第八十三話 隙を突く
<ルツィアール城>
「ルチェラ! ルチェラはおらんか!」
娘たちがドラゴンの山へ向かってすぐに、国王フレデリックは城内を歩き妻である
「……どうしましたか、あなた」
「おお、ルチェラ。お前、シーナとグレースになにか吹き込んだのではあるまいな? ドラゴンの下へベルナを助けに行くと出ていった」
フレデリックがルチェラを廊下で捉まえて、そう尋ねる。するとルチェラは目を細めてから口を開く。口元にうっすらと笑みを浮かべて。
「……特にそういったことはありませんよ? 自分の娘をドラゴンの居る山へわざわざ向かわせるとお思いですか?」
「う、むう……」
「先に出たベルナが生贄になってくれるはずですわ。ベルナが死ねば、逃げかえってくるでしょうし、姫を与えたということでドラゴンも納得するのでは?」
「……それが狙いか。それほどまでにクラリーが憎いか……」
フレデリックがそう言うと、ルチェラはキッと目を吊り上げて詰め寄っていく。
「当然ではありませんか! 何かあった時のために子が必要だと言うのは理解しています。わたくしに女の子しかできなかったからとあなたの父、前国王が男の子産ませようとクラリーを妾にしましたわ。それは王族にはよくあることなので別にいいのですが――」
「ではなぜ……」
理解できないと眉を潜めるフレデリックに、ルチェラは突然、激昂し叫びだした。
「なぜ……? 妾であるクラリーにばかり構い、わたくしのことを蔑ろにしたあなたがそう言いますか! クラリーさえいなければと思ったことも、わたくしに魅力がなくなったのだろうということもあるでしょう。しかし正妻であるわたくしがどれほど惨めだったか!」
「……」
フレデリックが、そこまでルチェラを追い詰めていたとは知らず黙って話を聞く。すると――
「ベルナベルナベルナ……ああ、みんな……みんな居なくなってしまえばいいのに……!!」
「ルチェラ……!? どうしたのだ! 私は確かにクラリーに心を奪われたことはあった! それは認める。だが、お前を愛していないなどということは決してない!」
「嘘だ! わたくしが居なくなればどうせ……!」
「どうした! しっかりしろ!」
急に髪を振り乱してぶつぶつとうわ言のようになにかを呟くルチェラの様子がおかしいと、フレデリックが肩を押さえて叫ぶ。目はうつろで、とても正気ではないと判断し、暴れるルチェラを抱きかかえて人を呼ぶ。
「誰か! 医者を呼んでくれ!」
「どうなされ……おお、王妃様いったいどうなされました!? こ、国王様、まずはお部屋へ……」
「うむ、頼むぞ」
フレデリックはルチェラを部屋に連れ、ガクガクと痙攣する彼女をベッドへ寝かせると、スゥっと寝息を立て始める。
「……一体何があったのだ? 確かにルチェラは気が強いし、クレリーのことも本当だろう。しかしこのように取り乱す姿は見たことが無い」
しばらくすると医者がやってきてルチェラの診察をする。
「……だいぶ衰弱しておられますね。なにか心当たりは?」
「食事はきちんと一緒に食べているから栄養面では問題ないはずだがな」
「ふむ、では精神的なものかもしれませんな。気分が落ち着く薬を作ってきましょう」
「よろしく頼む」
医者が出ていくのを見送り、再びルチェラに視線を移す。すると、その瞬間、ルチェラがうっすら目を開けて口を開こうとしていた。
「あ、あなた……」
「おお、目が覚めたか。すまぬ、お前の気持ちを顧みなかった私をどうしたら許してくれるだろうか……」
フレデリックが手を取ってそういうと、ルチェラは目を合わせて顔をしかめる。フレデリックは恨み言を覚悟していたが、口から出た言葉は信じられないものだった。
「わ、わたくしの、体に何か良くないものが、います……! この国を亡ぼせと頭の中で声が! い、今も、う、うう……」
「なに!? それはどういうことだ!」
言っている意味が分からず、体をゆするフレデリック。しかしうめき声をあげるばかりで何も聞けず、やがてガクリと気絶してしまった。
「いったい何が? 悪霊でも憑りついたとでもいうのか?」
ぐったりしたルチェラの体を寝かしつけようとした瞬間――
ガシッ!
「うぬ!?」
目をつぶったままのルチェラの手が、フレデリックの首を絞め始めた。
「な、なんだ……!? ルチェラは気を失っているはずでは……」
「その通り。彼女は今、眠っている」
「!?」
だらりとした首がぐぐぐ……と持ち上がり、カッと目が開く。ルチェラの瞳の色は青だが、今、フレデリックを睨みつけている瞳の色は紫だった。
「ルチェラではないのか! 貴様、何者だ!」
フレデリックが声をあげると、明らかにルチェラではない、しわがれた男の声が室内に響く。
「くく、私はルチェラだよ? ……まあ、『今の』中身は違うがな? それより娘たちはどうだ? もうドラゴンに食われたか?」
「ぐぐ……どういう、ことだ……」
フレデリックが手を掴み、緩めながら問う。騎士の国の王であるフレデリックも決して弱くはない。だが、ルチェラとは思えぬ力で締め上げてくる手を外すことまではできなかった。
そして、ルチェラの姿をした何かは、愉快だとにやけながら返す。
「鈍い男だ。だから私が憑りついたことも気づかないし、この女の心の内もわからないのだろうな」
「……」
「まあ、いい。ここなら誰もいないし、国王のお前をさっさと殺してしまおうか」
「ぐうう……は、外れん、なんという力だ……こ、このままでは……!」
焦るフレデリックに、ルチェラの姿をした何かがにやりと笑う。しかし、次の瞬間、フレデリックから手を放してベッドから転げ落ち、激しく苦しみだした。
「う、おおおおお……! まだか……まだ意識が! くっ、この国は私のものだ! 王族は皆殺しにしてくれる! う……」
「げほ……ルチェラ!」
せき込みながら、フレデリックは糸が切れた人形のように崩れ落ちたルチェラを支えた。
「……う、うう……こ、う、て、い……出て、い、け……」
「なんだ? ルチェラしっかりしてくれ……」
フレデリックは手を握り、呻くようにつぶやく。体に憑りついた何かはいつから入り込んでいたのだろうか、もっと気にかけていればと、後悔が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
そこへ――
「国王様、お話がございます」
扉の向こうから大臣の声がかかり、顔をあげるフレデリック。調子を戻し、返事をする。
「どうした、私は看病で忙しい。後にできんか?」
「は、心中お察しします。ですが、レフレクシオン国からの使者が参られまして、謁見を申し出ておるのです」
「レフレクシオンだと? ……わかった。他国の使者を無下にするわけにもいかん。ルチェラに護衛をつけてくれ。暴れだすかもしれん」
「は、かしこまりました」
娘も出ていき、妻も倒れたこの忙しい時に、と胸中で毒づきながら、謁見の間へと向かうのだった。
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