後日談4ー特別な存在(友人)


 私は仲のいい人間は誰かと問われれば、すみれは別枠として早瀬が真っ先に思い浮かぶ。

 出会ってからはまだ五年と少し程度だが、その五年を濃密に過ごしてきた。

 どんな人間かも知ってはいるし、知られてもいる。

 ある意味では恋人であるすみれ以上に心をみせられる相手。

 その早瀬の様子が最近少しおかしい気がする。

 どこがと問われると返答に窮してしまうけど、間違いではないはずだ。

 一見変わりなく見えるが、私が違和感を持つということはそういうことのはず。

 早瀬のことは誰よりも知っている。

 二年近く半同棲のような生活を送っていたし、すみれという恋人ができても「過去」を最もよく知るのは早瀬だ。

 交友の少ない私にとって、未来においてもかけがえのない親友だろう。


 だけど、早瀬を知っているなんて私の思い込みに過ぎなかったのかもしれない。


 ◆


 寝る前のひと時。

 基本的には一緒のタイミングでベッドに入ることにしていて、大体日付を回る少し前だ。

 それまでは各々好きなことをする。

 私は本を読むことが多く、喜ばしいことにすみれも少しずつ私に合わせるように本を読む時間が増えている。

 とはいえ、私を含めて毎日本を読むわけではなく

「へぇ、早瀬が、ね」

 この日はベッドの向き合うすみれの口から意外な話を聞いていた。

 早瀬に対する違和感は持ってはいるけど別に私から話を振ったわけではなく、仕事に関する雑談で意外なことを聞いたということ。

「そう、二人にも早瀬さんいますか? って訪ねてきたのに、忙しいからって断ってたから珍しいなって」

「ふぅん」

 これはただの雑談。

 早瀬を訪ねて女の人が来ることは珍しくない。あいつは自分の私物を渡して、会う機会を作ることもあるし、私も応対したことも何度もある。

 そんなときは残業をすることになろうとも基本的にそっちの対応を優先する早瀬だが。

(何かあるかもって思うのは私のバイアスがかかってるから、よね)

 実際珍しい出来事としても、手が離せない時はあるのだから気にすることじゃない。

「……まぁ、そういうこともあるんじゃない」

 発展性のない返事。別に話を打ち切りたいからではなく、この件でこれ以上は特別話すこともないと思ったから。

 ただ、違和感というものは一つ一つではそこまで気にならないとしても、複数重なれば意識せざるを得なくなるもので。

「……そうね」

 それは私だけに当てはまらないのだろう。


 ◆


 早瀬のことは頭の片隅にはあるものの、具体的な何かをしないまま日々は過ぎる。

 その間もちろん仕事は真面目にこなしていて、その業務の中である相手から話かけられた。

「あの……」

 カウンターの向こうから小柄な少女に声をかけられた。

(確か……)

 少女には見覚えがある、名前は覚えていないが早瀬が声をかけていた中学生。

 さすがに手を出しているのではなくて、学校にあんまりなじめていないこの子の話相手になっていたということを早瀬からは聞いている。

 その時には早瀬もたまにはまともなことをするものだと感心をしてのだが。

「何か御用でしょうか」

「え、と……早瀬さん、いらっしゃいますか?」

「早瀬ですか? 今日は休みをとっていますが」

「ぁ、そう、なんですね。体調が悪かったり……?」

「いえ、そういう話ではないですが、早瀬と何かお約束だったでしょうか」

「あ……」

 多分、だけど約束をしている。この子のことはよく知らないけど、あまり積極的なタイプには思えないしわざわざ話しかけてきたからには理由があるのだろうから。

「い、いえ。そういうわけじゃないです。失礼します」

 深々と頭を下げ、足早にさっていく少女。

「…………」

 私は過不足のない対応をしたつもりだし、悪いのは早瀬なのに少しの罪悪感。

 かといってあの少女に直接できることはなく、早瀬に連絡を取ることくらい。

 仕事中ということもあり、電話はできないけどメッセージは送っておくると、少しして約束の日を勘違いしてたという旨の連絡と、あの子には謝ったという返事は来たけれど。

(…勘違いね)

