第3話 幼馴染みと一緒に

「わあー! すっごい広いじゃん。まるでどっかのお城みたい」


 十六歳とは思えないほど子供っぽい感じでキョロキョロしてるルルアをよそに、僕自身は気まずくて堪らなかった。もしアドルフ達に会ってしまったら、どんな顔をすればいいのか。


 冒険者ギルド『あまかぜ亭』はちゃんとした冒険者の為の施設であると同時に、宿屋兼酒場でもある。だから敷地面積はとっても広いけれど、そこをほとんど埋めてしまうくらい毎日冒険者が集まってるんだ。今もわんさかいる。


 ギルドまでの道中で聞いた話によると、ルルアはギルドに登録はしたが、依頼は受けたことがないペーバー冒険者だったようだ。冒険者ギルドっていろんな街にあるんだけど、全て共通の組合に加盟していて、依頼は登録していないギルドでも受けることができる。要するに、登録したギルドによる縛りとかは一切ないということ。


「あ、そうだそうだ! ナジャってもうパーティ組んでるの?」


 クルッと振り返るやいなや、瞬時に目前まで急接近してくる幼馴染みにビビる。すっごい動きが速い。


「ん。いやー……パーティは組んでない」


 僕の返答はさびついた剣より斬れ味がなかったと思う。


「そっかー! 良かった」


「え? なんで?」


「えへへ。だって。あたしここにやってきたばかりで、まだ右も左もわかんないし。できればナジャと冒険できたら安心かなって思ってたの」


「……それなんだけどさ」


 僕はちょっと後頭部をかきつつ、冒険を断るための当たりさわりのない理由を考えていた。でも目前で宝石みたいに光る青い瞳を眺めていたら、やっぱり嘘はつくべきじゃないって思った。ここはもう正直にいこう。


「あっちに酒場フロアがあるんだ。そっちで話してもいいかな」


 ◇


「えええー! 追放されちゃった!?」


 ドン! とテーブルを叩きながら、さっきまで骨付き肉を食べていたルルアが立ち上がった。なんか、鉄でできた長テーブルからミシミシ音が聞こえたんだけど気のせいかな。うん、気のせい気のせい。


「そうなんだ。僕のギフトが役に立たなくって、その上いろいろとパッとしないっていうのが理由みたい」


「でも、全然ダメだったわけじゃないんでしょ? それって酷いじゃん」


「僕としても納得いかない面はあったんだけどね。もうしょうがないよ。だからさ……」


 僕は自然と息を吸い込んでいた。もう冒険はやめると、そう彼女に告げてお別れする。ただそれだけ。


「言わなくても分かってる。あたしとパーティを組んでくれるってことだね!」


「え?」


「えへへ! あたしね。実はナジャと冒険したいって、ずーっと思ってたんだ。お引っ越ししちゃった時、本当は凄く辛かったんだよ。だって一緒に冒険者になろうって約束したのに、離れ離れになっちゃったし」


 覚えていたのか。あの約束のことはもう忘れ去られてしまったとばかり思っていたのに。嬉しい反面、ちょっと気まずい反面といった複雑な心境につつまれ、僕は戸惑っていた。


「だから行こーよ! あたしと」


「いや。でも……もう僕としては、パーティは」


「きっと合わなかっただけだよ。じゃあ一回だけ! ね。とりあえずお試しで今回だけ。ね?」


 身を乗り出してくるまるい瞳の奥には、人をうんと言わせる魔力でも秘められているに違いない。僕は大きく体を後ろに剃らせていて、苦しい姿勢で首を縦に振る。


「ま、まあ。一回だけなら……」


「やったー! あたし地元じゃすっごく鍛えてたんだ。ナジャが襲われたら守ってあげるね」


「僕だってそれなりに鍛えてたから大丈夫だよ」


「あたしのギフトは『攻撃回数増加』っていうの。名前のとおり、たまに攻撃する回数が増えるみたい。今は二回攻撃までだけど、レベルが上がったらもっと増えるかもしれないんだって」


 なんて羨ましいギフトを持ってるんだ! 僕にもあったらなー。変なクリスタル鑑賞用ギフトとかじゃなくてさ。なんか劣等感にさいなまれそうだ。それと、肝心なことをまだ聞いてなかったことに今更ながらに気づいた。


