第96話 19 公立の星
白富東はある意味、日本で一番人気のある高校野球チームかもしれない。
なぜならば、世界全土のアマチュアでくくっても、最強であろう打者がいるからだ。
そして甲子園で記録を残したエースは、世界大会でも大きな記録を残した。
世界大会に出た選手はおおよそがその評価を高めたが、その中で二年生であったのは三人。
白石大介と佐藤直史は、間違いなくプロ志望届を出したら、複数球団が群がる人材である。
世界でも大活躍した二人を、あと丸々一年は見られる。
この二人の高校最後の一年が、どのようなものになるのか。高校野球ファンのみならず、スーパースターを求める人々は、誰もが注目している。
上杉という鉄腕投手が現れ、そして白石という強打者が現れ、佐藤というピッチャーがいる。
この数十年の間では、ひょっとしたら今が一番、高校野球が注目されているかもしれない。少なくともサッカーやバスケの人気が出てからでは一番と言える。
上杉を見て投手を夢にし、しかし挫折した者も、佐藤であれば目指せるかもしれない。
実際は才能ではなく正しい努力であそこまでの技術を極めた、佐藤の方がなれる難易度は高いだろう。
しかしそんな白富東であるが、高野連や審判団、はたまた保守的な高校野球支持層などからは、あまり評判は良くない。
率直に言ってしまえば、悪い。もちろん昔からヤンチャな人間はいたので、そういう人間と比べてみて、また面白くなってきたと楽しむ人間もいる。
だがマスコミに作られた品行方正などという球児の虚像からすれば、白富東はあまりにも実像が遠い。
それに世界大会でのはしゃぎっぷりは、あまりにも……アレであった。
まあ日本野球界全体としては、あの二人に感謝している者の方が多いのだが、地元の千葉の草の根の人間などは、なんだかんだ言って天才揃いの白富東より、本当にチームワークと作戦で勝ってきたような、三里を応援するへそ曲がりがいるのだ。
千葉県大会の決勝で直史が不調と取られたのは、ここいらを確認するのが目的であった。
他の誰にも出来ない、コントロールが神がかった直史でこそ可能な、審判の白富東への、ストライクゾーンの確認。
それを割と甘いボールなどでも確認したため、点を取られたと言える。
高校野球の審判は基本ボランティアで、地元の大会では地元の審判を使うのが普通である。
だから今年の千葉で行われる大会のために、審判を見定めていたのだ。
これが直史も口に出来なかった、決勝の不調の理由である。
さすがに全ての審判を調べることは出来なかったので、負けても挽回できる決勝で、これを確認したのだ。
神宮大会までいけば、また話は別だ。東京で行われる試合の審判は、東京の人間が多い。
それもあってか、神宮大会での優勝は圧倒的に東京が多い。
ちなみに去年までの段階で、神宮大会を優勝した関東のチームは、東京と神奈川だけである。
先取点が欲しい。
それはもちろん誰だってそうだろうが、国立は切実にそう思っていた。
格上の相手と戦うならば、まずは先に攻めなければいけない。
攻めさせてのらりくらりとかわし、精神的な間隙にカウンターを入れるというのもありだが、そんな都合のいい展開は実際にはない。
まずはどんな形でも、先取点が欲しいのだ。
相手のピッチャーの傾向も考えたし、そしてそれよりも重要なキャッチャーの傾向も考えた。
さらにバッテリーに指示を出す監督の傾向も考えた。
国立が若く実績が少ないということは、情報が出ていないという点では、確実に有利である。
先頭打者の西。
この試合では、初回で一点を狙う。
ウラシューのパターンなのか、それともキャッチャーのパターンなのか、一回の守備でピッチャーは、初球に必ずアウトローのストレートを投げてくる。
基本的にはボール球だ。それがアウトローのぎりぎりどのぐらいに決まるかで、その日のピッチャーの調子を見るのだ。
「まあうち相手だったら、そんなことはしないでしょうけど」
