102 ギルドと天丼


 

 




 三人を待ってる時間、私は庭へと走りニコラに頼まれたシンユ草を籠いっぱいに摘み取っていく。


 走ってきた私をチラチラと気にするそぶりの亜人達と何度か目があっても逸らされ、気になってはいる、だけど怖い。といった心情がうかがえて何ともいえない空気感が庭には漂っていた。

 けれどそこにあえて突っかかっていくことはせずに用事を済ませすぐに家へと戻り、シンユ草の詰まった籠に先日作った羊羹を入れてまたしてもニコラの元へ足を運んだ。


「ニコラさーん! 頼まれてきたもの持ってきましたよー!」

「ーー早かったな」


 先ほどの訪問とは違い先に顔を出したのはニコラで、その口の端にはあんこと思われる黒い物体がくっついている。ニコラの後ろではソーニャが悪戯っ子のようにクスクスと笑い、私も思わずその様子に吹き出して笑ってしまった。


「なんだいきなり!」

「いや、ニコラさんにも可愛いとこがあるんだなと思いまして! これは頼まれていたシンユ草とさっきのお菓子と同じもので作った羊羹というお菓子です。粒は潰してあるので滑らかですよ! よかったらどうぞ!」


 籠を手渡すとニコラは中身を確認し、そしてわずかに口の端を緩ませた。

 それはシンユ草のおかげが、はたまた羊羹があったからかは定かではないが、喜んでくれた事には変わりないだろう。


 また何かあったら連絡下さいとにっこりと笑って伝え、私は家へと戻りお茶を飲みながら三人が来るのをのんびりと待った。




 それから三人が私の元へ来たのは十分も経たないうちで、玄関の目の前に置いてあった荷車をみると少し驚いた表情と、呆れたような溜息が漏れた。

 ウィルは私を馬鹿にするかのようにこの程度の荷物も運べないのかと鼻で笑い、私をなぜだか崇拝しているデリアまでもが残念そうな目で私を見ている。


「私が君達よりひ弱なのは知ってると思ってたのだけど? 狩りだってまともにできない人間が荷車を引けるとでも?」

「まぁ、たしかに。今じゃ俺らの方が狩れるしな。ーーんで、どこまで運べばいいんだ?」

「商業ギルドまで! あ、その前に足りない食器を補充したいから雑貨屋までよろしくー!」


 足りない食器とは勿論、庭にいる亜人達のものである。

 ギルドで食事を作るという口実を有効に使い、大量に食器を購入するのだ。

 ギルド職員には食器は持参しろと言っているが他の人はそんなこと知らないし、食器を大量買いしても理由が理由で疑問にすら思われない。

 私が大量買いする理由のいい隠れ蓑になってくれ。




 街までは荷車を引いても三十分もかからず、私たちはギルドから一番近い雑貨屋へとまずは足を運んだ。荷車は邪魔にならないように端に寄せ、ウィルとセシルに番を頼んでデリアとともに店の中へ。

 これといって装飾にこだわる理由もないのでなるべく安く、頑丈な木の皿を大中小と各数十枚。 スプーンやフォークも数十セット。マグカップもこれまた数十個購入する事が出来た。

 店員にはやはり何に使うんだと聞かれたが、ギルドで働くんですと笑って答えれば何も追求されることない。

 ギルドで働くのは少し面倒だと思っていたが、時期的にちょうど良かったのかもしれない。


 雑貨屋からはギルドまで寄り道をせずに向かい、いつも通り受付にいるウーゴへ声をかける。すると店の奥を指さされ、好きに使えとウーゴはいい、小綺麗にされている調理場へと通された。

 そこにはフライパンや鍋といった調理器は勿論用意されていて、包丁はついさっき研いだかのようなものが準備されている。

 あまり使っていないと言っていたのに魔石の埋め込まれている簡易コンロ数台までも埃まみれになることはなく、綺麗な状態を維持していた。

 きっと誰かか掃除してくれたに違いない。



「ウェダが張り切って準備してたぜ。棚の中にも職員が持ち寄った食器類が入ってるし、奮発して新しい保冷庫も買ったらしいし使ってくれや。それと先に必要経費は渡しておく」