 誰にだってそういうこともあるし、それが事実で真実かもしれない。

 それでも少しずつ積み重なる違和感は私に行動を起こさせた。

 翌日の始業前、少しいいかと職員からも離れるように一階の奥の本棚の間へと連れ出す。

「ちょっと文葉何―、朝からこんなところに連れ出して。駄目だよ昔みたいになんて、文葉にはもう彼女さんがいるんだからさー」

「そういうのはいいから。単刀直入に聞くけど、あんた最近変じゃない?」

「変って何が? そりゃ昨日は悪かったって。言い訳しようもないよ」

「昨日のだけを問題にしてるわけじゃないわよ」

「昨日のだけってほかに何かあったー?」

「………」

 そこは具体的にはないのが難しいところ。すみれが言っていたような、女の人の誘いを避けたというのも話題の一つではあるが、決定的な何かにはならない。

(……武器がない)

 早瀬を問い詰める論証はできない。

(けど)

 心の中で少し悔しそうに続けた。

 早瀬の様子がおかしいというのは決定事項で、私は今手を差し伸べている。

 なのに早瀬はそれをかわそうとしてる。

「ほらほら仕事始まっちゃうよ。先戻ってんねー」

 差し伸べた手は、何かあるのなら力になってあげたいという心は宙ぶらりんのまま早瀬は私の前から離れていく。

「……早瀬」

 それが妙に悔しいような、悲しいような気持ちで私はその場に立ち尽くしていた。


 ◆


「ふぅん」

 寝る前のひと時、お風呂から出た私はベッドに腰掛け髪を乾かす間に、今朝の出来事を話すとすみれは含みを持たせたように鼻を鳴らす。

「それはどんな感想なの?」

「気になるっていうのと、心配っていうのと、文葉が私の前で他の女の話をしてばっかりなのが気に食わないって感想」

 手持ち無沙汰なのか私の隣で二人用枕を抱えるすみれは回答をくれるも、あまり私に寄り添った回答ではないようだ。

「それって割合聞いた方がいいの?」

「これからの文葉の態度次第で変わるから聞いても意味ないわ」

「…そ」

 自分が気になる時はこっちが隠したいことも話せって言ってくるくせに、私の口から早瀬のことが出たらこうなんだから難しいやつだ。

 もちろん、私への愛ゆえにというのはわかってるけど。

「で、文葉はどうしたいのよ」

「どうって……そりゃ、あいつが何か悩んでるなら力になってやりたいって思ってるわよ」

「ならそう言えばいいでしょ」

「言ったつもりんだけどね、私としては」

 言葉にしたわけじゃないが、私の気持ちは伝わったはずだ。

 その手を取らなかったのは早瀬のほう。

 差し伸べられた手を取るのにも勇気が必要というのはわかっていても。

「話してくれないとは思わなかったわね。正直」

 最愛の恋人はすみれだが、最も親しい友人は早瀬でそれは今後も揺るがないと思っている。

 それは早瀬だって同じはずで、話してくれないことがある……いや、ごまかされたことが思いのほかショックで。

「文葉にとってあの人はそんなに大切なの?」

 顔に感情が出ていたらしい。

「大切……まぁ、大切よ。同期は早瀬だけだし、先輩も後輩も結構離れてるからすみれと会うまではほとんど早瀬と一緒だったし」

 言ってからまずいと思う。

 先ほどのすみれの感想の割合を変えかねない言葉だ。

「……ふぅん」

 案の定かすみれは面白くなさそうな態度をみせて枕を握る手に力を込めた。

 子供がいじけてぬいぐるみを抱っこするようで可愛らしくもあるが、蛇足なので黙っておこう。

「…?」

 嫌味か憎まれ口でも言ってくるかと思ったのにすみれは黙ったままで、その隙に髪への作業を済ませ再びベッドへと戻ると。

「私、友達ってまともにいないけど友達ってそういうものなの?」

 枕から顔をのぞかせたすみれが尋ねてきた。

「あんたの前でいうのもどうかと思うけど、一人くらいはこいつのためなら大抵のことはしてあげるって友達はいるものでしょ」

「……………」

「面白くなさそうな顔してんじゃないの」

「してるけど、してないわ」

「どっちよ」

「頭ではわかっても感情が納得しないからしょうがないでしょ」

 まぁすみれの性格じゃそうもなるか。

 らしい反応だとほほえましく思いながらも、

(……結局は私で解決しなきゃいけないことなのよね)

