第6話 不幸話
ルッカが今までの流れをパパさんに説明している間、オレは大人しく医者の診察を受けていた。分かってはいたが、折れた右手以外、特に外傷は無いようだった。診察を受けながらルッカファミリーの様子を盗み見る。とても仲睦まじげで、彼らを纏う空気さえも光り輝いて見える。いかにも絵本に出てきそうな清廉で幸せな家族。
つまりはオレが1番苦手な人たちだ。
診察を終えた医者が部屋から出ていった。パパさんは医者を見送ると、元の服に着替えたオレに話しかけてきた。
「ルッカが坊主…いや、シンを抱えてきたときはびっくりしたよ。目覚めて良かった」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「謝ることはない。困った人がいたら助ける。普通のことだ。舟が難破したんだって? どこかに向かう途中だったのか?」
オレは返答に困った。どこかに行く途中といえば途中だった。逝き先は――地獄。オレは小舟と身一つで大海原へ繰り出し、餓死するつもりだったのだ。ただ、不運にも嵐に巻き込まれ、不運にも浜辺に打ち上げられ、不運にもルッカに助けられ、計画は失敗に終わってしまった。
「まぁ。ちょっと先を急いでて。いろいろとご迷惑を掛けて本当にすみません。もう出ていきます」
そう言ってベッドから出ようとするオレを3人掛かりで止めに来る。
「急ぎの用ならボクが代わりに行ってくるよ」
「それがいい。ルッカに頼め」
「あなたはうちでゆっくり休んでなさい。遠慮なんてしないで」
見返りが欲しくて助けたのなら、引き止めたがる理由も分かる。だが、見るからにオレはみすぼらしい。助けたって一文にもなりやしない。だから、彼らはただの親切心でそう言っているのだ。呆れるほどお人好しな家族。もしもオレが強盗犯だったらどうするつもりなのだろう。
いや、オレは強盗犯よりたちが悪いかもしれない。
このお気楽な家族のそばにいるのがたまらなく嫌になった。一刻も早くここから消えてしまいたい。そんな焦燥感から思わず舌打ちする。
「もういい。正直に話す」
物理的にも精神的にも恵まれている人々に、心配そうに見つめられると、こうも惨めになるものか。ピアスを撫でて気を紛らわす。それでもやはり話し出すのは勇気がいった。弾みをつけた一呼吸目が部屋に妙に響いた。
「オレは呪われてるんだ。だからこれ以上関わらない方が良い。母はオレを生んですぐに死んだ。父親は分からない。だから、孤児院で育てられた。物心ついた頃にはもうおかしかった。とことん運に見放されてて。2択は必ず間違えるし、オレが育てるチューリップだけ咲かないし、洗濯物を干すと雨が降るし、オレのベッドの上だけ雨漏りするし、飼ってた鶏が当番の日に野犬に襲われるし…散々だった。院長からもみんなからも『呪われてる』って避けられてた」
オレの不幸話に幸せファミリーは動揺しているように見えた。ママさんはルッカに寄り添い何か耳打ちしていた。ルッカは神妙な面持ちで頷いている。きっと気味悪く思っているだろう。別に、それで構わない。
「その孤児院も戦争で焼けた。オレ以外全員焼けた。結局戦争には負けて孤児院どころか国ごと無くなった。リコリッド国…知らないか…。その後もいろいろあって…。まぁ、だからオレに関わるとろくなことにならない」
世界はハッピーラッキーランドのように豊かで平和な国ばかりではない。
2年程前のことだ。リコリッドの肥沃な土地欲しさに隣国ネリネが侵略を開始し、戦争が始まった。
オレは兵士に志願した。国から金が貰えるし、孤児院の皆を守れるし、一石二鳥だと思った。初めて誰かの役にたてる気がした。
だが、戦争はあっけなく終わる。リコリッド城がネリネ軍に包囲されるやいなや、国王は我が身惜しさにすぐさま降伏したのだ。
オレはお役ごめんとなり、人生の全てであった孤児院に戻ると、そこには火が放たれ、瓦礫の山と人だったものしか残っていなかった。
院長も、いじめっこのあいつも、いつもオレをかばってくれた空色の瞳の優しいあの子もみんな死んでしまった。
この戦争で焼かれた孤児院はここだけだったそうだ。生まれたときから呪われているオレが皆を守りたいなんて、身の程知らずの夢を持ってしまったからだろうか。
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