「ーーこんなに沢山! 贅沢なご飯をご所望で?」

「いんにゃ、どんなものを嬢ちゃんがどんくらい使うか分からないからな、多目に渡しとくってよ。下っ端な俺らからしたら安くて美味いのが助かる」

「了解しました! 孤児の分は実費からだしますのでご安心を、とマスターにお伝えください。ではまたお昼に会いましょう!」


 私がそう言ってにっこりと笑って見せるとウーゴも笑い、頼んだと片手を上げて持ち場へと戻っていった。

 誰かが準備してくれたとか思ったが、まさかウェダ自らしてくれたとは。何とも期待が重すぎる。


「さて、お昼までは時間がまだある。ウィルは裏口から荷車の上の食器以外を降ろしてここで待機、デリアは暇してるちびっ子二、三人連れてきて! セシルは私と買い出しね! 手伝ってくれる子分は私の奢りにするからよろしくー!」

「私がリズエッタさんと買い出しじゃダメなの!?」

「重いもの買うからセシルの方が都合いいんだよ! それにデリアの方が調理のうまい子ら連れてこれるでしょ?」


 だからお願いと笑いかけるとデリアは不満げながらも頷いてギルドを出て行った。

 その後を追うように私とセシルも市場へと足を向けた。


 一体何を作ろうと頭を悩ませながら市場を一通り眺め、折角調理から提供までが早く出来るのなら熱々で食べられるものを作ろうとまずは八百屋を目指し、そこで玉ねぎと人参、絹さやに似た野菜をまずは購入。

 次に魚屋でターシェンプ海老シルグ小魚カッピャルイカを購入した。

 シルグは黄色味がかかった鱗を持つキスに似ている小魚で、カッピャルは見た目は味もイカそのもの。

 名前こそ違うが調理方法も同じでいけるだろう。


 ほとんどの荷物をセシルに持たせてギルドに戻り、そのあとは調理開始だ。



 デリアに呼ばれてきた子らはまだ小さくも、野菜を洗ったり、食器を用意することはできる。包丁はまだ危なっかしいがこれもまた経験だと玉ねぎのみを切らせ、デリアにはちょっと硬めの人参を下処理してもらい、男ども二人には米を研がせて鍋にかけてもらおうと思ったのだが、ここで問題が発生した。

 私は兎も角、デリアもセシルもウィルも、水の出し方もコンロの使い方も知らなかったのだ!


「いつも川とか井戸から水汲んでたし、火を熾すのだって火打ち石を使ってたからな。魔石でどうにかできるって知ってたけど使う機会なんてなかったからなぁ、買う気もなかったし」

「むしろ魔石買う金あったら食いもんに使ってた!」

「…………まじか。とりあえずウーゴさん呼んでくる。これを機に魔石の使い方教えてもらいな?」


 精霊の花を使う私が言えたことじゃないが、魔石の使い方を知っておいた方が今後の為になるだろう。

 考えが甘かったとため息をつきながら受付にいるウーゴを呼び、コンロに火をつけてもらってからついでに三人に魔石の使い方もレクチャーしてもらう。

 一旦少なくなった水瓶にも水をもう一度溜めてもらい、これで水が不足する心配もなくなった。


 ウーゴもまさか使えない奴がいるとはと驚いていたが、こいつらは孤児だと説明すれば頷き納得していた。


「金に余裕ができたなら火と水の魔石は持っておけ。それだけで生活は楽になるぞ」

「あとで、買っておきます。その、ありがとう」


 今までは周りが教えてくれなかった、知ることのなかった情報を、改めて知ることのできたウィルは恥ずかしそうに頭を下げ、その姿にウーゴは気まずそうに目を背ける。

 多分それはここにいる大人達が、住民が、本当は彼らに教えなければいけなかったことだからだろう。


 私はないけど孤児達には当たり前のように魔力がある。それなのに魔石の使い方を知らないというのはそれを使う機会も権利も与えられなかったということだ。

 いつか死に逝く命として見捨てられていたから、目を背けられていたからだ。


 でもこれを機に魔石を買おうと考えが変わることなら、それはそれでいいことだろう。


「さてさて、魔石の使い方はわかったならさっさと米を炊く! 米の炊き方は"初めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いてもふた取るな"だよ! 間違っても途中で蓋を開けないように!」


