#034 それぞれの表と裏③

「なんだこの報告は! ドルイドが、ここまで発展しているとは聞いておらんぞ!!」


 薄暗い部屋に、肥え太った屋敷の主の声が響く。床には、ドルイドの発展と……村長がいかに優秀で、有益な存在であるかを長々と語った書簡が散乱している。


「どうやら新区画の開発は、既存の村人にすら語られていなかったようです」

「まったく! 偽の村長と言い、小賢しいヤツだ。愚劣な田舎者の分際で、このミウラー様を謀るとは!!」


 屋敷の主の"おつむの出来"はさて置き、書簡は途中から、村長をひたすらに褒め、果ては村長と領主を比較検証した内容……つまるところ"ダメ出し"が綴られていた。書簡が、床に散乱したのは、その検証に差し掛かってすぐであった。


「ですが、ご安心ください。稼ぎの主力である冒険者に向けた事業は、順調に妨害出来ています。現在、村の冒険者ギルドは稼ぎの見込めない初心者冒険者の育成機関となっております。ドルイドの森には収入につながる強力な魔物も出現しないので……1年で稼げる額は、どれだけ多く見積もっても1千万が限度でしょう」

「報告では、軍の新兵の教育にも使われているとあるが?」

「学園のツテでの誘致だと思われますが、ツテと言うものは有限です。村長が頭を下げればある程度の融資は得られるでしょうが……既にこれまで少なくない融資を受け、その資金と技術者をもって新区画が完成したと思われます」

「では、アレはどうやって10億を用立てるつもりなのだ? たかだか1千万では話にならんだろう!?」

「現在ある情報では憶測の域を出ませんが……」

「かまわん、続けろ」

「村長の狙いは、"成功例"を作る事……なのでは無いでしょうか?」

「…………」

「新たな町並みの規格化、あるいわ冒険者の育成、経済活動もあるかもしれません。そう言った成果と引き換えに、国に10億の融資を受ける策……なのではないでしょうか?」


 国は現在、経済面で大きな問題を抱えている。その理由は『戦争で消費した資源と、増えた領土の管理』だ。戦争は15年前の出来事であり、当初の予定では経済は早々に上向くはずであった。しかし、戦争で減った労働力(平民の男性)と増えた貴族(戦争功労者)そして何より『王都から離れた広大な土地の管理』は、予想を遥かに超える厄介な代物であった。


 国土が広がれば、情報伝達速度と制度の問題が顕著になる。それは、植民地化した土地から届けられる資源にも言える事で……天災や人災が原因で度々起こる、人材や資源の消失。あるいは、お国柄横行している仲介業者の過剰な"中抜き"。そう言った損失により充分な利益が得られず、無理をして投資した資金が無駄になっているのが現状なのだ。


「なるほど、辺境を開拓する技術。それを担保に、国から10億をひきだす策か……。それなら、稼ぐ"額面"よりも"内容"が重要視されるな」

「あくまで推測ですが……その可能性は高いかと」


 内容を重視しているなら、新兵の指導に騎士が同行している理由にも説明がつく。考えれば考えるほど『これ以外ありえない』と思えてしまう。


「そうなると経済的な妨害は、あまり意味がないな……」

「それでは、兵に直接的な破壊工作を指示しますか?」

「それは待て、捨て駒でも派手に動かせば"御家検おいえあらため"の対象になる」


 領主がドルイドを潰しにかかっている事は、国としてもある程度把握している。しかしそれでも、領主に直接的な処罰が無いのは、自身の領地内の運営であり、ギリギリではあるが領主としての特権があるためだ。だが、度を越せば……特に誤って国の兵士や騎士に手を出してしまえば、厳しい"取り調べ"は免れない。