大田は言っていた。白富東の先頭中村は、ちょっとしたボール球でも貪欲に食らいついて、下手をすればホームランにしてしまうからだ。
しかし西にはそこまでの打撃力はない、と思われている。
だが必ずそこに来ると分かっているなら、難しくても狙わない道理はない。
この試合に、一度だけのチャンス。
これをものに出来るかどうかで、三里の運勢は分かる。
アウトローストレート、球威ではなく制球を重視した球。
わずかに外れているかもしれない球を、西は叩いた。
三里の選手の中で、古田に次いでバッティングが優れているのが西である。
その打棒は見事にストレートを叩き、打球は外野の頭を越えた。
レフト方向への長打。西は二塁でストップ。
期待通りに、一回でいきなり先制点のチャンスである。
甲子園の常連校と言えど、高校生には限界がある。
あるいはそもそも指導者が、下手に技巧に走ったプレイを避けさせている。
ウラシューレベルのチームであれば、普通なら三里は普段通りのパターンだけで勝てる相手なのだ。
正面から、小細工もなしで勝つ。
勝敗よりも正面からぶつかることの方を重視する。それで勝てないなら、どうせ頂点は取れない。
もっとも指導者の中には、ただひたすら結果をだすことだけを考える者もいる。
しかしやはり最後に結果を出すためには、才能を浪費させることを我慢しなければいけない。
雇われの監督は、どうしても結果を出さなければいけないので、そのあたりが苦しい。
自分の監督としての結果より、選手の将来を考えられるのなら、その人物は名将と言っていいだろう。
国立の場合は、高校時代には伸び伸びとやりながらも専門的な指導は受けられず、大学時代は技術面こそ学んだものの、体のケアにまで考えられず、選手としては再起不能になった。
ウラシューの監督の場合は、毎年素質に優れた人材が入ってくるのだが、基本的に三年の夏に向けて、ほとんどは一年の頃からは使わない。
期待された選手を故障させないという点では、やはり名将と言える。
素材は素材のまま伸ばし、本当に野球選手とするのは、プロや大学にお任せという主義だ。だが強い。
三年が抜けたこの秋、一二年だけでも80人の部員がいるのだ。おそらくベンチメンバー以外でも、ピッチャー以外は三里より上だろう。ピッチャーさえ上かもしれない。
それに対して三里は、徹底して、指示を出す。
国立の意図を、ちゃんと分かっている星である。
ここは最低限西を三塁へ送らないといけない。
ワンナウト三塁からなら、スクイズ、犠牲フライ、内野ゴロなど、何か一つでも相手にミスがあれば、一点取れる。
先制点を取ることが、この試合の勝利のための条件の一つ。
(もっとも初回に下手に一点取ると、向こうの対応が変わるかもしれないけれど)
事前の相手の打者の攻略が、役に立たなくなるかもしれない。
そうは思う国立であるが、それならそれで、自分が考えて対応する。
選手たちにはしっかりと基本的なプレイをさせ、考えるのは自分。
(そういう点では白富東は、自分で考えて動く選手が多かったな)
完全に一人で動いていた選手も多かったが、それをコントロールしていたのがベンチ陣であった。
個々の能力は極めて高いにもかかわらず、全員がキャプテンの大田とマネージゃーの椎名を信頼していた。
簡単な一色に染まっていなかったあのチームには、そういった強さもあったのだ。
ノーアウト二塁。
ここで果たすべきことを、星は完全に分かっている。
だがそれは目的であって、手段はいくつもある。
西を三塁へ送る。どんなことをしてでも。
基本的には送りバントを狙うが、ウラシューの内野守備は、ただの送りバントを許さない。
だが送りバントを許さないほどの猛烈なチャージなら、それはそれでやりようはある。
星は長打を打つには体格が足りていないが、その分小器用ではある。
最初からバントの構えをするが、初球ではしない。
ウラシューの前進守備に関しては、大田からもらった資料でも言及されてあった。
下手にバントするよりは、単独スチールの方がまだマシかもしれないと。