 わからなくなったら聞けとだけ伝え、私はもう一つの鍋へ大量の油を投入して温めていく。

 油が温まる前にちびっ子とデリアが切った野菜を小麦粉と水で作ったコロモに混ぜておき、海鮮物も下処理して水を切り、一度小麦粉をまぶしたのちに同じくコロモをつける。

 

 箸で少しコロモを油に垂らし、すぐに浮き上がってくる温度になったら海産物を一つずつ投下。

 水分がジュワジュワと弾ける音と油の熱気。

 あまり火が通り過ぎないように短時間でザルにあげ余分な油分を落とす。野菜は大きめのスプーンでひと掬いずつ揚げていき、きつね色になったらざるへ上げる。

 この動作をひたすら続けた。


 全ての量を揚げ終えると次に甘だれ作りだ。

 持参した醤油とみりん、砂糖と、きのこでとった出汁を鍋へ入れて火にかけ、とろみが出るまでひたすら煮る。

 あとは出来上がった天ぷらに天つゆをくぐらせご飯に盛るだけなのだが、些かお昼には時間が早い。

 けれど早い分には孤児らもギルド職員も構わないだろうと、ちゃっちゃと用意させてもらった。


 ウィルとセシルが炊いたご飯はいつもよりおこげが多めだが、それもまた良し。

 孤児は一人二十ダイムで、職員には五十ダイムでの販売だ。金額にかなりの差があるが、孤児達の仕事は私を通してとっているものが大半だから、従業員価格とさせてもらおう。

 万が一文句を言う輩がいたとしても、事前にウェダから了承はとっている事だし反論はさせるつもりはない。


「ギルドの人には私が売るから、先にご飯食べちゃいな! そんで食べ終わったらいつもの所にいる子らをここの裏口まで案内して、二十ダイムで販売ね、よろしく!」


 本当は私もすぐさま天丼が食べたい。

 熱々の天丼を、サクサクぷりぷりの海老を頬張りたい。甘じょっぱいタレのかかった白いご飯をかっこみたい!

 でもそれが出来ないこの苦痛!


「リズエッタちゃん! その、ご飯はまだかしら!? 私もう早く食べたくてうずうずしているのだけれど!」

「ウェダだけじゃねぇ。職員が列をなして待ってるんだが、それもギルドを一旦閉めてな!」

「あーはいはい。一つ五十ダイムでの販売ですぅ! 余裕を持って二十人前は作ってありますが、残っても他者には売りません。これはお約束ですので破らないでくださいね! 破ったらもう作りませんからねー! 万が一残ったら職員の皆様で無理矢理にでも食べてください!」

「残すなんてしないわっ! だって私、二つは食べれる気がするもの!」


 意外と大食いなのよ!と胸を張るウェダに呆れながらも販売を開始し、用意した天丼はあっという間に完売することが出来た。

 今回用意した分はギリギリ足りたくらいで残りは一つ。その一つを取り合ってギルド職員が言い争いになっていたが、気にすることはしない。


 ようやく私が天丼を食べる頃には少しご飯が冷めていたが、それでも待ちに待ったご飯は美味しかった。

 ぷりぷりのターシェンプにふわふわの白身の

 シルグ。分厚い切り身にしたカッピャルはかみごたえ抜群。サクサクの衣をまとったかき揚げは玉ねぎの甘さが際立つも、そこに絡んだ甘ダレがより一層いい味を出している。

 そして最後に掻き込むのはタレのしみたご飯!

 白飯も最高だが、このタレだけでもご飯二杯はいけるだろう。


「──全くけしからん美味さだ! 後で家でも作ろーっと」


 なんて小声で言ったつもりだったのだがバッチリと周りに人間に聞き取られ、いたるところから狡いと合唱されたのであった。




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