「それでは、潜入させている冒険者見習いに指示を出すのはいかがでしょう? 所詮は、スラム出身の無法者です。問題を起こしたところで、何とでもなるかと」

「……よし。その者たちを動かせ。しかし! くれぐれも兵士や騎士には手を出さぬよう厳しく言い聞かせろ」

「畏まりました。全ては、ミウラー様の御心のままに」


 こうして指導を受ける冒険者見習いに、領主から指示が下された。





「くぅ~~。大分、温かくなったな」

「まだ水は冷たいけどね。でも、雪が無くなるのは助かるわ」


 見習い冒険者が、今日も森に入り、クエストをこなしていく。


「お、あったあった。本当にこの森は、食べられるものが多いよな。(ルードで)食い物に困る毎日を過ごしていたのが、嘘みたいだ」

「仮にルードにあったとしても、"こんなもの"雑草だと思って見過ごしていただろうけどな」

「つか、食えると分かっていても、ちょっと抵抗あるけどな。苦いし……」

「ばっか! その、苦みがイイんじゃねぇか。さっとテンプラにして、塩だけで……。やべ、想像したらヨダレが」


 こんなものとは、ドルイドの森で収穫できる山菜の数々だ。


 山菜に限った話ではないが、ドルイドの森の管理者は、森のどこに何が自生しているか、あるいは『どうすると何が多く収穫できるか』を全て把握している。


「これってやっぱり、雪が降る前に食えない草を刈っておいたおかげだよな?」

「そうみたいね。ルードだって近くに森はあるんだから、同じことをやっていれば……私たち、食べるのにあそこまで、苦労しなかったのかな?」

「どうだろ? そんなに単純な話じゃ、無いんじゃないか??」

「だろうな」


 少年たちが、せっせと山菜を収穫していく。当初は『こんなものは冒険者の仕事じゃない!』と否定的だった。今では、その意味と恩恵を知り、意欲的にクエストをこなすようになった。


「そう言えば、シェフが新しく出した"メグミ"は、もう試したか?」

「あぁ、あの、赤い奴だろ? ちょっと酸っぱいけど、食欲を掻き立てられて……ヤバいよな!」

「私はちょっと苦手かな? やっぱり、私は黄色派!」


 少年たちが語るメグミとは、新区に出回っている調味料の事だ。正確には『○○の恵』と名付けられた複合調味料で……塩をベースに、キノコの恵ならキノコの旨味を凝縮した粉末が加えられている。そしてこの恵シリーズは、随時新たな味が考案され、販売されている。


 少年たちは普段、屋台を利用しているのだが……持っていれば好みに合わせて微調整が出来るほか、冒険者の訓練で料理をする時などにも使えるので、いつしかそれぞれが好みの"メグミ"を携帯するようになった。


「よし! こんなもんだろ。その辺の小さいのは、また今度収穫しよう」

「そうね、若い時の方が柔らかくてクセも少ないけど……やっぱり、もう少し育ってからじゃないと、勿体ないものね」

「そう言えば……」

「「??」」

「例の"爺さん"の話、どうする?」


 その場の空気が瞬く間に陰る。その理由はもちろん、話の内容が『後ろ暗い内容』だからだ。


「あぁ~、完全に忘れてたな。ぶっちゃけ、どうでもいいや」

「つっても、なんか脅しみたいな事言ってたし、無視する訳にもいかんだろ?」

「そこだよな……。それさえなければ、あんな胡散臭い爺さん、相手にしないんだが」


 少年たちは、ルード時代に散々犯罪を重ねてきた。それ自体は生活に必要な事であり、今さら隠すつもりは無いのだが……依頼主は、仕事に従わなかった場合『過去の犯罪を公にし、冒険者として活動できなくする』などとほのめかしていた。もちろん、提示された報酬の支払いも問題ではあるが、いくら金額を提示したところで不審者の口約束は信用に値しない。


 それよりも重要なのが、今後、正式な冒険者になり、ドルイドを出た後の生活だ。短絡的に目先の利益を優先するチンピラのような生活を送ってきた少年たちだが……ドルイドの生活でソレがダメな事を理解し、将来について考える余裕が出来た。そうなると、"信用"が重視される冒険者稼業で、移住した先々で過去を明らかにされるのは死活問題となる。しかし、だからと言って犯罪を重ねてドルイドを追い出されては、昔の生活に逆戻り。つまるところ、どちらに転んでも結果が同じになってしまうのだ。


「もう、あの爺さん、殺しちゃう?」

「「…………」」

「いや、なんか言ってよ」

「最悪の場合は、それも手だな」

「「…………」」


 一同が無言で頷く。いくら生活が改善し、気持ちに余裕が出来ても……持って生まれた"在り方"はそうそう変わらない。




 こうして少年たちは依頼を先送りにして、依頼者の動向を見る事にした。

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