33 亀


 




 バキバキ、グギギ、グゴゴゴゴ。

 この擬音だけで私が何をしているか分かるひとは凄いと思う。


 何を隠そう私は今、亀を捌いているのである。



 事の始まりは四時間程前、カールがボアヘルト(ツノの大きな鹿)を発見した事だ。

 旅路の途中に獲物を見つけた場合は狩り、それを夕飯や朝食用にすることが暗黙の了解となっている。ボアヘルトはそこまで大柄の動物ではなく、そこまで捌くのに時間はかからないだろう。

 荷馬車にティモもクヌートを残したカールはスヴェンに断りを入れ、足早に森の奥へボアヘルトを追っていった。

 カールがいないうちは馬車の進みを止めて近場の木陰で馬達を休め、旅路が遅れるという心配はない。馬達にも休憩は必要なのだ。

 スヴェンは馬達に与える水を魔法で出し、それに続いてティモも真似る。

 あれから五日は経ったが精霊から花をもらえる事はなく、詠唱の短文かも出来ていない。当たり前だと言えば当たり前だが、いい歳の筋肉まみれのおっさんが悲しそうな顔をするのは視界の暴力だ。


 のんびりと休憩を取る事約一時間、ドライフルーツを食べていた私達の元へ小柄なボアヘルトを抱えたカールが戻り、それから解体へと移った。

 本当は吊るした方が解体しやすいのだがそんな設備は道中になく、荷台に置いてあった板を草むらに敷きそこにボアヘルトを乗せる。食肉用にする過程としてカール達には絶対に血抜きを怠るなと注意しておいたため、首元には深い切り後があり、ちゃんと実行してくれたことに安堵の息がもれた。


「アルノー、水ー」


 魔法で出してもらった水で毛皮についた泥やダニを落とし、身体を仰向けにし開腹して行く。

 この作業をしてくれるのは力持ちのおっさん方で、一応私に気を使ってくれてるらしい。

 まあ、彼らの食い扶持になるのだから手伝ってもらわなければ困るのだけども。


 内臓をかき出す際も傷をつけぬ様注意を払い、私は肝臓や心臓を今日のご飯用に切り分け、カールとティモは他の部位の切り分けをしていく。

 子供の私目線で動物の解体を見ていると、いつも私もアルノーがパパッとやってしまうのに疑問を感じてしまうくらいの行動だ。

 背骨を割くなんて大人だって力がいるのに、アルノーはパッキンと割っているのだからやはりアルノーは人一倍庭の影響を受けているといっても良いのだろう。


 捌ききったボアヘルトの皮や食べない部分の内臓、骨は地面に掘った穴に埋め入れ他の動物に荒らされない様にすることも忘れない。


 食べようと思えば生肉やレバーも食べられないこともないが野生で育った動物のものだ。私はそれを加熱しないで食べようとは思っていない。家畜されていたものなら食べるけど、偏見だと思うが寄生虫とか野生動物は持ってそうで怖いのだ。


 とりあえずレバーはニンニクを入れたしぐれ煮を作って、肉は普通に焼いてもいいだろう。心臓はニンニクオイルで炒めればいい。

 となると今日は飯を炊くべきか。


 夕食まで時間があるししぐれ煮の準備と調理を荷馬車でしつつ、夕飯終わりに生肉の加工。加工といったって塩を塗り込むかオイルにつけるかしか出来ないし、そう長持ちする事がないのが現状だ。

 明日明後日には完璧に食さないと腹を下す可能性がある。


 綺麗に手を洗い荷馬車に乗り込み、アルノーに魔法を使ってもらいながら鍋の中にレバーとニンニク、乾燥生姜をいれ、醤油と酒みりん砂糖で煮詰めていく。

 なぜ荷台で調理ができるかと言えばサラマンダーに助けてもらってるからとしか言いようがないが、彼らは燃やす燃やさないの区別までできる様で、その仕組みを切実に教えて欲しいと思っている。


 調理をしている最中ふとカール達に視線を向ければティモと顔を合わせニヤリと笑い、一つの麻袋を手渡していた。

 あれは何だろうとじっと目を凝らしてみるとその袋はもぞもぞと動き、生き物が入っていることが見てとれる。


「カールさん、ティモさん。 それなぁに?」


 私にも見せてとお願いをすれば麻袋を今度は私にも手渡し、驚くなよと笑った。

 閉じられていた袋を開いてみればヒュンと私の頬に水の塊がかすり、私はびっくりして袋を荷台にゴロンと落とした。するとその中からのそのそと萌黄色の甲羅を持つカメが現れたのだ。