それだけの自信があるので、初球からストライクを取ってくる。やれるものならやれという感覚だ。
星はバントの構えだが、西のリードは大きくなかった。
これならば三塁で殺せるとキャッチャーは判断するが、星のバントは意表を突く。
チャージしてきたサードの頭の上へプッシュバント。
三塁カバーに入っていたショートは前進してそれを捕球するが、サードはおろかファーストにも間に合わない。
ノーアウト一三塁。
出塁率の高い西を送るために、必死で様々な練習をしていた星の執念が、ここで実った。
格下の相手にたったの二球、ストライクを一球も取らないうちにピンチを迎える。
この展開はさすがに予定していなかった、ウラシューの正田監督であった。
相手の三里は公立とは言え、佐藤から点を取ったということで、ちゃんと調べてある。
結論としては、佐藤が不調であったのと、三里が変化球打ちを狙っていたのだということになった。
その後すぐ、三里は白富東と合同練習などをしている。
直前の決勝で戦った相手との合同練習など、普通なら考えられないことであるが、同じ公立ということで相通じるものがあったのかもしれない。
このネット社会で、その映像はすぐに出回ったが、それを確認して驚いたのは、三里や白石ではなく、佐藤の妹たちであった。
上からも下からでも投げられて、右でも左でも自由自在に変化球まで使える。
あれは野球に精通していれば精通しているほど、逆に信じがたいものであった。
佐藤兄弟はどちらも違った方向に化物であるが、妹たちの非常識さは、それよりも上かもしれない。
とにかく三里は、白富東の投手と練習して、ある程度ウラシュー対策はしてあるのだ。
(だが試合で実際に投げられる球とは違うはずだが……芳賀では抑えられないか?)
伝令を送って、とりあえずはボール球から一球ミットに投げろと伝えた。
三番は東橋。
三里の得点は打って取る点は、ほとんどが四番までで、下位打線は相手の自滅を待つか、犠打で取ることがほとんどである。
初回をどうにか凌いだら、二回は精神的にゆっくり休めるはずだ。
三里の投手陣を考えても、三点程度は最低でも取れるだろう。
ここは打者でしっかりアウトを取る。
東橋は期待通りに、二球目のカーブでぼてぼてのゴロを打った。
ゲッツーが取れるかもしれない打球であったが、キャッチャーの指示は一塁。
一点が入り、ワンナウト二塁となった。
四番の古田はライトに大きなフライを打ち、フライアウトになったもののタッチアップで星は三塁まで進んだ。
もう一点取れたら、という場面ではあるが、ここが三里の今の限界であった。
一点を先制されたウラシューは、それでもまだ余裕を残している。
東橋程度のサウスポーは、いくらでも対策してきた。
緩急差を活かすための継投にも、ちゃんと準備はしてある。
何か奇策を打ってきても、それを正面から叩き潰すだけの力はある。
それは傲慢か、あるいは怠慢であった。
先頭打者の左打者を、ライトフライでアウトにした。
そこで三里はピッチャーを代えてきた。
初回、一人に投げただけで、ピッチャーは星へ。
左投手に慣れたところで、星の遅いアンダースロー。それが三里の基本戦略であった。
しかし甲子園出場がかかったこの試合で、いきなりそれを外してくる。
意外と言えば意外ではあるが、これまでの試合で東橋が取られた点を考えれば、いきなり星でもおかしくはないのだ。
ただ星が長いイニングを投げるので、出来るだけ遅い球に慣れさせず、慣れたところですぐ速球派の古田に代えるというのが、これまでの作戦であった。
この試合、三里は継投という戦略は変えないが、その継投運用の戦術は変更する。
幸い分析込みで、ウラシューのデータは揃っている。あとはデータをどれだけ活用するかだ。
最後には直感が勝敗を分けるかもしれない。
一回の裏、三里は浦和秀学の攻撃を、無得点に抑えた。
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