まずはお友達から
森すみれと名乗った彼女。
彼女はいろんな意味で私の常識から外れた人間だった。
容姿、性格、家、価値観。
そして、告白まで。
告白を受けたときの私はもちろん彼女を好きだと言える状態じゃなかった。
ただ私がこれまで関わってきた人間とは違うということは明確に感じていた。
タイミング、というのもあったかもしれない。
私もその時【退屈】していて、変化を求めてもいたから。
だから私は彼女を受け入れ、彼女との時間を持つようになった。
そこで私は彼女が変わっているだけでないことを知っていく。
◆
「え?」
彼女の告白を受けた私はしばらくした後にそれだけを声にした。
(なんて、言われた?)
現実離れしたことが起き、頭の処理が追い付いていない。
口づけを受けたことも、告白をされたことも理解しきれないままただ、彼女の唇が触れた頬に熱を感じている。
「だから私と付き合えって言ったのよ」
半ば呆ける私に対し彼女は不敵に笑いながらもう一度はっきりした声で告白を告げる。
「付き合う……」
その意味を理解はしているのだと思う。でも、あまりにも唐突で自分のこととして受け入れられていない。
「そ。一緒に買い物に行ったり、映画に行ったり。お酒を飲んだりとか。あ、旅行にも行きたいわね。温泉がいいかしら」
私が混乱しているのを知ってか知らずか彼女は淡々と私との予定を述べる。
「……え、と……冗談、ですよね? 恋人になれって」
(陳腐なこと言ってるわ)
不思議なことに私は彼女からの告白をそんな風には思っていない。
反応に困り過ぎてそう言ってしまっただけだ。
だって私たちはまだ出会って数週間と経っていない。話した時間など数時間程度。好意を抱かれるようなことをした覚えもない。
そんな自分がなぜ愛の告白など受けているか。
(しかもこんなきれいな人に)
これで現実感を持てということの方に無理がある。
状況は冗談のようなのに、雰囲気は本気にしか思えないということが一層私を混乱させる。
「あら、キスまでされたのに冗談に思っているなんて心外ね」
「っ……せめて、理由を教えてください」
「好きに理由が必要かしら?」
「私は聞きたいです」
「ふぅん。なるほど。改めて言われると自分でも言葉にはしにくいけど、でも、そうね。さっき言ったことがほとんど全部よ」
「……私に興味を持ったということですか?」
「憧れと尊敬もね。生きるのがつまらないと思っていた私が他人をそんな風に思えるなんて考えてもみなかった」
「だから、恋人に……ですか」
さすがに飛躍しすぎているようにも感じる。
「私にはそれだけ十分なのよ。だって私は本当に退屈に生きて、退屈に死ぬと思っていたから」
「っ……!」
今のは何?
その言葉の背景に何があるのかを勘ぐってしまうようなそんな感情を見せないが故に激情を感じさえる何かに思わず私の心は彼女へと傾きを見せた。
「で、返事はどうなの?」
次の瞬間にはすみれさんは揺らいでいた感情を隠し、例の高圧的ながら嫌味を感じさせない声で私に回答を求めた。
(……………)
私はいまだ戸惑っているし、きちんと彼女のことを理解できてもいなければ思考が地に足をついていない気もしているけれど
(でも……恋人ということはともかくも)
放っておきたくないと思ったのだ。
だから私は
「とりあえず、友達からなら」
なんてまたも陳腐なセリフを吐いて彼女との付き合いを始めることにした。
◆
互いに思惑は異なりながらも友人となった私達。(彼女はあくまで付き合っていると主張しているけれど)
連絡先の交換をすると、彼女はすぐにデートがしたいと言ってきた。
まだ赤の他人レベルにしかお互いのことを知らないこともあって、ケータイ越しに話をするよりも直接会って話がしたいということらしく、デートというよりは遊びに行くといった意味で私は了承をしたのだけれど
(……なんで私はここにいるのかしらね)
デートの当日。
暦の上では初夏の日差しが眩しく温かいそんな昼下がり。
澄み切った青空の下私は彼女から指定された待ち合わせ場所を見つめていた。
三角屋根で赤レンガの建物。歴史は古く、当時流行った洋風の建築に影響されたことが丸わかりの建物。
私にとってこの街で最も馴染みの深い場所。
市立芦月図書館。
何故か彼女は私の職場を待ち合わせ場所としたのだ。
(買い物行くなら反対側なのに)
それほど大きくない街ではあるが、妙齢の女性が買い物をするようなショッピングモールくらいは郊外にありそもそもそこに行くという話になっていた。
(やっぱりあの人の考えてることはよくわからないな)
変わっているというより謎めいたと言った方がいいかもしれない。
「お待たせ」