「こいつはアーグァタルタル。 水の魔法を使う魔獣だ」


「ーー魔獣?」


 魔獣とはその名の通り魔法を使う獣だ。古書から読み取るに進化の過程で妖精を喰ったものだけが魔獣となり存在し、その獣から取れるのが魔石である。魔石にも二種類あり、自然に取り込まれ結晶となったものも魔石と呼びこちらの方が価値のあるものとされている。


「ソロソロ魔石が壊れそうでな。 そんで次に買うやつの繋ぎとして小ぶりで簡単に狩れる此奴から頂こうと思ってな」


「へぇ、そうなんですか。 ーーで、どう食べればいいんですか?」


「へ?」


 魔力のかけらも無い私にとって魔石とは綺麗な石だ。故に考えることと言えば食べることのみ。


 どう調理すれば美味しいの? オススメはある?とにっこりと笑ってカールに聞けば、ピクピクとこめかみを動かし引きつった顔で食わねぇよと私に告げた。

 けれどもその言葉に私が満足する事はないのだ。


「んじゃ、私が調理してもいいですよねぇ。 カメ料理、食べて見たかったんだぁ」


 泥臭いと言われている亀だが鳥に似た味とも豚肉に似た食感だとも聞いた覚えがある。

 ふふんと鼻歌を歌いながらカメ料理カメ料理と呟き、アルノーに出してもらった水の球に亀、もといアーグァタルタルを放り投げた。

 よく考えればタルタルソースが食べたくなる名前だと思うが、今はまだ頭の隅に追いやっておくとしよう。


「いや! ボアヘルトもあるしそれを食わなくてもいいだろぉ!」


 声を荒げるティモに私が食べたいから食べるだけで、みんなに強制はしないと約束を取り付けた。


 そしてウキウキとして待つ事四時間、ついに私は亀に手を伸ばしたのである。


「スッヴェーン! しぐれ煮作ってあるからそれ食べてね? あと肉は好きに焼いて、ごはんはもうちょいで炊けるはずだからそれ食べて。 私はちょっと亀捌いてくるわ!」



 あからさまに嫌な顔したスヴェンを無視してアーグァタルタルを自ら取り出し、一人みんなと離れた場所で行動を開始する。

 捌いたことのない亀だけども今の私なら苦悩することなくできるだろう。


「許せ、タルタル。 なるべく美味しく作ってやる!」


 包丁を掲げスパンと首を切り落とし血抜きをし、エンペラと甲羅の境目に刃先を入れぐるりと一周。最中奇妙な音がしたが気になどしない。


 切れ目を入れた所から甲羅をパカリと外し、そのあとは鹿にした様に内臓を傷つけない様に取り出し部位ごとに切り分けていく。

 皮は臭みがあるといけないから今回は捨てて、残ったのはほんの少しの肉のみだった。


 それを一度水炊きし灰汁を抜き、昆布と椎茸で入れだしをとったお鍋へ入れてグツグツと煮る。あとは味付けに醤油とみりん、乾燥生姜を入れて簡易亀汁の出来上がりである。


「ヤッホーイ! 亀汁じゃあー!」


 鍋を抱えみんなと元へ戻り、驚愕の表情を浮かべているカールの手に水色の魔石をコロンと転がす。


「魔石ってこれであってます?」


「あ、嗚呼……」


 引いた表情をするカールをよそに私は炊きたてのご飯と亀汁で夕飯をとった。

 パクリと含んだ亀肉はやはり鶏肉と似た様な味をしていて、淡白な味わいと言えるだろう。生姜の味がいいアクセントになっていておじやにしても美味しいスープだ。


 きっとアーグァタルタルが水魔法を使う魔獣だからそれほど泥臭くなく草臭くもないのだと私は考えるが、その真意を知る術など私は持ち合わせていない。


 ズズっとスープを啜りあったかいごはんを口に放り込み、またスープを啜る。願わくばネギと卵があればもっと良い。ここにないのが残念だ。


「ーー嬢ちゃん、俺にも少しくれるか?」


「ん? いいですよー」


 物欲しそうにしていたクヌートに少し亀汁を分けてあげれば一気にそれを食し、いつものように項垂れる。

 このごはん後の項垂れ風景は三日で慣れた。


「どうして嬢ちゃんが作る料理はうまいんだろうなぁ」


「それは調味料が豊富だからですよ」


 ニンニクも椎茸も昆布も生姜も、使えばより一層ごはんは美味しくなるし肉や魚の生臭さをとってくれる。それなのになぜここの住人は素材そのままで勝負するのか私には訳がわからない。


 でもまあ、メシマズだった私が言えたことではないだろう。


「アーグァタルタルってこんな美味かったのかぁ」


「亀は基本美味しいらしいですよ」


 誰情報だよと問われれば神様情報だとしか答えられないが、これはこれでいい刺激になるだろう。

 是非とも今後は魔石だけではなく身も食していただきたいものである。




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