49.試し七 - 蕎麦喰い一
「
「なんでしょうか。」
「心が決まりました。私は
「……そうですか、それは……嬉しうございます。」
何とも分かりやすく、満面に嬉し気な笑みを見せた彼女に、
そんな二人のやり取りを、傍らで眺めていた老人は、ふむと頷く。
「お主らがそれでよいのなら、儂は段取りをしておこう。」
横から口を挟まれた
「ご老人、折角の良い雰囲気ですのに、台無しではありませんか?」
むしろ苦々しく老人は顔を渋らせる。
「お主なぁ……。儂を本当に誰だと思っておるのだ。」
「知りませぬよ。もう忘れました。」
「~~~っ……。」
困った表情で頭を掻きながらも、老人は仕方がないと諦めて膝を一つ打つ。
「まあ良い。
老人が言うと、
「ええ。ご随意に。」
* * *
十四
二人が老人の家を出てみると、空は幾分か明るさを失い、昇っていた太陽も
日の長い季節ではあったが、もう一、二刻もすれば夕闇が迫ってくるのだろう。それを分かっているのか道行には、道場からの帰りだろう武家の子息たちが、ぽつりぽつりと道から近くにある家の中へと入っていくのが見える。
武家屋敷の立ち並ぶ道を歩きながら、
そうしてカアっと間の抜けた烏特有の鳴き声を周囲へと響かせる。それを合図とするように、
「さてさて、これからどうしたものでしょうかねえ。不逞の輩を斬るのは良いのですが、その相手がどこに居るものやら……。困りましたねえ。」
投げっ放す勢いで
「もしかして
言われて
「それは……あのご老人が妙に期待満々な顔をしておりましたからねえ。つい、その場の勢いで……。」
「つい、じゃないですよ。どうするんですか?成瀬様、何かもう勝負に勝ったかのような期待した顔をなされていましたよ。」
一応に二人は老人から暗殺に来ている者たちの特徴は聞いていた。容姿やら名前やら、探すのに役立つ情報はあったが、実際にどこにいるかなどと言うことは当然のことながら分からなかった。
居場所を突き止めるのも二人で解決してほしいということなのだろう。
「いやはや、どう致しましたことですかねえ。」
「どうしましょうね……じゃないですよ。あの、一つ聞きたかったんですけど。
「さあて。そもそも
「どうでしょうか。なにやら成瀬様は頭のおかしい人殺しみたいな言い方をされてましたけれど。例えば、一つの城の人を全員殺したって。」
「はあ……それは怖いですねえ。そんな方が本当に居らっしゃったら恐ろしいですよ。」
「
「どうでしょう、そんな方のこと私は知りませんので。」
すっ呆けた口調で
やはりと言うべきか、何と言うべきか、と心の中で独り言ちて
「これから一緒に居ようって相手にも、
思わず
「いつか私に、
「ふむ……。」
それだけ呟くと
するすると指先で髪を弄って、すうっと
「それ……誤魔化しているつもりなんですか?」
呆れた顔で
「いえ、そういうつもりではありませんよ。ただ、何というべきか言葉に困ってしまいましてね。」
「……何も教えて貰えないんでしょうか?」
「そうですねえ……例えばですが、例えば、月見そばの卵は割る派か、そのまま食べる派か、そう言うことなら教えられますよ。興味あります?」
「それは別に言わなくて良いです。全く……。」
やれやれと
「そうですか?ちなみに
「私は卵を途中で割る派ですけど。それはどうでもいいですよ。」
改めて
ただ、その途端にくうっと可愛らしい音が鳴った。
不意に
「おや、
「うぅ……。」
恥ずかしさで
「まあ、差し当たっては、腹ごなしを致しましょうか。私も随分とお腹が空いたことですし。」
「えっと……あの、お腹を鳴らした私が言うのも何ですが、そんな悠長なことで大丈夫なんでしょうか。」
暗殺者達を探す手がかりもない状態で、飯を食べに行っている余裕などあるのだろうかと、
ただ
「なあに、腹が減っては何とやらですよ。」
「何とやらですか?」
「慣用句ですよ、何だったかは忘れましたがね。なあに、依頼のことは飯屋を探す道すがらにでも考えればいいじゃありませんか。とりあえず行きましょう。」
そう言って
何だかんだと言っても、三日ほどの殆ど食べていなかった
「名古屋はどんな食べ物が有名なのですか?名物とかあったりするのでしょうか?」
武家屋敷の立ち並ぶ道を歩きながら、
「どうでしょう……
「ないのですか?」
「あ、でも、そうですね、名物と言うわけではありませんが、堺や江戸とは料理の味付けが違いますから、他所から来た人はそれを珍しがりますね。」
ほうっと、興味深そうに
「味付けですか、例えば何が違うのです?」
「分かりやすいのだと、それこそ蕎麦とかですかねえ。汁が妙に甘っこいんですよ。」
「ほほう。甘い蕎麦ですか……想像がつきませんが、それはちょっと食べてみたくなりますね。」
顎を撫でながら興味深そうに
「
「ええ、ええ、好きですよ。あれは良いものです。」
言いながら
「
「良いですが、
「良うございますよ。そう言う当たり外れも、また食事の楽しみと言うものでしょう。」
口元を緩めて
まるで小さな子供のような態度で、そう言う姿を見ていると、
浮足立って道を歩いていた
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