32 精霊
「リズとー!」
「アルノーの!」
「三分間じゃないクッキングー! パフパフゥ」
紅い空が段々と紺青に変わっていく風景を見ながら私とアルノーは調理にかかる。
今日の夕ご飯は簡単なもので、尚且つ普通の商人が食べているものを前提で作っていく。それでも”普通”とは違うものが出来るのは当たり前だと言えるのだが。
庭産干し肉と干しきのこを使用した簡単すいとんと、パンにピクルスと焼いたベーコン、チーズをはさんだサンドイッチ。炭水化物と炭水化物だが気にしない。
デザートにはレモンの蜂蜜漬けだ。
男どものおつまみにそのまんまのジャーキーを出しておいたし文句は言わないだろう。
この世界に時間魔法だの収納魔法だのがあればよかったのだがそんな便利な魔法は存在せず、スヴェンに尋ねた時は頭がいかれたのかと心配されたのはいい思い出だ。
旅路の始めは傷みやすい生野菜を使った料理
を作り、後半はピクルス等の酢漬けやキノコの塩漬け、ドライトマトのオイル漬けなど保存に適したものを使っての料理をするしかないだろう。途中狩りが成功した時に限り大盛り肉焼きや、それに伴ってご飯を炊いてもいいかもしれない。
その時その時に工夫していかないとすぐに飽きそうで怖いのが難点だ。
「さて、ご飯にするよー」
大声で彼らを呼びアルノーと二人でスープをよそって渡そうとしたが、食事中も護衛はするらしく最初にティモ、その次がカールで最後がクヌートの順番で食べるそうだ。
ならばしょうがないと焚き火をしているスヴェンの隣を陣取り、いただきますの合図で食事を始めた。
家で食べるご飯と違い少し味気ない感じもするが不味くはない。
モグモグと当たり前の様に美味しいねと呟きながら食べていると、目の前にいたティモが目を見開いてすいとんの入ったお椀を凝視している。
口に合わなかったのかと声を掛けると、今度は驚いた様に私の顔とお椀を何度も何度も確認しオドオドと口を開いた。
「あのよぉ、別に気を使わなくていいんだぞ?」
「はい?」
「無理にこんな飯作らなくても、俺等はちゃんと仕事するから」
全くもって、意味不明である。
こんな飯という事は私の作った夕ご飯に問題があるのは一目瞭然なのだか、それと仕事がどう関係するのか訳がわからない。
頭にクエスチョンマークを浮かべていると隣に座って黙々と食べていたスヴェンが気にするなとティモに声を掛けた。
「こいつ等にとってはこれが普通なんすよ。 気にしないで食ってください」
「いや、でもよ」
「アルノー、この飯は普通だよな?」
「んー、いつもの方が美味しいと思うけど」
私を含めない会話に若干不機嫌になるも、別にティモも不味くて文句を垂れている訳ではないと分かる。不味かったらもっと違う言葉で言うはずだ。
項垂れるティモに食え食えとスヴェンは勧め、眉間にシワを寄せながらもティモはどんどん口へと運んでいく。
そんな姿をちらちらと確認しながら私もすいとんを啜り、食べ終えてひと段落したところで今度はカールの分の食事をよそったのだ。
するとカールもカールで眉間にシワを寄せ私やスヴェンに食べてもいいものなのかと問い、またさっきの様なやりとりが始まった。前回のティモと違うところは彼もその会話に少し加わり、二人揃って怪訝な顔をしたところだろうか。
二度あることは三度ある。
その言葉を肯定するかの様に最後に夕食を食べたクヌートさえも同様の質疑応答を繰り返し、結局のところ三人に怪訝な顔をされ初日の夕食を終えたのである。
三人の反応はどういった意味であったかは謎のままだが、とりあえずいま私がすべき行動はただ一つ。
洗い物だ。
少し離れたところで話し込む四人を他所に私とアルノーは使い終わった食器を一箇所に集め、そしていつもの様にアルノーに魔法を使ってもらう。
「ナーガン、サラマンド。 お湯の球を作って」
詠唱とは言えない詠唱だが、これで大体伝わる。
水の精ナーガンと火の精サラマンドの力を借りて空中にお湯の球を出現させその中に食器をポイポイと投げ入れ、ついでにスヴェンが買ってきてくれたお高い石鹸を一欠片投入。
「ナーガン、ぐるぐる回って」
