101 隠した奇跡
「ニッコラさーん、おはようございまーす! 少々お願いしたい事があるのですがー!」
早朝、私は我が師と崇めるニコラの家の前に籠を持って大声をあげた。
私の声に気づき扉を開けてくれたのはニコラの妻ソーニャで、いつも通りに上品に笑っている。
朝方からすみませんと一度頭を下げお詫びをし、手に持っていた包みを手渡すと、ソーニャはそれを受け取りながらどうしたのと首を傾げた。
「あらあら、何か急用かしら?」
「急用ってわけではないのですが、折り入って頼みがありまして……。その、荷車なんてものがありましたら貸して欲しいのですが。それと、それは私が作ったお菓子でおはぎといいます。緑茶にあうので是非召し上がってください」
荷車を借りるための対価、といえばそうなるのだが、実際は私が食べたくて作っただけのもの。
ハンゴロシにしたもち米に甘く煮た小豆を包んだお菓子のようなご飯のような、そんな食べ物だが、きっとニコラもソーニャも食べたことの無いものであろう。
ちなみに私はつぶつぶ感が好きだからハンゴロシ派だが、人によってはミナゴロシが好きという人もいて作る人それぞれだ。
にっこりと笑うソーニャは待っていてねと室内へ戻り、ニコラの手を引いて私の前へすぐに現れた。やや不機嫌そうなニコラは何故荷車が必要なのかも私に問いかけ、私はそれに素直に答えを述べたのである。
「今度商業ギルドでご飯を作る事になりまして、その荷物を運びたいんです。鍋とかはあるみたいなんですけど調味料とかお米とかは私が使い慣れたものがいいので。それなりに代金も支払ってもらえるようなので、老後のために頑張ろうかと!」
「なぁにが老後だ、若造め! まぁ荷車ならもう使ってはおらんし納屋にあるのを好きに使え。ーーそれとシンユ草の在庫がもう少ない。頼んだぞ」
「了解です! あとオマケにお菓子でも詰めときますねー!」
しっしっと犬を払うように手を振るニコラに背を向け、家の側の納屋の中へと入り込む。
そこにあった荷車は私一人が入れそうなこぢんまりとしたもので、荷物を入れてもそれほど重くはならなそうな大きさだった。
その荷車を引きながら再度ソーニャと挨拶を交わして自宅へと戻ると事前に庭から運んでおいた米や、醤油や味噌といった調味料を荷車へと積み込んで行く。
野菜類は市場で買った方が無難だろうから持参することはせず、多めのお金の入ったお財布を首から下げて準備完了だ。
「フンッヌ! …………ひ弱な私には無理だった!」
街へと運ぶため荷車を引いてはみたがどうあがいても私の力で荷車が動くことはなく、瞬時に次の手を考える。と言っても行き着く先はいつも通りの孤児の利用で、扉をくぐって孤児達の元へ行きたまたま仕事がなかったセシル達へと声をかけた。
「セシル! 丁度いいところに! 依頼金出すから荷物の運搬頼んでいい? 大丈夫なら私の家に今すぐ来て欲しいんだけど?」
「ん、嗚呼。すぐに行ける!」
「そっか! じゃあ宜しく! 私は先に帰ってるから!」
「えっ、ちょっと待て!」
セシル達が来る前にニコラに頼まれた薬草を準備をしてしまおうと踵を返すと、何故だか焦った表情のウィルに腕を掴まれた。
その隣には嬉しそうに笑うデリアがいて、どうも様子がおかしい。
何か用があるのかと立ち止まりじっとウィルを見つめていると、彼らはにっこりと爽やかに笑って私にありがとうとそう言った。
「やっぱりリズエッタさんに頼ってよかった。 本当にありがとう!」
「その、なんだ。もうこんな頼みはしねぇ。でも本当に助かったから」
「ーーハイ? 何のこと?」
一方的に私にお礼を言う二人の言葉の意味が理解できない。
頼ったと、助かったと言われても私がつい最近何かをした記憶が全くないのだ。
故に眉をひそめて悩んでいるとセシルはホアンさんの事なのだけどと言葉を発し、そこで私は漸く彼らの行動の意味を知った。
けれどもそれでも納得はいかない。
だって私はホアンを助けた覚えはないのだから。
「あのさ、何か勘違いしてるんじゃない? 私はあれからホアンさんには会ってないし、直接何かをした覚えはないんだけど?」
だって最近はもっぱら庭に篭っていたし、こっちの家に来たのだって久々なのだ。
故に私はホアンに何かしてあげることなんてできはしないのだ。
「え、でも! ホアンさんの子が治ったって! 奇跡だって! リズエッタさんじゃないの!?」
「違うねぇ? 私は何にもしてないよ、本当に。だって私は君らに会ったのでさえ久しぶりで、何も預けてないでしょう? それに私がわざわざ行く理由もないし。嘘だと思うならホアンさんに私に会ったか聞いてみなよ。会ってないっていうからさ!」
「ーーじゃあ、何で治ったんだよ!」
「それこそ、奇跡なんじゃないの?」
神様が治してくれたんじゃない。
そう言って首を傾げてみると三人は顔を見合わせて、そして私の顔をまたみては挙動不審にワタワタと身体を動かした。
多分私が何かしたと思い込んでいたようで、下手すれば言うなとあれほど言ったのにホアンに伝えている可能性すらある。
「まさか、ホアンさんに何か言った? そんなことしてないよね?」
「っ言ってない! 何も! 本当に!」
「ちょっとウィルが言いかけたけどちゃんと黙らしたし!」
「ーーならいいけど。んじゃこの話は終わりで、早めに家に来てね? じゃないと今日のお昼が遅れるよー」
焦る三人を背に向け、私じゃないよと小さく呟く。
本当に、本当に。私じゃない。
作った実績はあるが、私はホアンにそれを渡してないし、所持すらしていない。
つまるところ何かをしたのはーー。
「ーースヴェン、かね」
あれだけ私を叱っておいて、持ち出すなど言っておいて、結局はスヴェン自身さえも己の好奇心を抑えきれなかったのだろう。
スヴェンがホアンにあれを渡したという証拠は今の所ないが、医師も薬師も匙を投げた難病が治ったというのならば、十中八九アレが原因だといえる。
私は私自身に奇跡が起こせるとも思っちゃいないし、万能薬なんてものを人間が作れなんて思っちゃいない。
でも私の庭にはそれを成せるものが育っているし、実際死んでさえいなきゃどうにでもなる結果は出ているわけで。
それに近しいものを作り出すことは可能なわけだ。
「うん、私は何もしていない、何も知らない。そういう事にしよう! 今回の責任は全てスヴェンになすりつけよーっと!」
最後の最後に好奇心に負けたのはスヴェンなのだから。
面倒ことはすべて
私はまだ守られる立場の子供。
ちょっと生意気で図々しいだけの子供。
世間の汚さを知らない幼気な子供。
そう自分にひたすら暗示をかけて、私はスヴェンの背に隠れる事をいつも通りに選んだ。
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