私が彼女の意図に頭を悩ませているとその元凶になった相手が、建物の前の庭園からやってきた。
「ずいぶん早いけど、そんなに私とのデートが楽しみだった?」
すみれはであいも変わらず自分中心の考えを述べる。
「そういうわけはなく、出勤するような感覚でなんだか早めに来てしまったんですよ」
元々待ち合わせには早めに来る方だが、職場に向かうとなると性格が幸い(災い)してから余裕を持ってきてしまったのだ。
「なるほど。そういうものなの」
(ふぅん…)
なんとなく想像通りの答えだ。
「何? 何か言いたげだけど」
「え……あ、いえ、どうしてここで待ち合わせにしたのかなって思っていただけですよ …っ?」
回答は用意してなく私は咄嗟にもっともな質問をしたけれど、彼女は何故か一歩近づくと少し屈みながら上目遣いをしてきた。
「それ、気になるわね」
自分と同じ年頃の女性にされた仕草になぜか胸をドギマギとさせる。
「それって、なんですか?」
「だから、それよ。敬語。私たちは付き合ってるのよ? なのに敬語使われるなんて、まるで距離を置かれてるみたいだわ。貴女が仕事中ならともかく今はデートをしているんだから普通に話しなさいよ」
「えぇと……」
距離を置かれているという表現は的を射ている。
すべての人間にとってそうというわけではないだろうが敬語とは一種の壁。
そうやって接することである距離を保ち踏み込ませないためのものであることは私にとって否定はできない。
「……まぁいいわ。要は私が貴女にとってそういう存在になればいいんでしょう」
なんて答えるべきは迷う私だったが彼女は自己解決させ、何故この場所を待ち合わせにしたのかという問いに答えた。
「ここもデートのコースになっているからよ」
「え?」
「私貴女のことよく知らないわ。だから教えてもらおうと思って。それに私は文葉の仕事に対する姿勢にも興味はあるし、これからだってここに来ることは多いでしょうから教えてもらいたいのよ。いろいろとね」
(なるほど)
思いの外まともな理由が返ってきたことに驚きつつも私は得心する。少なくても彼女の立場から考えればまっとうな理由だ。
「納得したなら行くわよ。早く私を案内なさい」
理由はともかくもやはりわがままなお姫様のような態度で図書館へと入っていった。
彼女と共に綺麗な木目の床と本棚の森の中を歩きながら相手にこの図書館のことや、司書ならではの知識を披露していく。
「へぇ、本棚のこの百とか二百とかの番号ってちゃんと意味があるのね」
「はい。日本十進分類法と言って、頭の数字でどのジャンルかってわかるようになっているんですよ。図書館の本棚にある本一つ一つに分類番号があってそれに沿って並べてあるんです」
「今まではなんとなくそうなんだろうなとは思ってたけどそういうものだったのね」
「ちなみにそれを作ったの人も森という名前の方ですね」
「ふぅん。といっても私にはあまり興味のない話だけど」
「そう……ですよね」
図書館学を学んでいない人間相手に、私としては珍しく饒舌に話してしまったが彼女は退屈そうな横顔を見せ、やってしまったと落ち込む。
「文葉がそれで少しでも私に親近感みたいなものを抱いてくれるならありがたく受け取っておくわ。文葉が私に興味を持たせようと話をしてくれるというだけで嬉しいし」
そんな私に気を使ってか優しい言葉をかけられる。口説かれているような気分ではあるが、それ以上に私に気を使うということもできるんだと感心する。
その後も日焼けを避けるため本棚が窓辺にないことや、図書館でのイベントごと、表に出ることのない司書の仕事のことなど図書館に縁のない人間には耳にすることのない話をしていった。
「こうして聞くと司書の仕事って思ったよりあるのね。色んなこと知ってるし」
「そうですね。貸し出しをしているだけって思われることも多いですが、この前すみれ……さんに言われたようなレファレンスも仕事の一つです。あとは仕入れる本の選出や、図書館だよりを作って、図書館に来てもらえるようにすることとかもですね」
「なるほどなるほど。中々興味深い話ね」
「…………」
物事に興味をもてないと言っていた割には簡単にその言葉を出すなと内心思う私。
「文葉の話すことだから興味深いのよ」
(……顔には出していなかったつもりだけど)
見透かしたような笑顔をされると心を読まれたんじゃないかという気にさせられる。それも彼女の外見が人間離れしたような感覚をさせるのかもしれない。
ともかくも一通り図書館の中を回り、そろそろ本来の目的である買い物へと向かおうかと口にしようとした私だったが
「あれ、文葉?」
今はあまり会いたくない人間に声をかけられるのだった。
本棚の間から私を呼んだのは数少ない友人である早瀬雪乃。
