第85話 8 不完全なチームと、未完成のチーム
三里高校の先頭打者は、センターの西。
単なる身体能力では、転校してきた古田を除いては、三里の選手では一番だろう。
その古田は今日は、四番に入っている。
試合前の話で、古田のことは白富東も知らされていた。
理聖舎とは春に練習試合を行っていたので、なんとなく記憶にはあった。
夏を前に理聖舎でスタメンを打っていたのだから、四番に入るのも意外ではない。
隠し球にするにしても、どうせ公式戦ではすぐにばれる。
隠したままでセンバツまで行けるとは、国立も思っていない。
相手に戦力を伝えた上で、ちゃんとその戦力で勝つ。
それぐらいの地力がないと、他のチームと対戦しても勝てない。
覚悟だけで勝てるほど、世の中は甘くはない。
負けたとは言え岩崎は、甲子園で150kmと自己最速を更新した。
そんなピッチャーがまともに投げてくるのだから、西が三球三振するのも無理はない。
「悪い。でも全然隙が見えない」
星はこくりと頷いて、打席に向かった。
ベンチに戻った西は、国立の隣に座って報告する。
この報告の仕方一つとっても、国立が考えたものだ。正面から向かい合うと、どうしても選手は監督に威圧されてしまう。
実際には国立を信頼している部員たちは、そんなことはないのだが。
「ストレートだけでした。けど四隅に投げてます。球速は140km弱ぐらいかと」
「ぽんぽんとストライクを取られたのに、最後も見逃したのはどうしてかな?」
「際どいコースだったっていうのもありますけど、三球ストレートだけのストライクとは思ってませんでした」
「そうだね」
国立も、この時点の西の判断はそれほど問題とは思わない。
しかし全く問題がないわけではない。
「皆も聞いてほしいけど、特に地方大会で白富東と戦った場合は、審判までもあちらの有利になる可能性が高い」
審判を疑え、というのは高校野球の監督にとっては当然のことだ。
「白富東は大阪光陰を倒し、全国制覇まであと一歩に迫ったスター集団だ。それにもかかわらず、野球特待生もいない公立校だ」
実際のところアレクは違うが。
「審判だって人間だから、そういったチームが日本一になってくれた方が嬉しい。これはもう、どうしようもないことだ」
審判を公正中立などと信じる方が、むしろ頭お花畑だろう。
「最後に際どいところでは、ストライクを取られる。それを頭に置いて、積極的に攻めていかないといけない。ただ逃げるだけでは、審判の印象が悪くなる」
そして白富東に負けたとしても、他の試合の審判として巡り合えば、今度は三里の応援をしてくれる可能性は高い。
なにしろ三里は、白富東と同じ公立高校だ。あの時は辛い審判をしてしまったな、とさえ思っているかもしれない。
今日の審判は白富東が出しているので、むしろ公正な方であろう。
単純に野球の技術だけでも、白富東には勝てない。
その他の部分もさらに勝てないのでは、まったく勝負にならない。
国立はそのあたり、現実主義者であった。
岩崎は軽く投げているが、抜いて投げているわけではない。
力を入れずにボールのキレを増す。そんな投球術を試している。
直史のいないこの試合は、岩崎にとって一つの試金石である。
大介もいないため、普段よりもピッチャーの重要度は高い。
二番の星にストレートを初めて当てられたが、ツーシームで内野ゴロに打ち取る。
三番に入っていた東橋も、ボール球を一つ使って三振に取った。
いよいよ白富東の攻撃である。
本日の先発も、一年の東橋。サウスポーは左打者に対して、相性はいいはずである。
しかしいきなり初球を、ライト前にあっさり運ばれた。
アレクにとって、先頭打者というのは、相手投手の様子を見るというものではない。そんなものは投球練習で確認すればいいのだ。
がつんと一発、いきなり食らわせる。
初球は見ていこうとか、そういったセオリーもない。
打てる球は打つ。それがアレクの野球なのだ。
二番には、本日は鬼塚。
相変わらずの金髪であるが、もう本人は平気の平左である。
あの金髪をどうにかしろとは、いまだに高野連の方にも散々苦情はあるらしいが、白富東の運営陣は完全に無視している。
ただ、成績も残さずに目立つ外見は、かっこ悪い。
だからこそと言うべきか、鬼塚はしっかりと結果を残している。
東橋のボールを見て、球筋を確認する。
そして甘く浮いた球を強振。
これは長打になるかと思われたセンター奥への打球だが、西が奇跡的なダイビングキャッチ。
(う~ん、この場面では無理したらダメなんだけどな)
誉めるべきか叱るべきか、贅沢な悩みを持つ国立である。
なお捕球体勢が完全に崩れていたので、一塁に戻っていたアレクは、二塁へのタッチアップを決めた。普通は塁間で判断すべきなのだが、ここは結果オーライであろう。
三番は佐藤武史。甲子園でのあの150kmの印象は強烈だが、打者としても恐ろしい。
白富東は今の二年にもビッグ4と呼ばれる選手がいるが、一番から三番までと、今日は四番に入っている倉田は、一年のビッグ4と言えるだろう。
武史も狙い球を打った。今度は右中間を抜けるかと思ったが、ここでまた西がスーパープレイを見せる。
キャッチアウトだが、またアレクはタッチアップして、三塁へ進む。
あと一歩西が遅ければ、既に二点を取られていてもおかしくはない状況。
しかしどうにかツーアウト。打者勝負が出来る。
そして本日スタメンキャッチャーの倉田。
(一番データは少ないけど、うちとの練習試合では打ってたなあ)
国立はサインを出す。歩かせてもいいので、特徴を掴めと。
いくら大介がいないとは言え、四番に入っている選手なのだ。秋に代打で当たるかもしれない。
外角のボール球には反応なし。かなり選球眼はいい。
ならばインコースはどうか?
