#014 密かな始まり・ドルイド移住地区④

「アルフ様~」

「ん、なんだ?」

「えへへ~、何でもないで~す」

「そうか」

「えへへへ~」


 いつになく上機嫌なネロ。


 夜、俺はネロを連れて、川沿いに作った露天風呂に浸かっていた。まぁ、露天風呂と言っても本格的なものを作るのは手間なので、あくまで『屋外に設置した個人用の風呂』程度だが。


「ネロは風呂、好きか?」

「ん~、すき、かな?」

「そうか」


 この世界、少なくともこの国に『毎日湯船に浸かる』文化は存在しない。基本は『濡れたタオルで体を拭く』だけで、宿に泊まる際は、追加料金を払って水桶とタオルを借りる形になる。


 まぁ、おかげで宿の個室に水をひく必要が無いのは助かるが、やはり衛生面を考えると問題ありだ。


「俺が居なくても、ちゃんと風呂に入れるか?」

「ん~、ん~~」


 考え込むネロの姿を見るかぎり、幼少期からお湯に浸かる習慣が無いと、やはり難しいようだ。もちろん、お湯に浸かるのは気持ちいい事なので『あれば利用する』者は少なからずいるはずだ。しかし、そこにお金を払える者は、残念ながら多くないだろう。


「体は、出来るだけ毎日洗わないとダメだぞ? じゃないと……」

「じゃないと?」

「臭い」

「うっ」

「あと、こうやってスリスリもできない」

「あはっ、アルフ様、もっと、もっとやって!」


 俺の頬ずりに大興奮のネロ。


「よし、それじゃあ一人でも、お風呂に入れるな?」

「うっ、その、アルフ様の暇な時だけでもいいから、その、一緒に入ってくれる?」

「ん~、仕方ないな。余裕のある時だけだぞ?」

「うん!」


 出来れば、一人で全て済ませて欲しいのだが……まぁ、歳を重ねれば、自然と一人で出来るようになるだろう。


 それより問題なのは、やはり衛生のためにお金や時間をかける意識を育てる事だ。今後、この新区には大勢の冒険者がやって来る。ハッキリ言って冒険者は……臭い。サバイバル生活も茶飯事なので仕方ない部分もあるが、それでも節約感覚で気軽に不衛生を肯定されてはたまらない。


「おっと、あんまりくっ付いていると、またノボセるぞ」

「えぇ~。でもでも、クロエに邪魔されないのは、お風呂くらいだし……」


 スキンシップをとりたがるのはクロエも同じだが、そこは女の子なので恥じらいがあり、流石にお風呂は抵抗があるようだ。


「できればクロエと、もっと仲良くして欲しいんだがな……」

「ん~、がんばる……」


 こんな頼りない『頑張る』もなかなか無いだろう。


 因みに『冒険者に全く体を洗う習慣がないのか?』と問われれば、実はそうでもない。そこは魔法アリな世界なので便利なアイテムが存在する。それは、体の汚れを浄化魔法で取り除く……みたいなファンタジックなものではなく、通称"水袋"と呼ばれるマジックアイテムを用いる。


 水袋は、水を出現させる術式が刻まれたプレートを仕込んだ袋で、木などに釣るして魔法を発動させると、袋の隙間から出現させた水が漏れただし簡易のシャワーになる。極めてシンプルで、合理的なマジックアイテムだ。見た目や使用感は、正直に言って"陳腐"だが、魔法で出現させた水は魔力供給が絶たれると自然消滅する特性を持っており、結果として乾燥の手間が省ける利点がある。よって冒険者は、服を着たままコレを使い、服ごと体を洗ってしまうのだ。


 こんな便利なアイテムがあるのだから、必需品として普及していてもよさそうなものなのだが……僅かな荷物でも戦闘においては足かせになる事もあり、水袋の普及率はそこまで高くないのが現状だ。


「ネロは将来、何になりたい?」

「ん~、えっと……言っても笑わない?」

「笑わないと思うが、そんなに変な夢なのか?」


 新区は、冒険者向けの場所であり、それらを囲い込む形で商いが展開される。一応、すでにプランは考え、冒険者ギルドにも申請は済ませてあるが……"教育"を重視して、ドルイドから巣立った冒険者にネームバリューがつくような街づくりにしていきたい。


「えっとね……ボク、アルフ様のお嫁さんになりたい!!」

「あぁ……それは、男のネロには、無理かな?」

「うぅ……」




 そんなこんなで、孤児たちとはなんとか上手くやれている、のだと思う。

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