この日彼女は勤務中で、いないはずの私を見かけ興味ありげに近づいてきた。
「今日休みでしょ。何やってるの?」
「あ、っと……」
デート中だなどとはいえるわけもなく私は目を泳がせながらなんと答えるべきかと思案していると。
「デートで図書館のことを案内してもらってたのよ」
空気を読まずに彼女がそれを答えてしまう。
「あれ? おねーさんどこかで……っていうかデート?」
「そう。デート。文葉とはお付き合いをさせてもらっているの」
「ひゃ!」
当然だと言わんばかりの様子で彼女は私の腰を抱き、細い手を感じながら強く引き寄せられてしまう。
(っ……ちょ、ちょっと)
引き寄せられたことで彼女の甘い香りと思いのほか柔らかな肢体を感じてつい心臓が逸る。
「えーと、よくわからないんだけど」
普段は飄々とし自分の好き勝手に生きている早瀬だが彼女の他者を相手にしないような雰囲気に戸惑った様子を見せる。
「あ、おねーさんが文葉に面白い本を探してって言ってた人か。そういえば友達になったって言ってたっけ」
私からある程度の顛末を聞いていた早瀬は断片的な情報からどうにか今の状況を飲み込む。
対して自分たちの関係を知っているということが彼女は意外なのか、値踏みするように早瀬のことを見つめた。
「貴女は文葉の何?」
どこかとげとげしさを感じるすみれの問い。
「何って、と……」
早瀬は言いかけたけれど、猫のような笑いを浮かべ私へと迫ってきた。
「文葉とはふかーい仲かなぁ。もう付き合って五年だし、一番の親友って言ってもいいんじゃないかなぁ」
最後に「ねぇ文葉」と同意を求めてくる。
「まぁ、ね」
彼女の前で言うのも気が引けたが、早瀬のいうことは本当だ。
「真の意味」を聞けば幻滅でもされかねないほどに。
「……ふぅん」
面白くなさそうなに鼻を鳴らす彼女。
「……ところで早瀬はこんなところで何をしているのよ」
これからデートに行く相手の機嫌をこれ以上損ねるわけにはいかないと早瀬を腕を使って離れさせてそれを問う。
「ん、待ち合わせ」
「こんなところで……あぁ」
「そういうこと。だから、悪いけど早めにここを離れてくれると嬉しいかな」
「ったく。ほどほどにしなさいよ」
相手は誰だかは知らないが、早瀬が【逢引き】をするところだと悟った私は半ば諦めながら窘め、すみれさんにそろそろ行きましょうかと誘う。
が
「私はまだこの人と話をしたいわ」
彼女も私から離れると早瀬へと一歩近づき高圧的な態度で対峙する。
「おねーさんがそう言ってくれるのは嬉しいし、私も話をしたいのは山々なんだけど今はちょっとねー」
対照的に早瀬はのれんに腕押しといった様子で自分より背の高い彼女を余裕のある表情で見返している。
(……相性悪い気がしていた)
彼女のことはまだよく知らないが、早瀬と出会えばこんなことになるような予感はしていた。
「何故?」
「それは後で文葉にでも説明してもらって。ほら、今は【デート】中なんでしょ。私なんかに構ってるよりも二人の時間を楽しんだ方がいいんじゃないかな。でも、そうだね、私と話したいならデートの帰りでいいから、文葉、あおいちゃんのとこ来てよ。今日行くつもりだからさ。あ、朝帰りするつもりなら無理にはいわないけど」
「あおい……?」
「えぇと、私達の友人です。近くのバーに勤めていて」
「ふぅん……まぁいいわ。ならそうさせてもらうから」
「楽しみにしてますよ、綺麗なおねーさん」
(はぁ……)
ひとまずはなんとかなったことに胸をなでおろす私だけど、夜のことを考えると再び気の重くなるような約束をさせられることに心の中でため息をつく私だった。
◆
彼女と向かったのはバスで三十分ほどの郊外のアウトレットモール。
この街はしがない地方都市ではあるけれどそこに行けば服から小物、電化製品まで大抵のものはそろうようになっている。
あまり外に出ない私ですら馴染みの店も多い場所。
「そういえば、こんなところだったわね」
しかしバス停から少し歩きモールの入口に来た彼女は入口の背の高いゲートと、そこから見える所種々多様な店舗群を一瞥していった。
左右に並ぶそれを物珍しそうに眺める姿には違和感を持たせる。
「あまり来ないんですか?」
「そうね、こういうところで買い物ってほとんどしないから」
(ふぅん)
まぁ、多くの店が集中しているのが利点なのであって買いものは他でもできるか。
「というわけでここも案内をよろしくね。もっとも特に買いたいものがあるわけじゃないから基本的には文葉の行きたいところに行ってくれていいわ」
「何か買い物があるからここに来たいっていったんじゃないんですか?」
デートの提案をされたときに確かそういわれたのを記憶している。二人で出かけようと誘われて、見たいものがあるからとここに来ることになったはずだ。
