第2話 ルルアと再会

「つい……え?」


 唐突に放たれた言葉に驚きを隠せない。これまで精一杯やってきたのだから、多少のことでは追放なんてされるはずがないと、そんな風に思っていた。


「お前は耳も悪いのか。追放だって言ってんだ。この役立たずが! 解ったらさっさと消えちまえよ」


 面倒くさそうに席を立ったアドルフが踵を返し、すぐ後ろをゲルがついていく。僕はそんな彼らの姿を呆然と見送るような形になっている。何でこうなるんだよ。


「話、終わった?」


 まるで魂のない人形みたいな表情で呟いたダクマリーは、静かに立ち上がりアドルフと並ぶ。


「あー。ダリぃ奴とは今日限りだ。じゃあよ、報酬受け取りに行こうぜ」


「あ……。ちょ、ちょっと! ちょっと待ってくれ」


「あ?」


 三人の背中を眺めている場合じゃなかった。追放されるという事態に面食らっていたけど、まだ今回の冒険の報酬を貰ってないんだ。このまま黙ってさよならできるわけがない。


「追放云々の前にさ。その、とにかく僕もギルドまで行くよ」


「ああーん? お前まだ俺たちに付き纏うつもりでいんのかよ」


「付き纏うって、別に」


 大袈裟にため息をついたのはゲルだった。彼の仕草って、なんていうか凄く演技臭いんだ。前々から思っていたことではあるのだけれど、冒険者としては先輩だし、あまり気にしないようにしていた。


「君ぃ。まさかとは思うが。今回の冒険の報酬を貰おうなんて腹ではないだろうね?」


「え? 報酬は普通に貰うよ。だってちゃんと働いたじゃないか」


「おいおい。ゲル。こいつマジで言ってんぜ。お前なんざ邪魔してただけじゃねえかよ! 役に立たなかったからパーティから切った。そんなカス野郎が、分け前がどうとか抜かしちゃうのか。つくづく最低な野郎だ」


「さ……最低とは何だよ! それに僕は、」


「いい加減にしたまえ! これ以上話を続けるなら、手荒い対処をしなくてはいけなくなるだろう」


 ゲルがマントの中にしまっていた小さな杖『ワイド』をチラつかせ、アドルフはニヤニヤしながら脇に挿している剣に手をかけている。まさかの行為だった。ついさっきまで仲間だったのに、殺し合いを始めようっていうのか。


「報酬、あげないの?」


 一番後ろで興味なさげにやりとりを眺めているダクマリーが、のんきな声で呟いた。もしかしたら立ったまま眠ってしまうんじゃないかというくらいとろけた目になってる。


「ああ! 勿論やらねえ。それによぉナジャ 。お前には言ってなかったんだが……もう代わりの魔法使いは見つけて、今日この後正式にメンバーに入れる予定だったんだぜ。お前、わざわざご対面しちゃってもいいのか? あ?」


「え! 嘘だろ。じゃあ、今回の依頼で初めから僕を、」


「はーいはいはい。まあ、そういうわけだから。じゃあな、役立たず」


 面倒くさげに手を振りながらアドルフは背中を向け、三人は夕焼けの向こうに去っていった。あの時の姿は目蓋まぶたに焼きついているし、しばらく夢にまで出てくることになる。


 勇者パーティに誘われて一年間、必死に頑張ってきた結果がこれだなんて、ひどいよ神様。虚無感はやがて心の傷に変わり、心の傷はゆううつな毎日を呼びこんでくる。


 それから数日間、僕は冒険者ギルドではなく、単なる酒場に入り浸る毎日を送ってしまう。でも、別にお酒を飲めるわけでもないので、ただコーヒーだとかミルクを飲んで潰れたフリをしているだけ。マスターは呆れて物も言えないようだったし、たまにやってきた冒険者からはコソコソと陰口を叩かれた。


 ある時同席した商人を営むおじさんに、そんなことは忘れて早く新しいパーティを組むべきだとアドバイスを受けた。でも、とてもそんな気持ちにはなれないんだよ。勇者パーティといえば冒険者の夢であり、これ以上ない理想的な環境なはず。そんな環境から追放されちゃったんだから、まるで能力も人格も二流だったと言われているような気持ちだった。


 それに、冒険者というのはなかなか相性に恵まれないという定説がある。大抵の場合は数ヶ月と持たずしてパーティを解散してしまう場合が多い。理由としてはいろいろだけど、多分性格の不一致がほとんどだと思う。冒険者が良いパーティに恵まれるのは、人生でたった一度あるかないからしい。じゃあ僕はもうダメなんじゃないか。そんな風に卑屈になってさえいたんだけれど、転機っていうのはこれまた突然訪れる。