そう考えて投げられたインハイに外れるボールを、倉田は強打した。
レフトフェンスの上、ネットに弾むホームラン。
かくして白富東が先制するのであった。
野球は投手で決まる、とも言われる。
国立もおおよそ同意だが、この言葉には補足するべき点が多くある。
野球は投手の運用で決まる、と言うべきだ。
スーパーエースを揃えたチームが、必ずしも勝つとは限らないのだ。
では上杉のような投手がいても、勝てるとは限らないのか、という反問はあるだろう。
国立は自信を持って答えられる。限らない、と。
実際に上杉を擁した春日山が敗北しているだけに、実例は挙げられる。
国立がなぜ東橋を先発に持って来るか。
理由は幾つかある。まず左腕というのが、はっきりと分かりやすい理由だろう。
左投手は三割り増し、という言葉まであるのだ。何が三割なのかは分からないが。
珍しい左腕投手は、そのボールのリリース角度が違うというだけで、右よりも有利なのだ。
二回の表、岩崎は古田に内野ゴロを打たれたが、続く二人を連続三振。
二イニングで三振が四つである。
そして二回裏、ここは大介がいないことで打力が落ちていたこともあり、ヒットを打たれたが無得点で終わる。
三回の表、下位打線にあえて変化球を使った岩崎は、あっさりと三人を三振に取り、自分の担当イニングを終えた。
そして三回の裏、白富東は二巡目の打順を迎える。
この回から、ピッチャーは星に代わる。
星の担当するのは、相手の打席の二巡目から六回までと、少し変則的になっている。
つまり東橋には、相手の一巡だけを任せているのだ。
ここに、投手で試合を決める余地がある。
左利きほどではないが、星も希少なアンダースローだ。
それもそこらの安易なアンダースローではない。星のアンダースローは、本物のアンダースローだ。
球速も変化球もそれほどではないが、かの渡辺俊介並の低い軌道からボールが来る。
二打席目のアレク。ピッチャー返しを星が超反射で捕球。
鬼塚と武史は、内野フライとなった。
三者凡退。
これこそが、効果的な投手の運用である。
白富東、頭脳陣は考える。
なぜ星を打てないのか。いや、アレクはかなりジャストミートしていたが。
アンダースローはそれだけでナチュラルな変化球投手であるが、鬼塚と武史が続いて内野フライというのが、よく分からない。
武史は変化球はなんでも打てるバッターだ。単なるアンダースローなら、直史の投げるものを打っている。
「まずリリースの位置が低いのがあるわね」
じっくりと見てまずシーナが言う。
「ナオのアンダースローも低いだろ?」
「ナオよりも最初からずっと低いの。それにナオのアンダーは基本、フェザーを投げるために特化したものでしょ?」
確かに、それはそうである。
直史はアンダーのみならずサイドから投げることすらあるが、特定の球種を投げるためのフォームである。
「あとホッシーの球は、とにかく遅い」
「ん……それはあるけど、想像以上に遅いよな」
「これって先発の子の、そこそこ速いストレートに慣れてると、タイミングが全然合わないわけよ」
「だからこその、サウスポーの先発、それと打者一巡なわけか」
とにかく性質の反対のピッチャーを交互に並べる。
それが三里の戦略ということか。
「ホッシーは回の途中、ピンチの場面でも平気で出てくるからなあ」
高校レベルの投手の継投は、普通回の変わり目と一緒か、打者がいない場面で行う。
自分で出したわけでもないランナーがいる状況で、相手を封じるというのは難しい。よほどの実力差があっても、ランナーを出した相手というのは、勢いがあるからだ。
そのあたりをどうにか出来るのは、完全に性格というか、一種の才能である。
行われている世界大会、直史はクローザーをしているが、普通ああいう役目は、精神的にタフな三年がやるものだ。
それでもちゃんとこなしてしまっているところが、佐藤直史という人間である。
ちなみに白富東では、マイペースなアレクと、鈍感な武史もリリーフ適正がある。
星の球は、その試合の中でも、ある程度慣れたら対処出来る。
一打席で対処するのは、さすがに難しいだろう。彼の球は軌道がおかしく、速度が遅い。
前に対戦した時よりも、ずっと遅くなっている。そこで時々それなりに速い球を投げてくるので、それが始末に終えない。
速い球と違って、タイミングさえあれば打てる。
だがそのタイミングがあっても、クリーンヒットにしないために、アンダースローがある。
夏の大会でも見せていたが、今はそれが徹底されている。
試合は続いていく。
四回からは白富東の投手はアレクに代わっている。
基本的にスライダーしか投げられない投手であり、かなり変則的ではある。
「うちが計算してやってることを、あっちはナチュラルにしてるんだよなあ」
国立も思わずうんざりである。