「鈍いわね。私は買い物に来たかったんじゃなくて文葉、貴女とデートがしたかったのよ。見たいものがあるなんてデートのための方便に決まっているじゃない」
「なるほど」
少し呆れるもののどこか納得してしまう自分もいる。この人であればこの程度のことは言いそうだ。
(にしても、とりあえず機嫌直してくれたみたいね)
図書館から出るときには明らかに不機嫌で、バスの中でも早瀬との関係について迫られた。
親友ということは認めたが、もちろん恋人などではなく職場の同期だと伝え一応は納得してくれたようだったけどバスの中ではそれ以降ほとんど会話もなく心配していたから少しは安心だ。
「と言っても、私も特に見たいものがあるわけではないんですが」
物欲はそれほどある方ではない。一か月ほど前に早瀬と来ていることもあって用があるかと言われれば、ないと答えるしかないのが現状だ。
「そうなの? それは困ったわね」
彼女は口元に手をやり何か考えるような仕草をする。
ドラマで刑事とか探偵がするようなポーズ。一般人がすると逆に抜けているようにも見えるが、彼女がすると絵になってしまう。
(……なんだか自分が浅い人間みたいね)
彼女の外見や仕草にいちいち反応して情けない限りだ。
などと勝手に自己嫌悪に陥っていると彼女は何かを思いついたのかそうだと声を上げる。
「服を見に行きたいわ。案内しなさいな」
この人の割には定番の提案だなと思いながら言われた通り彼女を目的の店に連れていくことにした。
◆
私は彼女を綺麗だとは思っていても外見に惹かれて友人になったわけではない。それでも突出していることは認めており彼女がどんな視点で服を買うのかや、単純に様々なスタイルが見たいとは思い内心気にしてはいたのだけど。
「文葉、持ってきたわ。次はこれになさいな」
試着室の中にいる私はカーテン越しに彼女の声を聞いてなぜこんなことになっているのかと思う。
彼女は自分の服を見るのだと思い込んでいたが、彼女は店に着くなり私の服を選びだした。
買うつもりはないと告げても彼女はそんなことはいいから自分の選んだ服を着ろとすでに何着か着回しをさせられている。
(着せ替え人形にさせられてる気分)
鏡に映る半裸姿に複雑な気分でいると
「文葉、まだなの?」
そんな声と共にシャ、っとカーテンが引かれる。
つまりは
「っ! ……覗かないでください」
着替えをしようとしている下着姿を見られたということだ。
取り乱した姿を見せるのが面白くはなく声は必要以上には抑えたと思うけれど
「何慌ててるのよ。ん、あぁなるほど、私を意識してくれるってことね。それは光栄だわ。文葉は私を恋人として意識してくれてないって思っていたから」
「っ、誰相手だってこんなところ見られれば恥ずかしいですよ」
「照れなくてもいいのに」
「……照れていません。いいから閉めて」
「はいはい。とりあえずこれ置いておくわ」
相変わらず飄々と私の言うことに耳を貸さずに彼女は持ってきた服と私が脱いでおいた服を交換しカーテンを閉めた。
(……はぁ)
これまで早瀬のことを自己中心的な人間だと思ってきたけど、彼女は度を越している。早瀬の場合は言い方は妙だけれど考えた上で自分の都合を優先させている気がするが、彼女は常識よりもとにかく自分が第一のように思える。
(それが嫌味っぽくならないのは才能かもしれないけど)
「そういえば、文葉って意外に可愛い下着つけるのね」
「っ! ……ふぅ」
再び困った人だと思いながら私は彼女の持ってきた服を着ることにする。
「またこういう感じのものなのね」
まずはどんなものかと広げてみてそんな感想を漏らす。
この服で三着目だけれど、彼女が薦めてくる服は落ち着いた洋装が多い。
トップスは縦のラインの入った白のセーターにベージュ色のストール。ボトムスは下半身をすっぽりと覆う黒のフレアスカート。
あまり人に服を選んでもらうなんていうことはないから新鮮と言えば新鮮なのだけれど、どのみち買うつもりはない。
つまりはほんとうに着せ替え人形をさせられているに過ぎない。
嫌だというわけではないけれど少女であればともかくこの歳になって他人にそうされるのはあまり愉快ではない。
そんなことを考えながら彼女の持ってきた服に袖を通す。
こちらへと戻ってきていた彼女は私の着替えが終わったことを察し今度は「開けるわよ」と確認を取ってからカーテンを開いた。
「へぇ」
瞬間に、感心したような声。
「なるほど、ね」
黒曜石の様な瞳を細め、彼女は私の全身をチェックするかのように上へ下へと視線を移動させる。
先ほどまでにはなかった動き。
(気に入った、ということかしら?)
値踏みするような視線とどこか満足気な表情で彼女は私を見つめる。
彼女の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だ。美しさの中にどこか陰があることが多いが、今はそれも感じられず私を一心に見つめている。
照れてしまいそうなむずかゆさを感じていると彼女は納得したようにうんと頷いて予想外の一言を言う。
「これにしなさいな。タグとかとってもらえばそのまま着ていけるのよね」
「ちょ、っと、私は買うなんて」
「支払いは私がするから気にしなくていいわ」
「そんなことされる理由は」
「付き合っている相手に服を贈るくらいおかしなことでもないでしょう」
「それは、」
本当の恋人同士であればそれほどおかしくはないかもしれないけれど。
でも、彼女がどう今の関係を思っていても私にはそんな理由はなく反論の声を上げようとしたところで彼女にそれを遮られる。
「なら、こういっておきましょうか。文葉の為じゃなくて、私が文葉に私の選んだ格好をさせたいのよ。私が自分のためにしていることなんだから、文葉は気にすることないの」
「………」
それはなんともずるい言い方だ。
気にすることないということはともかく、言い争いをしても無駄だと思わせる彼女の態度。
「もっとも、文葉が着てきた服は私が預かっているのだから文葉に拒否権はないのだけど。その可愛い下着姿で帰るつもりなら別だけれどね」
「……わかりました」
良くも悪くも容赦のない彼女の意志にひとまずは折れることにする。
(何かお返しはしないとまずいでしょうけど)
それすら含めて彼女の策略かもしれないと勘繰りながらもひとまずは彼女の好意を受けるのことにした。
彼女から初めて贈られたプレゼントを身につけ、私達は次の予定を話し合いながらモールの中をふらつく。
ドラマや漫画のように誰もがというわけではないけれど、やはり彼女と歩くのは視線を感じるなと思いながらふと彼女を見ると
「? 何か?」
彼女が何やか嬉しそうにしていることに理由を問いかける。
「似合っているなと思っているだけよ。もともとの素材がいいけど、そういう服だと余計に映えるわね。周りの人が見てくるのもわかるわ」
「この視線は貴女に注がれているんだと思いますけど」
「何言ってるの? 文葉に決まってるじゃない。こんなに綺麗なんだから」
(この人に言われたのじゃなければ素直に喜べそうだけど)
明らかに絶世の美女という逆に陳腐な言葉すら似あう人に言われても、額面通りに受け取るなんてできない。
「…私なんて綺麗なんかじゃないですよ」
あまり外見に対して関心を持たない私ですら、彼女の姿に嫉妬に近いものを感じてついそう言ってしまうが。
「綺麗よ」
「っ」
はっきりと、鋭く空気を割くようなワイヤーのようにピンと張った声が耳に響く。
強い視線が私を射抜き、心を揺らす。
「文葉は誰よりも綺麗よ。少なくても私にとってはそうだわ」
「っ………―――」
まっすぐで他に解釈をしようのない強い言葉。そこに含まれている行為に私は
(なに……照れているの)
嬉しくも面映ゆい感情が心の中に湧き立ち、私はつい彼女から顔を背けた。
少女ならともかく大人であればわざわざ照れるようなこともない社交辞令だというのに。
「文葉?」
(この人は、わざとやっているのか)
彼女相手に照れてしまったというのに、彼女は理由がわからなさそうに首をかしげながら顔を覗き込んでくる。
「……なんでもありませんよ」
彼女に合わせて動揺するもの面白くはなくなんとか彼女から目を背け私は歩き出していった。
◆
その後彼女とはいくつかの店を回ったけれど、それほど会話は弾まなかった。
まだ私たちはお互いをあまり知らないという以上に、彼女は本当にものごとに興味がないようで、本屋でどんな本や雑誌を読むのかということはもちろん、音楽も聞かないと言えば、映画や旅行の話も私が行きたいなら行くなんて風にはぐらかすだけ。
私に自分の好みの格好をさせはしたけれどファッションにも同様で、一体どんな人生を送ってきたのかと思ってしまうほどだった。
(とはいえ、聞いていいものなのか悩むけど)
私は時間つぶしと休憩に入った喫茶店で紅茶に口をつけながら一人そう思う。
今彼女は花を摘みに行っており、彼女との一日を振り返る私は手帳に彼女のことをメモしていく。
彼女は私に興味があるという言葉は嘘ではなく、私のことは確かに聞いてくるが自分のことはあまり話そうとしない。
恋人だというのなら、自分のことを伝えるということも大切なはずだけれど彼女はそれをせずに私のことばかりだ。
それは自分を含めて興味がないからということかもしれないけれど彼女に対する違和感をもつところでもある。
それに私にすぐ物を贈ろうとするところも気になった。服は最初ということとお返しをするということを決めたので受けれいたけれど、それ以外にも私が興味ありそうに何かを見ているとすぐにプレゼントすると言い出すのはおかしい。
気持ちが離れているのを物質的な贈り物で埋めようとしているということかもしれないけれど、それはまともな人間関係を気づくための手段には思えない。
