#022 動き出す新区①

「それでどうだったんだ? ドルイドの村は」

「まぁ、よかったよ。仕事はそんなにキツくなかったし、なにより食事が美味しかった」


 夜、場所はルードの実家。久しぶりに顔を合わせた家族に、ドルイドでの土産話を披露していた。


「食事って、お兄ちゃんって、そんなに食いしん坊だったっけ?」

「いや、本当にシェフ……ドルイドの料理は凄かったんだ」

「たしかドルイドって、農業が有名なのよね?」

「そう言えばそうだな。まぁ"一等小麦"は王都に運ばれ、貴族様が食べるわけだから、我々平民が口にできる機会は無いだろう」


 一般に流通していないので俺もシェフに話を聞くまで知らなかったが、どうもそうらしい。ドルイドは大規模な農作に適さない傾斜の多い土地だ。にもかかわらず土地面積を理由に多額の税金を課せられており、昔は貧しい村だった。そこで解決策として村が取り組んだのが"作物の品質向上"だ。


 俺も苗作りで関わったが、徹底的な品質管理と品種改良により、一等評価を得るようになった。これにより、ドルイドの小麦は特別価格で一括買い取りとなり、生産量の問題を品質で補ったのだ。故にドルイド産の小麦が市場に出回ることは無くなり、一般的な知名度はかえって低くなった。


「まぁでも、お兄ちゃんのお土産を食べてみれば分かるんじゃない?」

「そうだな。しかし、そんなに違いが出るものかねぇ……」

「まぁまぁ、とりあえずいただきましょう」


 テーブルに並べられたのは、俺が余った"D"で購入したドルイド土産の数々だ。噛めば"パリッ!"と弾ける肉汁たっぷりのソーセージに、濃厚でコクのあるチーズに、香り豊かなエールとジュース。


「くぅぅぅ~~! 美味い!!」

「ん~~、何この……なに?」

「あ、これダメなヤツだ。もう、他のチーズが食べられなくなりました」


 ルードは現在、経済が衰退して食の"質"に無頓着になっている。そんなルードの住人には、ドルイドの最高品質の食材や料理が衝撃的にうつるのは当然の事なのだ。


「ちょ、母さん、それは俺のソーセージ!?」

「いいじゃない、作ったのは私なんだから!」

「というか私のジュース、飲まないでよね! 2人は……!?」

「「……! ……!?」」


 さらに当然のように喧嘩になる食卓。しかしこれでも、我が家は商人の家系なのだ。まぁ行商業では無いので、取引の無いドルイドの実情に疎いのは無理もないが、それでも商人として、取引可能な距離にある村に"凄いもの"が眠っていたのは衝撃的だった。


「おいグラム! なんでもっと買ってこなかったんだ!!」

「むしろお兄ちゃんの給金を、なんで全部つぎ込まなかったのよ!!」

「いや、これ以上は運賃が上がっちゃうし……」

「むしろ、ウチの商会で、正式にドルイドから仕入れるべきなんじゃないの?」

「流石、母さん! よし、すぐに書簡を送って……」

「あぁ、これ、村では売ってないから」

「なっ!? どういうことだグラム!!」


 たしかにドルイドの料理は、ドルイドでとれる作物などから作られている。しかし、加工食品に関してはシェフの腕に大きく依存している。そもそも、ドルイドの村は"超"がつく田舎で、余所者向けの外食施設や食品を販売する施設が存在していないのだ。


 それでも商人や商店は存在するので、食材の仕入れは可能だろうが、加工食品、中でもシェフが作った食品に関しては直接本人から買うか、弟子入りして調理法を教わるしかない。


「別に、凄い料理人がいるって話さ。それに、同じことを考えているヤツは大勢いる」

「まぁ、そうだろうな……」

「すぐに二次募集があるけど、そこで料理を教わりたいって言ってる見習い職人は多い」

「でも、そんなに簡単に教えてもらえるようなものなの?」

「人数次第だって」

「「え?」」

「参加者に余裕があったら、その分、料理とか、他の仕事にも参加させてもらえるみたい。だから、料理人志望の連中は、今ごろ焦って自分の代わりに作業をこなす参加者を集めているんじゃないかな?」

「「なるほど……」」


 基本的に新区の開発作業は、いくら人数が集まっても終わる量ではない。計画では、二次募集で主要施設の外観を作り、春までは身内中心で内装を整えていく。そして春になったら施設を稼働させながら、人口増加に合わせて追加で商店や商会向けの事務施設を増やしていく予定のようだ。


 実のところ俺は、以前勤めていたイーオンの商会に、新区の建設状況を報告するよう指示を受けていた。その事は、それとなくシェフに相談したのだが……なんと、村はその事を承知しており、その流れを織り込んで動いているそうだ。だから村は、一切俺に口止めはしていないし、結果としてイーオンの商会に嘘の報告をする必要は無くなった。


「へぇ~、そうなんだ。因みに村での作業って、私も参加できるの?」

「いや、お前は無理だろ」

「そうね、それに危ないわ。お兄ちゃんが居るとは言え、女の子が……」

「あぁ、多分問題無いと思うよ。現場には普通に女性や子供もいるし」

「「え?」」

「ルードとドルイドじゃ、治安が全然違うんだよ。そもそも、チンピラや無職の人が存在しないんだから」

「あ、あぁ、そうか。そう言えば田舎の農村なんだよな、ドルイドって」


 たしかに新区は、ド田舎で給料は安い。しかし、代わりに食料と仕事がある。つまり、争う必要自体が存在しないのだ。まぁ、例の領主が嫌がらせて悪人を送り込んでくる可能性はあるが、そんなヤツは村から追い出せば済む話。村は人口が少ないく、その上で活動場所が確り区切られている。そんな場所に余所者が勝手に潜り込むのは不可能なのだ。


「あぁ、あと……」

「「??」」

「俺、ドルイドの村に就職しようと思っている」

「「えぇ!?」」


 そう、そうなのだ。俺は商人の家に生まれたこともあり、読み書きや算術は人並み以上に出来る。しかし、肝心の俺の性格が、人との付き合いや交渉が求められる"商人"と言う職業に、致命的に向かなかった。今まで俺を商人として育ててくれた両親には申し訳ないが……俺は二次募集で村へ向かい、そのままイーオンの商会とは縁を切り、ドルイドの新区で正式な職員として苗の管理を担当する事になっている。




 こうしてドルイド新区開発計画の二次募集は、予定を超える人数が集まる事となった。

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