七球粘った後に西は内野ゴロで倒れた。
アレクのスライダーは130km台後半が出る。
一番球速の出るフォーシームが投げられるように調整したら、140kmのストレートが投げられる可能性は高い。
しかし今の、スライダーの変化量を調整し、コントロールのいいスタイルを捨てて、球速を追求する必要はないだろう。
アレクの本領は、外野の守備なのだ。上で野球をするなら、外野と決めている。
そんなアレクであるが、サウスポーでこの急速が出るという時点で、甲子園レベルでもエースである。
これが三番手以下で出てくるのだが、白富東は恐ろしい。
凡退が続く。
しかし星も白富東に対して、得点を許さない。
星は単打を打たれるが、アレクも四球を一つ出しただけで、緊迫した試合となってきた。
甲子園準優勝と、県ベスト4チームの対戦ということで、偵察に来ている学校も多い。
それらが思ったのは、白富東が白石大介を欠いているとは言え、三里が思ったよりもずっと健闘しているということだ。
守備がいい。そして投手の集中力が凄まじい。六回もランナー二三塁ながら、どうにかツーアウトまで持ってきた。
代打。
なぜかバットを持って出てきた女マネが、そのまま打席に入る。
「え? ちょっと待って」
練習試合ということもあるので、慌てて国立は審判というか打席へ向かう。
「女子が代打、ということでいいんだよね?」
「公式戦には出られないので、こういうところで出場しているわけですが?」
国立はやや混乱しながらも受け入れた。
バッテリーに対して、慎重にとのサインを出す。
一応データとして知っているが、前回の試合では出てこなかった。
名門鷺北シニアで、全国まで行った女子メンバー。
球威で押せるタイプのピッチャーならともかく、星とは相性が悪いかもしれない。
そしてそれは的中した。
甘くはないインローのコースを、前進守備の外野の頭を越えるところまで運ぶ。
ランナーが二人帰り、点差は四点へと拡大した。
星の担当イニングは六回まで。
そしてアレクの担当イニングも六回まで。
実戦では柔軟に対応するが、今日はセオリー通りに行く。
七回の表に登板するのは、佐藤武史。
兄が記録で目立っているが、本来はこの弟の方にこそ注目がいくべきだ。
一年生左腕の150kmなぞ、この先ずっと現れないかもしれない。
そんな武史であるが、今日は序盤から制球が苦しい。
いざとなればど真ん中に剛速球を投げて封じるのだが、ボール球が多い。
ツーアウトながら、四番の古田。
ここらでどうにか打っておかないと、継投でノーノーをやられる。
気合を入れて打席に入ったが、速い。
(真田並、なんだよな)
大阪大会の決勝、理聖舎を封じた大阪光陰の一年生。
彼は甲子園でも神奈川湘南を完封した。
今年の左の一年には、二人も化物がいる。
武史はただ、倉田のミットをめがけて投げる。
たったの三回のイニングなので、ペース配分は考えなくていい。
ひっそりと計測していた、古田へのストレートは本日最速の148km。
七回の表は、終わってみれば三者三振であった。
七回からマウンドに登った古田を、白富東は打ちあぐねた。
とにかく球が遅く、リリースポイントもおかしく、球の軌道がありえない投球の星に慣れていたため、実際よりも速く感じる。
それでもライトに下がっていた岩崎のソロホームランがあり、五点目を奪取する。
終わってみれば、その5-0のまま。
しかも白富東は継投ノーノー達成である。アレクが一つ、武史が二つ四球を出したが、古田の四打席目の前で試合は終了した。
なお武史は奪ったアウト九つのうち、八つが三振であった。
強い。
想像してはいたが、主力二人がおらずに、ここまで強いものなのか。
これで主砲がいたならば、少なくともあと二三点は取られていただろう。
つまり七回コールドレベルだ。
ここまで差があるのか。
いや、甲子園を経験して、さらに差が広がったのか?
試合後、顔見知りという気安さはあるので交流している両校の生徒であるが、三里の選手はどこか顔が硬い。
このチームと、夏は戦わなければいけない。
唯一弱点というか、奇妙な点は一つだけ。
監督だ。
安楽椅子型の監督とでも言うべきか、白富東の女性監督山手は、夏の終了後に監督を退いたという。
元々指揮官としてはそれほどの力量はなかったかもしれないが、そのデータ分析などでは頼りになっていたはずである。
今後、春にはまた新しい監督が来るらしいが、それまでは部長の高峰、選手の大田、マネージゃーの椎名が判断をするらしい。
(あんまり変わらないか)
そう思ってしまう国立である。
自分たちは確かに力をつけている。
それでもまだまだ及ばない。それを感じさせられた一戦であった。
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