今日一日彼女といて多少は知ることが出来たとは思うけれど、むしろ謎は深まったと言えるかもしれない。
「文葉、ただいま……っ」
「すみれさん、おかえりなさ……?」
席へと戻ってきた彼女に出迎えの言葉を発しようとしていた私だけれど、対面に座った彼女が目を見開いて私を見ていることに首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「それ、どうしたの?」
「それ? あぁ癖みたいなもので、日記というわけじゃないけれどその日のことを簡単にメモするんですよ」
「そうじゃなくて、それ」
と彼女は私の顔を指さした。
「眼鏡、ですか?」
「そう、さっきまでしてなかったでしょ」
「えぇ、普段生活するのには困っていないんですけど物を書いたりとか細かい作業をするときにはかけるようにしているんです。それがどうかしました?」
何もおかしいところはないと思うけれど。また変なことでも言いだすのかなと目を細めて身構えていると
「すっごく似合っているわ」
まっすぐな褒め言葉が飛んできた。
「っ……それは……ありがとうございます」
「そんなに似合っているのになんで普段からしないのよ。もったいないわ」
「もったいないって……」
「もったいないわよ。今だって本当は今日一日文葉のその姿が見られてたはずなのにって思うと残念でならないわ」
「それは……」
なんと答えればいいのか。
「そうだ、これからはずっとそうしなさいよ。そっちのほうが文葉の魅力を引き出してくれるから」
「私の魅力を引き出しても何かあるわけではないと思いますが」
「少なくても私は嬉しいわ。好きな人の綺麗な姿は見たいと思うものでしょう」
「…………」
今日何度言われたかわからない綺麗という言葉。
この人から言われるのは嫌味にも思えなくはないけれど、自分が心の底から綺麗だと思っている相手に容姿を褒められるのは満更ではなく
「……とりあえず、今日はかけたままにしておきますよ」
と自分でも不思議思いながらそんなことを言ってしまうのだった。
◆
昼間の図書館の案内からモールへ買い物に行って、服を買いお店を見て回り、喫茶店でお茶をして今日予定していた【デート】はひとまず終わる。
本来ならここでお別れの予定だったけれど、一つ気になるイベント。
もしかしたら忘れているかとも少し期待はしたけれど彼女は早瀬との約束をしっかりと覚えていてあおいちゃんのお店に連れていけと私に訴え、気は進まないものの断れる理由はなく彼女を連れていくことにした。
「あれ? 文葉恰好変わってるけどどうしたの。それに眼鏡までしてさ」
バーに入り、私達がよく使う奥の席に向かうとすでに早瀬がいて開口一番にそれを指摘してくる。
「私が文葉にプレゼントしてあげたの。文葉にはこういう方が似合うから。眼鏡も私がかけた方がいいって言ったのよ」
四人席のテーブルで私の隣に座る彼女はそれをどこか誇らしげに語る。
それも彼女特有のわがままというか身勝手にも思えるけれど、一対一で言われるのならともかく他者に伝えている姿は浅慮でどこか子供っぽくも感じられた。
「へぇ、いいじゃない。似合ってるよ、文葉」
早瀬はそんな彼女を気に留めることもなく私にそう述べる。
「一応ありがとうって言っておくわ」
「一応って何。こっちは本音だっていうのに」
「あんたは誰にでもそんなこと言うから軽く感じるのよ」
「ひっどいねぇ」
「そう思うのならまずは自分の行動を見直しなさいな」
テンポよく会話をしていく私と早瀬。それはいつものように二人でここに来た時であれば、なんてことのないやり取りなのだけれど。
今はそうしてはまずい理由が隣にあって
「ねぇ、文葉。注文したいんだけど」
彼女は唇を尖らせながらそういうと私達の会話に割り込み中断させる。
「そうですね。とりあえず何か飲み物と食べ物でも頼みましょうか」
「じゃ、あおいちゃん呼ぼうか。今日はちょっと忙しそうだけど、とりあえず挨拶だけでもね」
早瀬はそういうと席を立ってあおいちゃんを呼びに行く。
「本当に仲がいいのね」
残された私はメニューを眺めていると彼女の感情のこもった声が私へと問いかけられた。「昼間も言いましたけど、親友というのは本当ですからね」
ふぅんと彼女は軽く鼻を鳴らす。面白くないという感情が表に出ているのがわかり。それが少し意外だった。
確かに感情的な人間のようには思っていたけれどここまでだとは思っていなかったから。
その発言に何を答えればいいかわからなくなり少しの沈黙が流れる中早瀬があおいちゃんを連れて戻ってくる。
「こんばんは、文葉さん」
「えぇ、こんばんは。あおいちゃん」
「あ、そちらの方がえぇと、森すみれさんでしたっけ、文葉さんに聞いてた通り本当に綺麗な方なんですね」
「文葉に聞いてた?」
「えぇ、面白い本を探してって文葉さんにお願いしていたんですよね。それで友達になってって聞いています」
「貴女も文葉から聞いてるの」
「……? えぇ。そう、ですけど」
今の会話に彼女を不機嫌にさせるものがあったとは思わないけれど彼女は昼間に早瀬と話をした時のように厳しい雰囲気であおいちゃんへと接し、それに困惑をする。
「すみれさんは印象的だったので二人には話しているんですよ」