アルノーの声に反応してお湯の球の中で食器は回り、洗濯機の中の様だ。
汚れがとれたところでもう一度ナーガンに頼み水洗いをし、次に風の精シルフィに頼んで乾燥させて完了。
「ありがとう、助かったよ」
お礼を言うとふわりと風が舞い、まるで精霊がどういたしましてといっている様に感じる。
今日も寝る前にビスケットかクッキーを献上して私からもお礼としよう。
フンフンと鼻歌を歌いながら食器を袋の中にしまっていると後ろから肩を掴まれ、無理矢理にそちら側を向かされた。
あまりにも一瞬だった為なにが起こったか理解するのに数秒かかったが、目の前にキラキラと瞳を煌めかせたカールの出現に驚愕するしかない。
力いっぱい私を揺らしどうやったと詰め寄る姿の向こうにニヤニヤと笑うスヴェンを見つけるも助ける事はなく、近くにいたアルノーに視線を向けるとそちらもそちらでクヌートに詰め寄られている。
どうしたものかと首を傾げるもカールはひたすらあれは何だと、どうやったと言葉を繰り返すばかりだった。
「あの魔法はなんだ? どうやった!」
「嗚呼、あれのことですか!」
魔法という言葉でようやくカール達の言っている事を理解し、私は躊躇なく弟の自慢を始めた?
「アルノーは精霊達と仲良しなんですよ! だからあんな雑な詠唱でも力を貸してくれるんです! 凄いでしょ? アルノー凄いでしょ! それになによりアルノーはちゃんとお礼も出来る子なんです。そりゃ精霊達も力を貸しちゃうはずですよ! 信頼関係って大事で、しらない人間より自分達と仲良くしてくれる人を選ぶのは当たり前と言っちゃ当たり前だといえるでしょう! すなわち精霊と信頼関係を築けたアルノーは凄いと思いません?」
「お、おう」
饒舌な私にカールは若干引き気味だったが話はきちんと聞いており、精霊との信頼関係とはなんぞやと問いかけ私はそれに答える。
「例えば私とカールさんの間には依頼主とそれを受けた人という関係があります。 互いに目的を完遂するためにここにいますが、関わりを持たず干渉をもたずにいたらいざという時にきちんと対処出来るかわかりません。 故に私達はあなた方と仲良く、短期間であれど信頼関係を築いておいた方がいいですね?」
「んまぁ、その方がいいかもな」
「となると、それは精霊達も同じで、ただ単に詠唱を唱える人間と精霊を敬い信頼関係を築いている人間の方が融通を利かせてくれると思いません?」
だから精霊達に名前をつけて呼んでいるアルノーは詠唱が短文でも悲惨でも、その言葉の意味を読み取って彼らは動いてくれているのだ。きっと今までの常識に囚われている人間には理解出来ない事柄だろうが、柔軟な脳と思考を持ち備えている子供のアルノーは私の考えを当たり前の様に実行し、ここまでに至ったのである。
「信頼関係を築く事は時間をかければカールさん達にも出来ると思いますよ? なにせスヴェンはアルノーには劣るけど出来ますし」
「ほんとか! 是非教えてくれ!」
「いいですよー」
にっこりと笑って握手を交わし、荷台にある私の鞄からクッキーを三枚取り出して一人一枚ずつ渡す。
キョトンする彼らにお供えものだと伝え、私が日々やる行動を本日は野外で行った。
「精霊さん精霊さん! 是非アルノーと私とスヴェンと仲良くしてください! そして彼らとも仲良くしてくださいな」
私の後に続きアルノーとスヴェンも同じ事をし、そしてそれを見た彼らも戸惑いながら精霊達にもお供えものという名の貢物を捧げていく。
きっと明日の朝にはクッキーは消えていて、仲良くしてくれるのならば花が添えられているだろうがそんな簡単にいくとは思っていない。スヴェンでさえ花が返ってくるのに一週間はかかったのだ、それくらいは見てもらわなければ。
「ほんとにこんな事でいいのか?」
「直ぐにとは言えませんが、きっと精霊達は仲良くしてくれますよ」
この言葉を嘘にはしたくないので、グルムンドまたはエスターに帰るまでに花が返ってくる事を願うばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます