#038 嵐の季節③

「様子はどうだ? 情報では、訓練も兼ねて多くの兵士が駐留しているそうだが……」

「問題ない。確かに見張りの数は多いが、決められたルートを巡回しているだけ。パターンさえ把握してしまえば、幾らでも付け入る隙は生まれる」


 深夜の森に、人の影が蠢く。視線の先には木製の壁と、それを見張る櫓。巡回する兵士は妙に多いが、あまり練度の高さは感じられない。


「つまり、"待て"ってことね。ボロいシノギだと思ったが……流石にすんなりとはいかないな」

「それでも報酬としては上手い部類だ。むしろ上手すぎて怪しい臭いもするがな」

「何言ってんだ。村に火を放つのが怪しくないわけないだろ? 問題なのは仕事が楽かじゃねぇ。いかに安全に報酬を受け取るか、だ」

「踏み倒されちゃ、たまったもんじゃないからな」


 夜の森は想像以上に煩い。川のせせらぎに、虫の声。木の葉の1つ1つも声を遮る道具となる。この者たちは、その事を熟知していた。





「いや~、会いたかったよアルフ君。弟が世話になっているようで、まずはお礼を言わせてくれ」

「あ、はい。コチラこそ、弟さんには幾度となく助けられて……。……」


 翌日、俺はイームにあるホープス商会を訪れていた。そして、目の前のラフな姿の男の名は"タッド"。アバナの下の兄にしてイーム近郊を仕切る重役。言ってしまえば、ホープスの次期商会長候補の1人だ。


「アバナの事は、オヤジ共々気にかけていたんだ。アイツは生まれも遅かったから、ホープスの役員の席を分けてやれなかった。でもさ、俺はそれでよかったと思っているんだ。アイツは俺と違って商才がある。だから俺みたいにオヤジの用意した椅子に甘んじるんじゃなくて……。……」


 つらつらと語られる家庭の内情。弟の友人とは言え、訪ねてきた商談相手に身内話で盛り上がってしまうのは問題だが……オーラから見ても、タッドさんの人柄は悪くないようだ。


「それで、そろそろ本題に入ってもいいですか?」

「あぁ、すまない。つい夢中になってしまって。俺の悪い癖だ」


 盛大に笑い飛ばすタッドさん。本人も言っている通り、この人は商人向きの性格ではない。しかし、ホープスの重役ともなれば商才以外にも様々な能力が求められる。適材適所と言うべきか。彼は、商人の仲介や、事務員などのケアに適性がある。未来のホープスを背負えるかは置いておいて、中間管理職としては申し分のない性格だ。


「まず、現在ホープスで取り扱っているアジシオについてなのですが……」

「あぁ、メグミの事だね。アレを作ったのはキミなんだって? いや~、驚いたよ。凄いものを作ったね~」


 口ぶりからして、裏事情は全て知っている様子。加えて、商人特有の秘密を含んだ言い回しもないので助かるばかりだ。


「それで、恵シリーズをアジシオに加工して販売している経緯について、お伺いしても良いでしょうか?」

「あぁ、アレは取引先と話し合った結果でね。メグミは確かに素晴らしい調味料だが、万能調味料としては塩気が足らない。在庫の塩を効率よく消費する為にも、塩を追加して販売する事にしたんだよ」


 勝手に商品を魔改造して販売されていた事実に思う所が無いといえば嘘になるが、契約書には加工に関する項目は設けていなかったし、この世界の社会通念的にも何ら問題は無い。俺やアバナは、恵シリーズを"ブランド商品"として『名前を前面に押し出す形で販売する』つもりだったが……世間的には"ただの調味料"であり、地域のニーズに合わせて調整するのは仲買の自由だ。むしろ、名前を変えて販売しているだけ『配慮している』と言えるだろう。あくまで、この世界の常識的には、だが。


 加えて、恵シリーズは調味料として中途半端である事も事実なのだ。純粋な"うま味調味料"では無いので塩はそこそこ加えてある。かと言って塩が不要になるほど入っているかと言われれば、そうでもない。下味や仕上げの調整用に、わざと控え目にしているのだ。


 その点、アジシオは最後に適量加えるだけで、旨味も塩味も1発で決まる。その分、お店の個性は出しにくくなるが、実際のところ、冒険者や屋台の料理がそこまで拘って作られる事は無い。嵩増しの問題も、既存の契約を破棄せず、お互いがバランスよく儲かる選択肢を選んだと言えよう。


「なるほど、事情は理解できました。それでは、コチラの置かれている状況も説明させてもらいます。……。……」


 相手が腹を割って話してくれたのなら、コチラも同じやり方でいかせてもらう。現在アバナが、仕入れを絞っている状況や、ホープスに頼らない独自の販売ルートを開拓しようとしている推測を伝えた。


「なるほどな。アイツの悪い癖だ。商人として優秀なあまり、利益のために"人の信頼"を軽視してしまう」


 儲かるからと言って、その都度取引相手を切り捨てていれば"信頼"は生まれない。いきなり現れた恵シリーズを『塩に替わる商品』としてそのまま販売してしまえば、塩の需要は突然減り、その損失を元売り業者のみに押し付けてしまう。アバナなら、間違いなくそうしただろうが、タッドさんは落としどころとして『塩を引き続き買い続け、恵シリーズに混ぜて販売する』事にした。もちろん、塩の買い取り量は減ったと思われるが、それでも買い取り量の変化は穏やかになり、塩で生計を立てていた人が首を吊らずに済む。


「それで、コチラも損失の穴埋めも兼ねて、ホープス商会に商談を持ってまいりました。聞いて、貰えますか?」

「もちろん。あ~でも、コレでもホープスの片輪を背負っているんだ。契約するかは、内容次第になってしまうけど、いいかな?」

「もちろん、タッドさんには、贔屓目無しで契約を判断してもらいたいと思います。現在取り扱っている恵シリーズですが……。……」


 俺が提案した商談の内容は、

①、ホープスと新規の販売契約を結び、専用に調合した粉末ダシと塩を個別に販売する。


②、恵シリーズは現状を維持する形でアバナ商会専売商品にする。


③、塩や粉末ダシを生産するのに必要な魔道具の販売。


 当初の予定では、アバナ商会との契約は切り捨てて、直接ホープスに恵シリーズを販売するつもりだった。しかしタッドさんは、予想以上にアバナを気にかけている事から、アバナに配慮して恵シリーズの契約は残す形にした。代わりに、塩は別売り(余る可能性が高い)になり、粉末ダシも再調整するハメになったが……それよりも俺は、タッドさんとの信頼関係の方に"価値"を見出した。


 ぶっちゃけ、アバナなんてもうどうでもいい。義理と保険程度の関係を維持する方向でいく。


「しかし、いいのかい? 魔道具そのものを売ってしまえば、君たちの独占状態が崩壊してしまうぞ」

「問題ありません。確かに"独占"は分かりやすく確実に稼ぐ手段です。しかし、現実はそれほど"狭く"ない。ちっぽけな利益を守るために、大きな利益をフイにするのは愚かなことです」

「もう少し、詳しくその理由を聞いてもいいかな?」

「そうですね……。例えば、材料調達や魔道具のトラブルから生産ラインが一時休止してしまう事は、よくある事です。ですが、生産拠点や仕入れ先が分散していれば、完全に生産がストップするリスクを減らせますし、何より生産量が向上します。また、生産拠点を分散配置できれば、大陸全土に向けて販売する事だって可能になります。もちろん、技術流出の対策は必須です。ですが最悪、技術をライバル業者に盗まれたっていいじゃないですか? どうせいつかはマネされるんです。それなら、"独占"に囚われて防衛に利益をつぎ込むより、新しい技術を研究して、更に先に進んでやればイイ。まぁ、あまり商人的な考え方でないのは確かですけどね」

「なるほどな。その意見には賛同するが……キミは魔術士としても稀有な人物なようだ」

「そうですか? 一応補足しておくと、魔術知識は一切公開する気は無いですよ」

「ハハッ! やはりキミは食えないね~。これはまだまだ隠し持っているものがありそうだ」

「さぁ、どうでしょうね」


 こうして、今回タッドさんと契約した商品は……、

・食塩生成機:漁村などに販売する目的で2千万の生成機を5つ。合計1億。

・狼骨ダシ生成機:まずは運用試験をおこなうために7千万の生成機を2つで、1億4千万。

・設置施設の改装費:生成機の設置と基本技術指導費、5千万。


 これだけで約3億となる。もちろん、ホープスの資金力でもいきなり払える額面ではないが、食塩生成機に関しては普通にホープスの商品であり、沿岸の村や街では非常に有用な商品だ。特に塩は、購入費用の回収が容易なため、追加注文がはいる可能性は高い。そのあたり、値崩れ問題を加味して最終売価をいくらに設定するか次第だろう。


 問題はダシ生成施設の方で、ホープスが上手くこれを扱えるのか? 誰が施設を管理するのか? あるいは設備をマニュアル化して販売するのか? など、不透明な部分もあるが……直近の問題としては"調整の手間"だろう。その点で言えば、アバナは有用性を理解しているので、借金してでも俺の言う通りのものを用意しただろう。つまるところ、話が早いわけだ。しかし、タッドさんは保守的なので、嵩増しの問題同様に八方美人で中途半端になる可能性は否定しきれない。必然的に時間もかかるので、短期的な利益をこれ以上望むのは無理だろう。それこそ、試験に1年以上費やされても何ら不思議はない。


「よし、証書はこんなところかな。悪いね、流石に額が額だから即金で渡せなくて」

「いえ、普通は有ってもお土産感覚で渡すものではないかと」

「そうかい? まぁ、でもむしろ、ちょうどよかったのかな」

「はい?」

「どうやらキミは、領主のミウラーに狙われているようだ。村ともどもね」

「それはまぁ……」


 知っている。嫌と言うほど。


「そう言う事だから、道中は気を付けたまえ。我々"も"護衛費用がかさんで仕方ないよ」

「ご忠告、感謝します」


 欠けていたパズルのピースを見つけた気分だ。




 こうして問題の原因を解明し、ドルイドへと帰る……前に1つ、野暮用が出来てしまった。

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