「貴重なレアギフトじゃないか。っていうかルルア、職業は?」


「え。えーとね。あはは」


 さっきまでの勢いがなくなり、ちょっとだけ体を猫背にして苦笑いする。もしかして、僕は何か良からぬことを聞いちゃったんだろうか。少し話は脱線するが、実は職業は冒険者ギルドに登録した時、魔道具のオーブにより決定されてしまう。どういう仕組みか解らないが、オーブには女神様の力が込められているらしい。僕の場合はやりたい職業ど真ん中だったけど。


 きっとルルアは、目指していた職業ではなかったに違いないと感じていた。服装から察するに、多分シーフになったんだろう。盗んだりするのが専門の職業だから、あんまり堂々と言えないのも解る気がする……とか思っていたが。


「んーと。自分では僧侶の才能があるんだって信じてたんだけど、どうやら武闘家だったみたい」


「え!? 武闘家だったんだ。ちょっとだけ意外」


 この一言は余計だったらしい。彼女がキッと怖そうな顔になる。


「ちょっとだけってどういうこと? あたしってばこんなにおしとやかでか弱いのに、どうして武闘家になっちゃうのか不思議でしょうがなかったのに!」


「あ、あはは。何でだろーね。僕にも分かんないや」


 幼い頃から華奢でありながら怪力で、お父さんはガチガチのマッチョ武器職人ときていた上に、昔から頭より体がさきに動いてはあらゆる物を破壊していた彼女が武闘家になったことは至極当然だと思う。ちなみにお母さんは戦士だったはず。


「ちょっと前にお父さんがね。お前が僧侶なんてありえねえ。治療なんてそもそもできないし、常日頃から破壊してばっかだから、まさに武闘家は天職だぜ。とか言ったんだよ。頭にきて壁が突き抜けるくらい蹴っ飛ばしちゃった」


「やり過ぎだ! お父さんを殺す気か!」


「あはは。だいじょーぶ。お父さんすっごくタフなんだから」


「君に暴行されて鍛えられてるんじゃないよね?」


「ぼ、暴行なんてしてないよー。常に愛を持って接してるだけ。なのに周りが壊れていくの」


「壊してるんだよね。正確には」


「とにかく! 早速受付に行こっ。二人でも受けれる依頼とか、きっとありそうじゃん」


「ま、まあ。あるっちゃあるけど。おおー!?」


 言うなり僕の腕をぐいっと引っ張って彼女は受付までダッシュする。ルルアは元気の塊みたいな感じなんだよ、昔から。


 ◇


「そうさなぁ。お前らくらいなら、このあたりはどうダァ?」


 受付にいるモヒカン頭のおじさんが、カウンターにしまっていた依頼用紙を何枚か乱雑に広げてきて、僕とルルアは目を皿のようにしてチェックしていく。


「わああ。やっぱり依頼がいっぱいだね。この用紙の上にある星マークは何?」


「それは依頼の難易度みたいなものだよ。星マークがいっぱいあるほど、大変な依頼だってことをギルドの人が判断してつけてるんだ」


「へー。あ! じゃあこれなんかいいんじゃない?」


 僕は彼女の左手に掴まれている依頼用紙を見て唖然とした。


「ドラゴン討伐とか書いてあるんだけど……」


「あたし達じゃ無理かな?」


「無理に決まってる! 駆け出しだぞ僕らは」


 うーん。こんな考えでやっていけるのだろうか。そんなこんなで、やんや言いながらまた探し続けていると、良さげな紙が一枚だけあった。


「これならいけるんじゃないか?」


 僕が手にした用紙の依頼内容には、こんなことが書かれていた。


 【畑を荒らす野獣をやっつけて!】★

 依頼者:ロブ村長

 最近村に野獣が現れるようになりました。狼が畑を荒らしてます。何とか退治してもらえないでしょうか。ルーファの村で待ってます。


「狼退治かぁ。いいじゃんっ! これに決定」


「あ、あっさり決めちゃうんだな。まあ他にいけそうな依頼もないし、これが一番か。この依頼やらせてください」


 おじさんはニッと笑いガッツポーズを決める。


「よぉーし。受理させてもらったぜ。じゃあお前ら、頑張ってこいよ!」


 そんなわけで、僕たちはアロウザルの南西にあるルーファの村へ出発することになった。

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