 ◇


「うぅ……。うううう。うわー! あ? ああああ!?」


 その日は昼間まで眠っていたんだけど、アドルフにののしられている夢を見て悶絶したあげくベッドから落ちてしまった。


「いててて……また夢か。いや、現実も同じか」


 小さなボロい一軒家は、ベッド以外は本が散乱して、まるで本の家状態だ。冒険者としてとにかく沢山の知恵をつけなくてはと、毎日読みあさってた本達に揉みくちゃにされつつも何とか起き上がる。


 丸い木製テーブルの上にたった一つだけ置いてある本が目に止まった。それは僕にとって特別な本であり宝だった。憧れであり伝説の魔法使い、ヴァレンスの自叙伝だ。千年以上続く歴史の中で、最強と称される魔王を封印したという偉業を成し遂げた魔法使いの冒険譚に熱中して、僕は将来の道を決めた。


 でも現実はあまりにも厳しかったわけで。


 これからどうしようか。地元に帰って兄貴と一緒に働こうかとも考えたけど気が進まない。あれだけ冒険者になることを夢見て、みんなの反対も押し切って、ここアロウザルの街までやってきたというのに。たった一年で戻ったら、周りに何を言われるか分かったもんじゃない。ほら見ろ、やっぱりお前はそんなもんだ……なんて侮辱されることには耐えられなかった。


 とにかく気晴らしがしたくて外に出た。雲ひとつ無い晴天だった。


 中央広場のベンチに意味もなく腰掛けてぼーっとしていると、なんだか急に視界がぼやけてくる。追放されてる冒険者の姿を、僕は以前見たことがあった。他人事のように思っていたけど、こういう気持ちだったのかと理解した。追放されるってこんなに辛かったのか。


 やっぱりもう、冒険はやめようかな。


 青いローブの裾で涙を拭っていると、ふと噴水の側にある案内図をじっと見ている人が気になった。後ろ姿から独特なオーラというか、普通とはちがう輝きを感じる。陽光に照らされたショートカットの金髪は、まるでひまわり畑を思わせる。赤いシーフを思わせる軽装と、スレンダーな体躯がとてもマッチしていた。


 そんな彼女が不意にクルッとこちら側を向いて、僕らは目が合った。キラキラした希望いっぱいの青い瞳に思わず見惚れていると、なんか妙なことに気がついたんだよね。以前どこかで会った気がしたんだよ。たった十七年の記憶が抜けているなんてヤバイとかネガティブな考えに浸っていると、軽い足取りでその人が近づいてくる。


 僕は誰から見ても挙動不審になっていただろう。しかもその女の子、こっちを見てどんどん笑顔になってくるんだ。


「ひっさしぶりじゃん! ナジャ!」


「ふぇ? あ、あれ……えっと、君はー」


 まずいぞ。相手は僕のことを覚えているらしい。こっちが忘れてるなんて知られたら、かなり失礼かも!


「あー! もしかして、あたしのこと忘れちゃったの?」


「ご、ごめん」そして速攻でバレる。


「ひっどいなぁ。いっつも一緒にレンバの村で遊んでたのに。ほら、思い出してよー!」


 軽く叩かれた肩が陥没しそうなほど痛い。この見た目とは正反対の馬鹿力は、もしかして。


「のわぁ!? あ! そうか君は」


 急に忘れていた幼少期を思い出し立ち上がってしまう。彼女は僕の幼馴染みであり、両親の引越しによってお別れすることになった人ではなかったか。


「もしかして……ルルア。ルルアか!?」


「あはは! あったりー。 八年ぶりの再会なんだから、もちょっと喜んでもいいんだよ」


「ははは。ま、まあ嬉しいけど。こんな偶然ってあるのかって、なんか信じられなくなっちゃってさ」


「うん。まあ、信じられないっていうのは同感。今日のあたしって超ラッキーかも。まさかこんな所でナジャと会えるなんてね!」


 思いがけない再会に驚く一方で、ちょっとだけ後ろめたい気持ちになっていた。勇者パーティを追放されちゃった奴だなんて知ったら、どう思われるのか。少し世間話をして解ったが、どうも彼女は冒険者になったらしく、ギルドに行きたいとのこと。案内がてら川沿いを一緒に歩いていると、ルルアは目を爛々と輝かせてレンガの街並みに見入っている。


 それにしても彼女は変わったと思う。横顔は微かに面影を感じるけれど、まさかここまで可愛くなっちゃうなんて。すれ違う人達がチラ見する気持ちも解る。そしてとうとう僕達は、冒険者ギルドの扉前にやってきてしまった。


「ここがあまかぜ亭なんだね。ちょっとワクワクするー! あれれ? どうしたの? 早く入ろーよ」


「あ、あー。うん」


 すっごい気まずいんだけど。もしアドルフ達がいたらどうしよう。僕は少しばかりドギマギしながら、ルルアと二人でもう一度冒険者ギルドの中に足を踏み入れた。でも、思えばこれが本当の始まりだったんだ。

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