 そう考えた私はすみれの思わぬ言葉を受ける。

「でも、そういう相手ならちゃんと力になってあげるべきじゃない」

(…へぇ)

 少し意外だった。嫉妬深いすみれのことだ、正面切ってそれを言ってくれるとは思わなかった。

「そうするわ」

 面白くないという気持ちも、力になれという気持ちもどちらも本物。

 嫉妬をしながらも、私の背中を押してくれようとするすみれがとても可愛らしく、いとおしいから「今」は早瀬のことよりも目の前のすみれを大切にしてあげたいと、私はすみれとの距離を詰めて、枕を取り上げた。

「ちょっと、何よ」

「早瀬のこと、もう少し頑張ってみるわ」

「それはそうすればいいけど、何なのよ」

 枕を取り上げたってことに対する問いでしょうね。

「相談に乗ってくれたお礼をしようかと思って」

「は?」

 と意味を解する前に

「んっ…」

 唇を奪った。

「んっ……ぁ、ぅ」

 数秒触れ合わせ、舌で唇をなでるとおずおずと開き、受け入れてくれたことを理解して舌を突き入れた。

「っ…ん、ちゅ……ふ、…ぁ、ん」

 激しくはなく、ねっとりとすみれの口の中を舐り

「っ、は…ぁ」

 数秒で開放すると準備できなかったすみれは息を荒くしていている。

「っ、あんたってこういうことしか考えてないの」

「そういうわけじゃないわ。でも、愛したくなったのよ。私のことを考えてくれるすみれがかわいくて、愛したくなった」

 首に腕を回し、眼前で告げる。

「だからそういう甘いことを言えばいいと思ってんでしょ」

 手の内はばれてきているようだけど、

「ならやめる?」

「……やめろとは言ってないわ」

「かわいいやつ」

「やっぱり、私のこと軽く見てるでしょ」

「そんなことないわ。あんたは最愛の恋人よ」

 口を開くたびに株が下がる気がして、私はそのまますみれの唇をふさいでいった。


 ◆


(ったく、すみれのやつ)

 翌日、だるさの残る体を引きずって出勤した私は心で悪態をつく。

 私とすみれは基本私がする方だけど、すみれがしてくれることもあって昨日は今日が仕事だってのに珍しくやり返されてしまった。

 すみれが頑張ってくれるのはかわいいしいいんだけど、痕が残ってる部分もあるし何より単純に寝入るのが遅くなり眠い。

 しかもすみれは午後からだというのがまた苦々しい。

 もっとも先に誘ったのは私だから文句をいっても始まらず、その愛に応えるためにも早瀬と話をしたい……のだが。

(こっちも中々上手くいかないのよね)

 昨日のように始業前に話そうとしても理由をつけて断れてた。

 それ以降も何度か話そうとはしたが、あからさまに避けられている。

 昼から出勤してきたすみれにはまだ何の成果もないのとあおられる始末だ。

 心と体が疲れながらも、仕事をさぼるわけにもいかず閉架図書の整理に来た私は。

「…と」

 思わぬ機会を得る。

 閉架図書は性質上、明度が低くまたスペースの関係上通り抜けできない場合も多い。

 つまりは

「…文葉」

 通路側からくれば先にいる相手の逃げ道をふさいだ状態になれるということだ。

(これは想定外の展開ね)

「偶然ね」

「そんなこといって、つけてきたんじゃないのー?」

「ほんとに偶然よ」

「そ、まいいや私は戻るから」

 当然道をふさぐ。

「つれないこと言わないで少しくらいサボりましょうよ。滅多に人が来ないんだし」

「私は文葉と違って真面目なんだけどなー」

 どの口がといいたいところだが、どこまで軽口をたたいていいのかはわからず、言葉を止める。

 すると、早瀬は私の顔を覗き込むようにした後、いたずらっぽく笑った。

「なら、『昔』みたいにサボってみる?」

 それがどういう意味なのか体で知っている私は一瞬ひるむが、そうして挑発をするほどに早瀬は私と話したくないということで、その意思が逆にかたくなにさせた。

「あんたが素直になってくれるならそれもいいかもね」

「うわ、ひど。彼女がいるくせに。言っちゃおうかなー」

「冗談はさておき、私の言いたいことは伝わってるんでしょ。そっちのことに何らかの反応を返してほしいものね」

 一転、言葉を強くし昨日よりも心に踏み込む。

(手を伸ばしたのよ、はっきりと)