私が横からなだめるようにいうと彼女は「そう」と小さく頷き、黙ってしまう。
その理由がわからず困惑するあおいちゃんに、私と早瀬でとりあえず一通りの注文を行い、ゆっくりしていってくださいと残して去っていく。
その後も彼女は何やら思うところがあるようで口を開くことなく、少しするとあおいちゃんが注文した品を運んできて乾杯となる。
適度にアルコールで喉を湿らせると、少し気持ちも落ち着いたのか彼女が口を開く。
「文葉って結構仲のいい人多いのね」
「そういうわけでは……今日すみれさんがあった早瀬とあおいちゃんがたまたま話す相手だったというだけです」
「そうそう。文葉ってば友達いない方だよ。むしろ私からしたら文葉が新しく友達作ってる方が驚きなくらい」
「余計なこと言わないで」
別に友人が少ないことをそれほど気にしているわけではないけれど、面と向かって言われれば多少は思うところもある。
私が日々を退屈に感じる一因かもしれないとは考えているから。
「……そう。まぁ、友人が多ければいいっていうものじゃないわよね。だいたい文葉には私がいるんだから問題ないわ」
「あはは、愛されてるねぇ文葉」
「……そう、ね」
実際彼女が私をどう考えているのかはよくわからないところだ。本人は恋人というし、頬とはいえキスはされているけれど、普通の恋人とは異なる意味である気がする。
あえて積極的にそのことを聞いては来なかったけれど、早瀬ならうまく聞き出すかしら。
それとも、彼女の方が私と話す時のように一方的に話すのか。
そんなことを考えていた私だけど、テーブルは私が予想したのとは異なる空気になっていった。
最初こそは彼女が早瀬に私との関係やなれそめなどを話していったが
「あ、文葉に聞いてる」
「それ私も手伝ったんだよねー」
「知ってる、文葉が言ってた」
などと彼女の話すことに対してそんな風にあっさりとあしらい、彼女は不機嫌になるかとも思ったが
「…………そう」
落ち込んでいった。
借りてきた猫、というと言いすぎかもしれないが少なくても昼間早瀬と話をした時や私と買い物をしていたときの気勢はなく口数が少なくなりアルコールをあおることが多くなっていった。
「おねーさんは休みとか何やってるの?」
「……別に、何もしていないわ。文葉に聞いているんでしょう」
「あー、そ、っか。趣味とかないって話だっけ」
早瀬も昼間の様子から彼女がこうなってしまったのが意外なのかいつもの軽口もうまく機能せず珍しく距離感に戸惑っているようだ。
(らしくない姿ね)
私は彼女の姿にそれを思わずにはいられない。
彼女は私と接してきたとき常に高圧的で、自分が場を支配しているということを自覚しているところがあった。
しかし今の彼女はまるで親戚の家に連れてこられた少女のようだ。
(私がどうにかしなきゃいけないところでしょうけれど)
いわゆる友人を別の友人に引き合わせているという難しい立場であるから、場に対する責任はあることは自覚するものの早瀬のことであればともかく、私が彼女について知っていることは少なく対処の手段も思いつかないでいる。
と、そこにその流れを変える人物がやってきた。
「よければご一緒していいですか」
「あれ、あおいちゃんお店の方は大丈夫なの」
「えぇ。さっき団体さんが帰ったので」
「そう、なら……」
あおいちゃんがテーブルに来たことに私はわずかな安堵を覚える。
職業上彼女も早瀬ととは異なる方向に人と話すのが得意だ。特に話を聞き出すことはより向いている。
その柔和な雰囲気と暖かな笑顔に必要以上のことを話してしまうことも少なくない。
特に私はあまり話術に長けてはいないこともあり、それを期待しようとしたが
「……私は帰るわ」
「え?」
彼女はグラスに残っていたカクテルを一口に飲み干すと荷物をまとめて立ち上がり、会計だと財布から数万円を出しあおいちゃんへと手渡す。
「え、あの……」
そして彼女以外の三人が呆けている間に「それじゃ」と言い残すと足早に店の出口へと向かいそのまま店を出ていく。
「……………」
残された私たちは一瞬顔を見合わせはするけれど、
「行ってくるわ」
それほど動揺はすることなく私は彼女を追いかけていった。
◆
すぐに追いかけたこともあってお店からほとんど離れることなく彼女を捕まえる。
「すみれさん」
歩くとしっぽのようになびく髪を見せる背中に声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
「……何よ」
「何と言われても、あんな風に出ていかれたら追いかけますよ」
「私がどうしようと私の勝手でしょ。文葉には関係ないことじゃない」
「【恋人】の私が関係ないってことですか」
「…………」
私がそういうのが意外なのか彼女は押し黙り、少しは私の話を聞いてくれるのだという空気を見せる。
その隙を逃さず彼女を近くの公園に連れていく。
ブランコやジャングルジム、すべり台に砂場と必要なものが一通り揃いながらも、誰もいない簡素な公園の中申し訳程度にある木々の間に設置されたベンチへと座る。
(私は彼女を勘違いしていたのかもしれないな)
今の彼女は初めて会ったときや私に恋人になれと言ったときの様な内面からにじみ出ていた強さを感じることはなく、まるで少女のようだ。
