44 名前


 




 ヒエムスから家にたどり着くとまず始めにする事は奴が潜んでいないかの確認である。

 ティモによろしくと声をかけ、私は家から離れた場所でひっそりと身を潜めてティモの合図を待つのだ。

 家の周りをぐるりと一周し、奴が、ラルスがいない事を確認するとティモは私に見えるように頭上に両手を使って丸のサインを出し、私はそれを見てからホッと息をついて家に駆け寄った。


「今日はありがとうございました! また何かあったらお願いしてもいいですか?」


「嗚呼、勿論だ。 それに美味い飯の為でもあるしな」


 声を上げて笑うティモに少しここで待つように告げ、私一人家の中へと入る。そしてキッチンの上の棚から作り置きしておいたレーズン入りのパウンドケーキを取り出し切り分け、外で待っていたティモに手渡した。


「これ、よかったら食べてください。 おじいちゃんが帰って来るまでまだかかると思うんで……。 お礼のご飯はお三方揃ってからの方がいいですよね?」


「すまないな。 そうしてくれると助かる」


 一人で食うとどやされる、と少し困ったようにティモは笑い、家のドアの前に座って嬉しそうにパウンドケーキに食いついた。

 私はそんなティモに一礼して家の中へと戻り、買ってきた衣類を机の上に出して整理しはじめた。そしてその中で一番安かったもの一式を見つけ出すとそれらを私のベッドの上に運び、裁縫道具とセットで保管する。

 それらは時間が出来た時に一度バラして型紙として利用し、今後は家でも衣服を縫えるようにするのだ。

 何せ毎回毎回このような露出の高い衣類ばかり買ってられないし、彼女らに衣類を作れるような技術がつけば今後他の亜人達を全裸で連れてきても安心できる。布さえ買えば何に使うかは他者にはわからないし、うちには某ロリコンから納品されたザイデジュピネの糸が大量に保管されているのだ、それらをヒエムスで織ってもらい活用した方がいい。

 何せ意外と立派で高級品とされているものもあるのだが、ラルスのせいで糸は買い取ってもらえないし、けど私自身は織る事が出来ずに有り余っている。ならばうちにあるもので作った方が安上がりともいえよう。


 そのほかの衣類も麻袋に入れて保管し、私は次に料理へととりかかる。

 今回活躍するのはハウシュタットで大量買し、煮干しへと変身を遂げた小魚達だ。

 頭とハラワタをとりだし、フライパンで炒った後に身を割いて昆布とともに三十分ほどで水につけ、その間に季節感無視の南瓜を切り鍋に醤油、酒、みりん、砂糖を入れて煮詰めていく。

 そしてお味噌汁用のネギと卵も準備しておいた。

 味噌汁にご飯はつきものだと白米を準備するのも抜かりない。


 はじめチョロチョロ中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火を止めて、赤子泣いても蓋とるな。


 昔の人間はなんとも面白い歌詞を作ってくれたものだ。だがこれで大体は米が炊けるのだから、とてもいい言い回しなのだろう。


 ファングの細切れ肉と細切りにした大根をごま油をひいたフライパンで炒め、醤油と酒、水と砂糖と煮る炒め煮をもう一品のおかずとし、最後にほんの少しの唐辛子でアクセント。菜箸で大根を一つ掴み味見をしてみれば、お肉の味がよく染みて唐辛子のピリ辛さが酒のつまみにでもなりそうだ。


