝と言っていたんですか!?」
「ま、まさか……」
「……多分、そのまさかですわ……」
ベルナの叫びに、フレデリックもハッとして頭を抱える。
「そ、そうだ、『皇帝』だ! どうして気づかなかったのだ……それなら辻褄が合う。この国を建てたのはキバライト帝国を倒したご先祖――」
「危ない!」
ドン! と、ヴェイグがフレデリックに体当たりをする。直後、起き上がったルチェラが手にしていたナイフがベルナとフレデリックの間で空を切った。
「チィ!」
「あなたは……!」
「おっと、お前から死んでくれるのか?」
騎士の国の姫だけあって即座に取り押さえようとしたグレース。だが、ルチェラの姿をした何かはすぐに標的を変え、ナイフを逆手に持つとグレースへ凶刃を向ける。
「グレース様! <アクアバレット>!」
「ハッ!」
バシュバシュ!
ルチェラはナイフをアクアバレットに向けて振るい、霧散させる。すぐにベッドから飛び降りてベルナ達に不敵な笑いを見せながら口を開いた。
「くく、なかなかやるじゃないか。まだ宿主の意識が残っているとは言え、俺の攻撃を犠牲なしに退けるとは。いい不意打ちだと思ったんだがなあ」
「姫と言えどナイフ一つで倒せると思わないことよぅ? さて、あなたはキバライト帝国の皇帝さんってことでいいかしらぁ」
「くっく……知っているなら話は早い、か。そう、キバライト帝国最後の皇帝、グリエール=キバライトだ。む、き、貴様……!?」
ルチェラの中にいる、グリエール皇帝が名乗りを上げるとその場にいた全員が息を飲む。やはりか、という確信と、どうやって助け出すことができるかという二つの意味合いを乗せて。
しかし、グリエール皇帝はベルナの顔を見ると、目を血走らせて怒号を飛ばす。
「お前はレイナ……! 私を罠に嵌め、帝国を亡ぼした元凶めが……のこのこと私の前に姿を現せたものだな!」
「あなた死んでいるんでしょう? 復讐するために王族を殺したいって言っていながらレイナさんがこの時代まで生き延びているって思うほうがおかしいんじゃないかしらぁ?」
「そんな言葉に騙されるとでも思っているのか? お前のスキルである【真言】でどれほど苦渋を舐めさせられたか……私がこうやって存在しているのだ、お前が偽物だという証拠もあるまい? 我が娘ながら腹立たしいものよ!」
ギリギリと歯ぎしりを立てながらベルナを睨むグリエール皇帝。ベルナは胸中で呟く。
「(皇帝の失脚はレイナ姫が関わっていたのねぇ。となると、テイガーさんを手引きして闇討ちをしたと見るべきかしら? ……それはともかく、王妃様を助けるにはどうすればいいか考えないと)」
霊を取り払うなら聖職者が必要で、今ここにそう言った聖職者の能力やスキルを持った人物は居らず、ベルナ達が戦ったところでルチェラにケガをさせるだけになる。体が傷つけばそこから抜け出せばいいのだから、不利な状況は変わらない。
「ふん? この女の体が傷つくのを恐れて臆したか? ならば、貴様らを片付けるとしようか! 巻き起これ嵐よ! <ストームエッジ>!!」
「伏せて!」
「きゃあああ!?」
グリエール皇帝を中心として、暴風が巻き起こる。パリィィィィンと部屋の窓ガラスが全て吹き飛び、メイドのふたりは壁に叩きつけられた。フレデリック達は身を屈めてなんとか踏ん張るも服が切り裂かれ、手や顔に細かい傷があちこちにできる。風が止んだと同時に、ヴェイグが飛び掛かっていった。
「私なら鎧がある、取り押さえてから王妃を助ける方法を考えさせてもらうぞ!」
「騎士団長か、こいつの記憶にしっかりあるぞ! ハッ! それ!」
「む、やるな……!」
「伊達に皇帝をやっていたわけではないからな。好き勝手に生きて命を狙われないわけがないだろうが。いい飯は食ったし、いい女も抱いた。レイナはメイドの女とやってできた子だったが、あいつが一番賢かった。そして、同時に狡猾さも持ち合わせていた……な!」
グリエール皇帝がスカートをナイフで切り裂き、蹴りを繰り出す。ヴェイグはその足を払って押し倒すように体当たりを仕掛けた。
「おおおおお!」
「うおおお!? ……なんてな? <ウィンド>!」
「くっ……!? 飛ばされる!?」
「<ウィンド>!」
ベルナが咄嗟にヴェイグが叩きつけられまいと魔法で緩和する。グレースとフレデリックも立ち上がり、抑え込もうと左右に展開する。
「……流石にタフだな、騎士ってのは。なら、俺のスキルを使わせてもらおうか……」
「……!?」
グリエール皇帝の目が、ルチェラの赤い色から紫に変化する。それと同時に、その場にいた全員の体が硬直して動けなくなった。にやりと口元を歪めながら、ベルナの下へとゆっくり歩き出す。
「動けまい。俺の【魔眼】は強力だろう? これが皇帝たる私のスキル。まあ、強力ゆえに一日に一度、時間は五分程度とそれほど長くはない。だが、私の目線に入った者は全て支配下に置かれるのだ」
「う……く……!」
「だから――」
ドチュ……
ベルナの腹にナイフを刺しながら笑う。
「こういうことも容易いのだ!」
「ひ、きょうな……こと、ねぇ……」
崩れ落ちるベルナが漏らすと、グリエール皇帝は激昂しながらベルナの首を掴まえて持ち上げて叫ぶ。
「減らず口を! しかし、胸がスッとしたな! ふは、ふはははは! レイナめ……我が恨みを思い知ったか……!」
瞬間、勢いよくドアが開かれ、現れたティグレが大声をあげた。
「ベルナァァァァ!」
「ティ……グ……」
「……! てめぇ……!」
ゆらりとティグレの体がブレた。次の瞬間、グリエール皇帝の前にティグレが姿を現し、拳を繰り出す。
「速い……!? その顔、貴様はテイガー!?」
拳をかわし、目が合うとそう言い放つ。ティグレは苛立たし気に言い返した。
「またそれか! ベルナを離しやがれ!」
「……違うのか? そういえば目つきが悪いが……しかし、因果なものだ、蘇ったところにレイナとテイガーがいるとは! 私に復讐の機会を神が与えてくださったのだ! いいのか? あまり動くとレイナが失血死してしまうぞ?」
「う……うう……」
ベルナの首を掴んだまま逃げ回るグリエール皇帝に、ティグレが舌打ちをして立ち止まる。
「くそ……!」
「それでいい。少し寿命が延びたぞ、良かったな? ……では、こいつを人質に、ことを成し遂げようか! ”ネクロマンシー”」
「なんだ……?」
大きく手を掲げて叫ぶグリエール皇帝。魔法が降り注ぐわけでもなく、部屋には何も起こらなかった。
「何も起きない、のか?」
「油断なさらぬよう、国王様。シーナ、グレース。私の後ろに」
ヴェイグがそう言って剣に手をかけた瞬間、
「きゃああああああ!?」
「いやあ!? ほ、骨が……!」
「ぞ、ゾンビ……!? た、助けて!?」
外で悲鳴が響き渡り、フレデリック達はぎょっとなる。その顔に満足したグリエール皇帝がベルナを担いで高らかに笑った。
「さあ、アンデッド共よ国を乗っ取った者たちに報復を!」
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