#016 新たなる村長"アルフ"①

 ――ガタガタガタガタガタ――


 俺は代わり映えのしない景色を、頭を空っぽにして眺めていた。


「くそっ! もう、尻が限界だ!!」

「あぁ、知ってる。つか、さっきからソレしか言ってないぞ?」


 この馬車がルードを出発したのは早朝。それがもう日がかなり傾いているので、軽く半日以上は走っている事になる。


「そういえば、知っているか? ルードとドルイドの村って、実はそんなに離れていないんだぜ」

「あぁ、ドルイドの森や山を迂回しないといけないからな」

「だから何だってんだよ。木はともかく、山や川はどかせないだろ?」


 馬車に乗るのは、仕事が無くて暇を持て余した見習い職人や、成人しても仕事にありつけずに家族のスネをかじる穀潰したちだ。かく言う俺もその一人。一応、商人として"イーオン"で働いていたが……現在はクビになってルードの実家で親頼みの生活をおくっている。


「それよりさ、本当に大丈夫なんだろうな?」

「そんなの知るわけないだろ? そもそも俺たちに拒否権なんて無いんだから、考えるだけ無駄だろ?」

「それはそうだけどさ~」


 今向かっているのはドルイドの村であり、仕事内容はその村の再開発だ。まぁ、再開発と言えば聞こえは良いが、やる事は資材運びなどの雑用で、つまりは単純な力仕事。よって、一人前の職人に声がかかることは無く、殆どの者が親方や親になかば強引に送り出される形となった。


「気持ちは分かるけど、愚痴を言っても仕方ないぜ? 不景気のこのご時世に、仕事があるだけマシじゃないか」

「給金は、驚くほど安いけどな」

「唯一の救いは、宿と食事付きって所だな」

「まぁ、普通は給金から天引きされるから、それを考えると給金は妥当なところかな?」


 どうもそうらしい。給金を下げて福利厚生を重視する村の対応は意見が分かれるが、俺としては大歓迎だ。もともと大した趣味はなく、婚約相手も居ないので焦って稼ぐ必要はない。それより重要なのは、一人になれる個室がある事だ。この手の住み込みは相部屋が基本。下手をしたら大部屋で雑魚寝まである。言うまでも無いが、プライベートが無い生活はただの苦痛、いや拷問と言って差し支えは無いだろう。


「とにかく! 大事なのは、如何に"手を抜いて"10日間を乗り切るかだ!!」

「それ、親方に聞かれたらブッ飛ばされるぞ?」

「大丈夫だ。なにせココには、親方は居ないからな!」


 そんな事だから厳しいであろう現場に送られるんだよ。


 と、心の中で呟く俺だが、正直なところ俺も人の事を言えた義理はない。いや、サボるつもりは無いのだが、だからと言って過剰に頑張るつもりにもなれない。社交性や向上心が乏しく、一人で黙々と仕事に打ち込みたい俺としては、個人で開業するのは論外。だからそこそこ大きな商会に勤めたのだが、結局3年でクビになってしまった。


 それでも3年続いたのは、能力に問題が無かったためであり、3年たって今更クビになったのは、業績が伸ばせず、後輩の指導も断っていたためだ。つまり俺は、根っからの下っ端気質で、自己判断や責任が問われる仕事には向かない訳だ。


「まぁなんだ。ドルイドは悪い噂もあるから深入りしないのが1番だな」

「だな。俺たちはあくまで期間作業員として、割り切って働くまでだ」


 そんな俺だが、イーオンで働いていた頃に勤めていた商会から、改めてお呼びがかかった。理由は色々あるようだが、要約すると『状況が変わって俺が必要になった。好待遇で迎えるからまたイーオンに戻ってくれ』と言うもの。しかし、再就職には条件があった。こちらはもっと遠回しな文章だったが、


 要約すると『ドルイドの村の状況や、再開発の詳しい内部情報を集めろ』と言うもの。ハッキリ言って怪しすぎる。そもそも、あの商会で求められる働きが俺に出来るとも思えないので再就職の話は断るつもりだ。しかし、何やら"脅し"の様な文章もあり、無視する訳にもいかないのが現状だ。


 仕方ないのでここは、ノラリクラリと、どちらにも程良くいい顔をして上手くやり過ごそうと思う。





「おい! 村に着いたみたいだぞ!!」

「あれ? それにしては何も無くねぇか??」

「でも、道は舗装してあるし、木で見えないだけじゃね?」


 事前の説明では『既存の別荘を改装する』って話だったが……察するに、作業員用の宿舎が森の中にあって、そこに案内されたって所だろうか?


 そこは鬱蒼とした森の中にあり、近代的な舗装路や宿舎、あとは原始的な水車小屋が立ち並ぶ、なんともチグハグな光景が広がっていた。


「皆さん、遠いところをわざわざお越しいただき、ありがとうございます」

「…………」

「おい、あれって……」

「いや、まさかなぁ」


 出迎えてくれたのは、勧誘の時にも会った村長の美人秘書。正直なところ、彼女を目的に参加した見習い職人も少なからずいるだろう。


 しかし、それよりも気になる光景が目の前にあった。


「えっと、なんだ、俺! じゃなかった、私がドルイドの村の村長、アルフです。村長として、皆さんを歓迎します」

「いや、お前、スリ師のルークだろ!?」

「人違いです」

「いや、どう見ても……」

「似ているようですが、人違いです」


 そこには俺も何度か見た事がある(ルードの)孤児が立っていた。しかし、顔は確かに彼の顔なのだが……正直なところ、彼との交流は無く、他人の空似である可能性も否定しきれない。




 そんなこんなで俺は、人生の転機となる場所、ドルイドの村に降り立った。

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