「うまー! ーーって事でレドもいかが?」


 そっと裏口から家の中に入ってきたレドに菜箸を向ければパクリと食らいつき、ハフハフと息を吐きながら美味いと呟いた。


「なんで裏口からーーーーって、表にティモさんがいるからか」


「ハイ、そっちはヨハネスさんが相手をしてくれています」


 成る程とうなずきながら私は水につけておいた煮干しを火にかけ、煮立つ前に昆布を取り出し弱火で煮干しのみを煮ていった。

 その間にレドには九人分のお茶碗と大皿を用意してもらい、そのうち四つのさらに炒め煮と南瓜の煮付けを盛り付けてもらう。


 煮干しを取り出し、代わりに味噌汁の具となるネギを入れ味噌を溶かし、火から上げてから卵を入れて蓋をする。その後火の調節をしてもう一度火にかけた。


 出汁ガラとなった煮干しは個別に鍋に移して、おつまみ用に煮干しの佃煮へと早変わりだ。


「さて、あとはご飯をよそって、味噌汁を注ぐだけなのだけれども……、私達だけ先にご飯にしようか! どうせ大人どもは飲んべぇになるんだし」


 レドに四人分のご飯と味噌汁の準備を任せ、私は外にいる祖父とティモの元へかけ寄り先に食べてるよと声をかけた。

 祖父は了解したと頭を縦に振り、ティモは腹を鳴らせながら彼奴ら遅いなと苦笑いをする。それに向かってお先ですと再度声をかけ、室内で待つお盆を持つレドとともに、私は庭へと続く扉を開いたのである。


「さぁ、ご飯のじかんだよー!」


 大きな声でそう叫ぶと木の陰からちょこんと美女二人が顔を出した。

 テーブルの上に置かれていく料理を目で追いながら、グゥとお腹を鳴らしながらも彼女らは此方に近づこうとはしない。


「ついでに服も持ってきたから、一度こっちにいらっしゃい!」


 先ほどより大きな声で叫べば二人は顔を見合わせ、そのうち一人が私のもとへとやってきた。彼女は先日、私の作ったケーキを美味しそうに食べた蛇型の美人だ。


 どうぞと衣類の詰まった袋を渡し、それを受け取ったは彼女はゆっくりと頭を下げる。そして一言、ありがとうと口にした。


「ーーこれは私たちのために準備してくれたのかしら」


「そうだよ。 うちは男が多いからそんな格好でいさせられない。 もし他に必要なものがあったらレドでも私でもいいから言って、準備するから」


 見かけは女だし、女性特有のものもあるだろうしと付け加えれば確かにそうだけれどもと腑に落ちない顔をする。

 何が気にくわないんだと問いただすと、何故私が奴隷である彼女らにそこまで気を使うのかが分からないのだと、彼女は首を横に振ったのである。


「それはただ単に、私が見てるのが嫌だからだよ。 私が綺麗な服を着て美味しいものを食べてるのに、すぐ隣に汚くてお粗末なものを食べてる奴がいたら気分が良くないもの。 それに美人が綺麗な格好して美味しそうに食べる姿はある意味芸術だと思うけど?」


「ーーそう、本当に、おかしな娘」


 私にとってレドが犬のように可愛いのと同じで、彼女らは亜人だろうが人だろうが美人なのだ、目の保養になる。それになにより汚い姿で病気になられるのも、栄養失調で倒れられても困るのだ。


「おかしな娘で悪かったね。 でもまぁそんな事はさておき、ご飯でもたべよう。 冷めちゃうからね、そっちの美人さんも呼んでおいで」


「ーーええ、そうするわ。 それと私のことはパメラと呼んで。 あっちはシャンタル」


「ーーパメラとシャンタルだね、分かったよ」


 よろしくと、声をかけることはない。

 それは彼女の瞳がわたしをまだ疑っていたからだ。

 私に背を向ける彼女、パメラはそこそこ今の現状を理解しているのだろう。だからこそ無駄に敵意をむき出しにすることはない。

 もしここ来たのがパメラのような子ではなく、私達にあらかさまに敵意を向けているシャンタルのような子だけだったら一生かかっても和解する事は難しかったのかもしれない。


「次来る子はもうちょっと弱い子だといいなぁ」


 そんな自分本位な思いは風にかき消され、その場に残ったのは美味しそうな料理の香りだけであった。




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