 手を伸ばすことにも勇気が必要で、その手を取るのにはそれ以上の勇気が必要かもしれない。

 それでも他ならぬ私の言葉なのだ。私の手なのだ。

 ここで何も思わないような奴じゃないのは私が一番知っていて

「……っ」

 まっすぐな感情に早瀬はバツ悪そうに私の顔から眼をそらした。

 それがまずかった。

 視線を散らす早瀬に、いい兆候だと勝手なことを思う私は自分の身体の状態をきちんと把握してなくて

「…………それって」

 早瀬に『痕』を見られてしまう。

「それってさー、キスの痕?」

 首元を指して、一転にやつく早瀬。

「っ……」

 昨日痕を残されたということを意識してもどこかを完全には把握していなかった不覚。

 咄嗟に手で押さえたのは早瀬の疑念への回答にしかならなくて。

「ラブラブだねぇ」

「今はすみれのこと関係ないでしょ。話をそらさないで」

 矛先をそらす隙作ったのはこちらだが、ここで何の進展もなく早瀬を逃がすつもりはない。

 ……後から思えば、そもそもこの認識の違いが互いにとってもまずかったのだろうけど今の私は気づかない。

「文葉にしては食い下がるね」

 あくまで飄々とする早瀬に覚悟……そう覚悟を決める。

 恥ずかしくても、ここで早瀬を逃せば早瀬を信じられなくなってしまうから。

「食い下がるわよ。あんたは私の特別なんだから」

「だからさー、それ恋人がいるのに言っていいことじゃないでしょ」

「すみれがいても、あんたを特別って思うのは変わらないわよ。あんただってそうでしょ」

「…そりゃ、私の方こそ文葉は特別だけどさ」

 こちらを薄く見て早瀬はわずかに心をさらしてくれた。

 重い雰囲気と陰りのある表情、弱弱しいその姿は早瀬らしくない。

 私以外から見れば。

「あんたがそうなのと同じで私だってあんたに感謝してる。昔のことだけじゃなくてね」

「知ってるし、私も同じ」

「なら、話しなさいよ」

「……困ったねぇ」

 ひかない私に早瀬はどこか茶化したようにそれでいて、本当に言葉通り困ったようでもいて。

「いくらすみれがいても、あんたがいつも通りでいてくれないと私は…っ」

 言葉が止まる。

 早瀬が私の口元に指をあててきたから。

 人差し指を立てて、しぃっとやるように。

「それ、言わない方がいいんじゃないの?」

 自覚はある。

「すみれの前じゃ言わないわよ」

 恋人としての愛とは違うのはすみれだって理解してくれるだろうが、言われてあのすみれが妬かないわけはないから。

「そーいうことじゃないんだけどねー」

 微妙に会話が、気持ちが行き違っている。

 多少の違和感はあったのに私は気づいていない。

「じゃあ、どういうこと……よ…?」

 早瀬に目を、奪われた。

 早瀬は笑っていた。

 笑っていたのに、寂しそうで……悲しそうで、泣きそうで、消えてしまいそうで。

 でも、笑っていて。

「はぁ……ま、いっか」

 諦観を含んだそれは、私を硬直させるには十分な感情を持っていて。

「……ちゅ」

 固まる私に早瀬は口づけをした。

 口と口ではなく、すみれからの痕の上に。

「は…?」

 まずは衝撃。

 それから様々な理由が頭に浮かんで、その答えが自分の中で出る前に

「それじゃ」

 乾いた声が心に響いていた。


 ◆


 早瀬とはあのキス以来話すことはなく、今日はすみれよりも先に家へと帰った。

 すみれが帰ってくるまでに夕ご飯を用意しながら早瀬を思う。

「……考えたくないけど」

 『二人』にキスをされた所に指で触れる。

 痛みも熱もないはずなのに、やけに熱い気がする。

 でも同時に冷たくもあって。

「ほんと、考えたくないわよ」

 早瀬がキスをした理由。

 考えたくないし、答えも出したくない。

 それはすでに自分の中で方向性が見えているからこそで、答えは出ているようなものだ。

 でも自分の中ではっきりとした形を持ちたくない。

 いつかは向き合わないといけないというのをわかってはいてもだ。

