#030 閉ざされた開村③

「くっそっ、なんで俺が草むしりなんてしなくちゃいけないんだ!?」

「しかも山の中で、だからな。クエストポイント(CP)が無ければとっくに止めている」


 ドルイドの森の山中で、見習い冒険者が雑草を刈る。


「むしろ、他に仕事が無くて、仕方なくって感じよね」

「魔物は居ない。薬草も採取禁止。それじゃあ冒険者に割り当てるクエストが無くなるのは当然。むしろ、何で冒険者ギルドなんて建てたんだ?」


 彼らは、ギルドで発行されるクエストを受け、その達成ポイント、CPを集める形で冒険者としての経験を積み、正式な冒険者を目指していた。彼らからしてみれば、気を使わなくていい分(薬草採取より)草刈りの方が楽であり、『CPが貰えるなら何でもいい』と言うのが本音だ。しかし、それとは別に、人として無意味な作業に従事するのは少なからずストレスを感じてしまう。


「お~ぃ、やってるか~」

「「うっす! お疲れさまです、教官!!」」

「あぁ、おつかれ……」


 そこへ現れたのは、アルフの師匠であり、先日彼らをボッコボコに叩きのめした鬼教官、ザナックだ。


「えっと、草刈は、こんなもので……」

「あぁ、まぁ、いいんじゃないか? とりあえず、差し入れを持ってきてやったから、少し休憩にしよう」

「「あっざぁ~っす!!」」


 基本的に、何に対しても反抗的な彼らだが、ザナックに対しては従順だ。それは、一目瞭然の実力もそうだが、飴と鞭。こうしてマメにフォローしていく気遣いも、慕われる理由となっている。


「ところで教官」

「ん?」

「ぶっちゃけた話、この村って大丈夫なんすか?」

「そうそう、草刈りしかクエストが無いって、実際ヤバくないですか?」


 彼らは領主に買われ『村の経営を妨害するため』に新区にやってきた。それはあくまで金銭的な取引であり、領主や村には何の思い入れもない。しかし、こうして関わっている以上『今後、村がどうなるのか?』気になるのは当然の反応だ。


「お前たち、座学はサボっているだろ?」

「「うっ」」

「その辺は、改善案だな」


 初心者冒険者の育成プログラムは、必須科目を軸にした単位取得せいだ。これは冒険者の仕事が多彩で、個々の特性に合った専門分野の知識を伸ばしていく事が求められるからなのだが……"学"のない彼らにとって座学は、睡魔との熾烈な戦いの場であり、受講率は極めて低い。中には必須科目すら講義の参加を拒否する者も居る始末だ。


「まず、根本的な部分を勘違いしているようだから訂正しておくが……この草刈りクエスト、他に仕事が無いから仕方なく発行している訳ではない。必要だから、金になるから、やっているんだ。つまり、村としては収益になっている」

「「え??」」

「当たり前だろ? 農家だって作物を育てるのに、雑草は刈るし、肥料や道具にも投資する。コレも同じだ。雑草を刈る事で……。……!」


 当然ではあるが、ドルイドの森は管理された森だ。流石に、畑の様に完全な管理では無いが、それでも魔物や薬草に留まらず、建築用の木材や、炭の生産、あるいは様々な山菜。


「うぅ、持病の知恵熱が……」

「森の生態の話は、冒険者にとっても重要な話だぞ? まぁ、急ぐ必要は無いが……肉食の魔物が悪だと言う知識だけは、早めに捨てておけ」

「「うっす!」」


 魔物被害で印象的なのは、やはり『村が魔物に襲われる』被害であろう。しかし実際には、縄張り内のエサが枯渇しないかぎり縄張りを出て、わざわざリスクの高い人を襲う事はしない。加えて魔物には、童話で語られるような『人を襲って快楽を得る』習性はない。これは、魔物の危険性を教える教育において必要な擦り込みではあるが……実際に自然の中で魔物とやり取りをする場合、事実と異なる知識は"害悪"となる。


「さて、そろそろ作業に戻るぞ! 次は、あっちのエリアだ!!」

「「……うっす」」


 頼りない返事ではあるが、知識は人を豊かにする。彼らは貧しさと学のなさから、目先の利益や短絡的な快楽ばかりを追い求め、犯罪に手を染めることもいとわなくなった。そんな彼らに対して、模範となる善行を知識として押し付けるのは間違いだ。それは、彼らとて知った話であり、同時にそれまでの自己を否定する、受け入れがたい理論となる。


 しかし彼らが、学と安定した収入源を得たらどうだ? 全員が更生するなどと願望を夢見る事は無いが、それでも更生する者が現れる未来を……アルフやザナックは願っていた。





「おぉ~ぃ、いないのか~」

「……ここだ」


 深夜の森、そこにやってきた村人を迎えるのは、漆黒のローブに身を包む謎の集団。


「あ、相変わらず、不気味だな……。それより、村の情報を持ってきた……。……!」

「…………」


 集団は、村人の話を聞く者と、周囲を警戒する者に分かれている。多くを語らず、闇に溶け込み、機械的に情報を集めていく。


「……アドバーグさんのおかげで、村の皆は上手くやっている。だけど、大金を用意するのは不可能だ。作物や村の資産を切り売りしたところで、10億なんて、とてもとても」


 村は、村長代理のアドバーグが指揮をとり、専用通貨である"D"を給付し、それと交換する形で村人は苗や農機具を買う。本来、この様な突発的な重税に対しては『消費を抑えてやり過ごす』のが一般的な対処だ。しかし、それでは村全体の消費は縮小して、長い目で見れば経済的損失は無視できないものとなる。


 加えて村で生産される作物は、新区を支える重要な資源だ。故に新区を維持するには、村の生産能力を保つ必要がある。そして生産された作物は、食料として新区で消費されるだけでなく、加工され、秘密裏にルードへ輸出される。村は、苗の生産や作物の一次買い付けに僅かばかりの費用が必要となるが、逆に言えば少ない投資で外貨を稼ぐ大きな資金源となる。


「それで、新たな住民区画はどうなっている?」

「そっちは……わからねぇ。敷地も運営も、完全に村とは分かれているから調べる方法が無いんだ!」

「あまり、我々を舐めない方がいい」

「ひっ!」


 その瞬間、ナイフが闇を切り裂き、村人のすぐそばにあった木に突き刺さる。


「わ、わかった。なんとか探ってみるから! もう少し待ってくれ!!」


 苦し紛れに同意する村人だが、実のところソレは容易なことではない。村人は、全員が顔見知りであり、下手をしたら『深夜に家を抜け出していた事』も翌日には共有されている可能性があるほどだ。そして、村人と接点のない新区の状況を、村人が知る術はなく、下手に探りを入れれば直ぐに怪しまれてしまう。


 加えて、こうして情報を売っている村人も、心のうちは『村を守りたい』と思っている。協力しているのは、イーオンで暮らしている息子や、もしもの時の保険であり……能動的に『村を売って自分だけでも助かりたい』とまでは思っていない。


「……その言葉を聞くのは、これが最後だ」

「あ、あぁ……」


 村人が、心の中で"潮時"を悟る。当初は金払いも良く、態度も友好的だった。しかし、時がたつにつれ払いを渋るようになり、暴力をチラつかせるようになった。こうなると、村を出ている家族の安全も怪しくなってくる。それなら危険を承知で従うより、村やイーオンとは"一時的"に縁を切ってしまうのも手だ。今あるものを掻き集め、来年まで余所で暮らし、この騒動をやり過ごす。




 こうして村人の意識は、徐々に領主から離れていった。

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