どちらが本当の姿かとはわからないが、少なくてもあの強い彼女だけが彼女の全てではないのだろう。
「まずは私から謝ります」
「?」
「今日ここに連れてきたのは軽率でした」
「来たいって言ったのは私よ。なんで文葉がそんなことを気にするの」
「それは……まぁ、そうね。今のは私から引いて見せればすみれさんも話した方がいいかなと思えるための雰囲気作りですよ」
「意外ね、そういうこというんだ。でもそれを口にしたら意味ないんじゃない?」
「意図を説明した方がいい場合もありますよ」
特に貴女の場合は。と心の中だけで付け加える。
「それで、自分が話したから私も話せってわけ。意外に性格悪いのね」
「否定はしませんよ」
私の砕けた態度に彼女は気を許したのかいいわと口を開く。
「貴女に仲のいい人間がいるって思わされるのが面白くなかったのよ」
心のどこかでは想定していた回答だが、予想はしていても意外にも思う。
確かに私たちは付き合っているということになってはいる。
関係性を単語だけで表すのであれば、恋人の私に自分よりも仲のいい相手がいればそれは嫉妬もするだろう。
しかし、私と彼女はまだ出会って一か月と経っていない。
お互いに、お互いよりも大切な相手も仲の良い相手もいて当然のはずだ。
「まぁ、わかってはいたのだけどね。それに恋人って言ったところで文葉が本当にそう思ってないのは知ってるし、私の好きな格好をさせたり服をプレゼントしたところでそれだけで文葉が私を特別に想ってくれるわけないのは当たり前のことだわ」
(だから、あんなことを……?)
必要以上に物を贈ろうとしてきたのはおかしいとは思っていたけれど、そこにあった理由が言葉は悪いけれど思いのほか陳腐だった。
私が自分のものだという独占力の現れと、物を贈ることで関心を買おうする行為。
(傍若無人な人だって思っていたけれど)
それは私の勘違いだったらしい。(そういう面はあるだろうけど)
未成熟な少女のような嫉妬に彼女の人間味を強く感じ、これまであまり得ていなかった親近感と庇護欲に私は薄く笑った。
「何よ、その顔は」
目ざとくそのことに気づくすみれに私は
「なんでもないわよ。すみれ」
友人と接するように彼女に声をかけた。
「え?」
「何よその顔は、敬語をやめろって言ったのはすみれの方よ」
「理由がわからないって言ってるのよ。昼間私がやめろって言ったときには無視したくせに」
「そうね……」
人間らしいところもあると知ったら親近感が湧いたというと、はじめに妖怪扱いしてしまっていたこともあってなんだか憚られる。
私はそんな風に一瞬躊躇したあと
「そういえばすみれは年下なんだなって思っただけよ」
「なにそれ。っていうか貴女の方が上なの? そもそもなんでそんなこと知ってるのよ」
「本を貸す時に図書館のカードを作ったでしょ、その時に身分証見せてもらったじゃない」
「……いいの? そういうのって」
厳密にはよくないでしょうねと軽く笑う。
すみれと話している時にはこれまでなかった余裕があることを自覚する。
「すみれ、一つ言っておくわ」
「何よ」
「私に友達がいないっていうのは本当よ。あんまり人といるのは好きじゃないし、休日にこんな風に出かけるのなんてせいぜい早瀬とたまにどこかいくくらい。あおいちゃんとでかけたこともないわ。だから本当は困っていたのよ、今日どうなるんだろうって。というか、実際昼間はあんまり楽しくはなかったわ」
「っ、はっきり言ってくれるわね」
「親近感の現れって思って欲しいわね。あぁ、それはともかく今は来てよかったって思っているわよ」
「なんで?」
「すみれが意外に普通だって知れたから」
「っ」
そんなことを言われるのとは思っていなかったのかすみれはばつの悪そうに顔を背けたけれど、それもやはり普通なように思えて面白い。
「私はすみれのことを今までどこか別世界の人間ように思っていた。告白されても、あまり現実感はなかったし、なんていえばいいのか、正直つかみかねていたのよね。すみれのことを」
「っ……」
すみれは急に余裕を持った私の態度に戸惑っているようで有効な反論は出てこず、私の
「でも、今日一日すみれといてすみれのことを……そうね、貴女の言葉を借りるのなら興味が湧いたのよ」
「……何よそれ。私なんかの何に興味が湧いたっていうの」
私に言われっぱなしだったというのが気に食わなかったのかすみれは少しだけ普段のようにそう強気で返す。
「色々、よ。例えば子供っぽい嫉妬をするところとか、ものを送って心理的な距離を縮めようとするあまり褒められたところじゃないところとか、眼鏡姿が好きなところとか。意外にもろいところがあるところとかね」
「なによそれ。わけがわからないわ」
「わからないなら、それでいいわ。それはこれからわかっていけばいいことなんだから」
私は彼女との距離を詰めると、彼女へと手を伸ばし、
「だからね、すみれ」
頬に手を添え
「私の友達になって」
と月明りの下で二人の新たな関係を始めるのだった。
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