「……すみれには、どうするべきかしらね」

 目の前の悩みから目をそらし、別の問題へと目を向ける。

 今日のことを話す必要はあるだろうか。

 隠すことは可能だろう。証拠があるわけではないし、早瀬が話すとは思えない。

 だが隠すことができるとしても、それが正しいことかといえば……私としてはノーと答える。

 私はこう見えてもそんなにまじめな人間じゃない。

 例えば仕事でミスをしたとしてもそれが隠せることで、のちに何か問題を残すようなものじゃなければ隠すような人間だ。

 今回も隠せること…だが。

「そういうわけにはいかないか」

 すみれが怒るのか悲しむのかはわからないが、すみれに対しては誠実でいたい。

 ただ、そこで問題なのはその影響だ。

 先ほどの悩みとはつながっていて、すみれに話せば確実に理由が問われる。

 真実は早瀬にしかわからないとしても、私の見解を告げる必要はあるし、それに早瀬との過去を隠すのもできないだろう。

「…………」

 調理の手を止めてキス痕に触れる私は、二人の顔を思い浮かべて……

「……そうよね」

 心の方向性を決めていた。


 ◆


 心の指針を定めた私はすみれを出迎えると一緒に夕食をとった。

 決めていたおかげもあってその時点では緊張を表には出さず、終わりに片づけたら話がある、と短く伝えた。

「それで話って?」

 食事の後、片付けまでを終えて寝室ですみれと向き合う。

 リビングの方でよかったかもしれないが、ただ話すというだけじゃなくて、話すことで起こる先を思えばここが、早瀬と多くを過ごしたこの部屋がいい。

「予想はついてるだろうけど、早瀬のこと」

「でしょうね。上手く話せたの?」

 早瀬のこと、というのは予想しても今日あったことを知るはずもないすみれはあっけらかんと言ってくる。

 その何も知らないが故の反応に心を挫きたくもなるがそういうわけにもいかない。

「……キスされたわ」

「……ふーん」

 私がキスされたときのように現実を受け入れられずに固まるかと思ったが、意外にもすみれは冷静だった。

「どこに?」

「え?」

「だからどこにされたのかって聞いてるのよ」

「あ……ここ、だけど」

 キス痕に指をあてると

「そ」

 短く告げるとすみれは私との距離を詰めて

「っ!」

 指をあてた場所にキスをした。

「ちゅ……っん、ちゅぅ…ぅ」

 いや、そんな生易しいものではなく唇を挟んで強く吸う。

「ちょ、っと……すみ、……れっ!?」

 さらに吸うだけにとどまらず歯を立てた。

「っ…ん、あ、む……っぅ」

 明確な痛み。口腔の暖かさと痛覚の熱さ。

 その愛の痛みを抵抗はせずに受け入れる。

「……っ、は……ぁ…っ。れろ」

 口を離すと最後に一舐めして私を開放した。

「…………」

 すみれの瞳が私を射抜く。

 怒っているのではない。悲しんでいるわけでもない。

 心が読めるわけじゃないが、感じた感情をあえて言葉にするのなら悔しさ、だろうか。

「…キスなんてされてんじゃないわよ」

 状況を知らずとも不意打ちや、動揺がなければ私がさせないとわかってくれた上でのそれはすみれからしたら負け惜しみに近いのかもしれない。

「…ごめん」

 言い訳は必要なく短く謝罪をする。

「あんまり驚いてないのね」

「驚いてるわよ。でも、もしかしたらくらいは思ってたから」

 …明確には口にしてないが早瀬の気持ちのことだろう。

「けど、さすがにもう何も知らないままじゃいられないわ」

 膝の上にあった手に手を重ねてくるすみれ。

「…話しなさいよ、昔のこと」

 瞳はわずかに潤み、表情は固さが宿っている。

 口調や表面上の態度ほど落ち着いてないのは伝わり、重ねられた手を握り返すと

「…えぇ」

 誰にも話すつもりのなかった過去を、一番話したくなかった相手へと告げていく。

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