30 梅酒


 



 成人の儀が終わってからというもの、私は殆ど庭に籠っている。

 その理由は他でもないラルスのせいだ。

 呼んでもいないのに連日家までやってきて求婚していき、しびれをきらした私は遂に庭に閉じ籠ったのである。


 庭に引きこもるならとことん仕事と梅酒作りに没頭してやろうと、私は家族を全員呼びあつめ、行動を開始したのだ。



 青梅を集め洗い灰汁を抜き、樽に放り込むこと十二樽。そこまで大きな樽ではないが私達家族で消費するには多い量だ。

 何故それ程の量を作るのかと問われれば作りたい梅酒が四種類あるからだと答えよう。


 一つはホワイトリカー(と思われる焼酎)で漬けたノーマル梅酒。

 一つはウィスキーで漬けた梅酒。

 一つはブランデーで漬けた梅酒。

 最後に私の大本命、ブランデーと蜂蜜で漬けた梅酒。


 それぞれ三樽ずつ漬ける日数を三日、半年後、一年と分ける為計十二樽になったわけだ。

 梅酒を作る過程で祖父とスヴェンの強い希望で保存食にむいている梅干しも作る事になったが私は梅干しが苦手だから味見はできないし、どんな物が美味しいかわからない。けれども目指すは頂点、百年漬けたと言われる最高に美味しい梅干しを目指していこうと思っている。梅酒と違って完熟梅を使うようだから、取り敢えず今は梅酒のみに絞っての行動だ。


 梅酒となる酒を絞るのは一苦労だが酒のためか祖父もスヴェンもレドも大いに働き、ついでにと普段飲む用にかなりの酒も搾り取っている。私も最初は絞り作業をしていたのだが体がアルコールに反応してまだら模様になったりクラクラと目眩がしたりと、アルコールに弱い反応が出たゆえに青梅のヘタ取りに回り、一人で作業するのは寂しいので必然的にアルノーも私と一緒にヘタを取る作業に加わった。なんだかんだで総動員で梅酒作りにあたっているのである。


 ホワイトリカーは梅以外の林檎や檸檬、パイナップルやキウイ、その他果物でもお酒は作れるし時間が作れたら手を出してもいいかもしれない。変わり種で椎茸酒や胡椒酒もやろうと思えばできるが味がわからないし、取り敢えず保留としておこう。


 氷砂糖と酒を入れた樽と砂糖の代わりに蜂蜜と酒を入れた樽は分かりやすいように違う場所に保管し待つ事三日、やはりというべきか梅酒は完成した。そしてついでに梅干しを作りたいと願ったからか先日まで青かった梅の実は薄黄色になっており、梅干し作りを開始する羽目になったのはいうまでもない。


 梅を漬ける樽は熱湯消毒とアルコール消毒をし、綺麗に洗った梅の水分を拭き取りヘタを取る。梅の重さの五分の一ほどの塩と交互に樽に詰めて重石をのせ放置。三日経って梅酢が上がってきたら重石を減らしてまた放置。

 基本的に放置プレイで出来るような気がするがそれは庭クオリティとでも言っておこうか。

 あとは天日干しを三日ほどして梅干しは完成なのだが、私が苦手な梅干しの方が手間がかかって腹がたつ。


 腹がたつついでに塩分を下げて糖分、蜂蜜を加えた梅干しを作り、領主への貢物と言う名の賄賂も作成してみた。

 梅干し自体には疲労回復、整腸作用、動脈硬化予防にいいらしいが私のようにあの酸っぱさが苦手な人もいるわけで、甘くて食べやすい蜂蜜梅干しを好む人もいる。何よりここでは私の常識より甘味物が少ない。故に蜂蜜梅干しは重要視され賄賂として充分に役立つはずだ。領主の腹を掴んで仕舞えばこっちのもんで、亜人はより優先的に回してもらえるだろう。もっと本音を言うのならば今のうちに媚び売っていざという時の後ろ盾になってもらいたいのである。



 さて、この梅干しと梅酒の出来を確かめるために本日の食卓に上がったのはルクルーの胸肉ときゅうりの梅肉和え、ササミ梅チーズフライとその他私が食べられるチーズフライとファンクカツ。千切りキャベツをお供にそえて大好きなご飯でいただく定食風メニュー。もちろん豚汁、浅漬け付きだ。

 祖父とスヴェン、レドには梅干しを入れた焼酎を、私とアルノーは利き酒程度の四種の梅酒とフルーツジュースを用意しておいた。


 祖父たちは梅肉を使った料理を文句を言わずガツガツ食べているところを見ると酸味や塩加減に特に問題がないと感じるが、レドは少し梅を苦手だと思ったのか私のお皿にチラチラと視線をおくってくる。

 その姿がまるでおねだりをしてくる犬に思えてノーマルのチーズフライを揚げ与えれば、レドは嬉しそうにブンブンと尻尾を振った。



 はてさて、私は皆んなが食事を楽しんでいるうちにひっそりと試飲を始め、まずはホワイトリカーで漬けたノーマル梅酒を口に含む。

 ホワイトリカー自体が無味無臭だからかスッキリとした味わいだが、アルコールの匂いはきつい。味は梅の風味がちゃんと出てはいるが可もなく不可もないありきたりな梅酒のと言ってもいいだろう。


 一度水で口をすすぎ、次に飲むのはウィスキーで漬けた梅酒だ。

 使用したウィスキーがナッツ系の香りがしたものだったが、そこに梅の風味が加わって大人っぽい味、と言うべきか。まぁ、悪くはない。


 再度口をすすぎ、次はブランデーで漬けた梅酒。私が好きな梅酒はブランデーで漬けたものだったからそこそこ期待していたが、深みがあって美味しい。もともとブランデーも果実から作られているお酒だし梅酒にしても合うのだろう。


 そして最後に大本命、ブランデーと蜂蜜で漬けた梅酒を試飲だ。

 蜂蜜のコクとブランデーのフルーツの香り、梅の風味が合わさって至高の一品だといえよう。このねっとりとした甘さを私は求めていたのだよ。嗚呼、ここにバニラアイスがないのが悔やまれる。

 ならば私が今すべきことはただ一つだ。


「アルノー君、学校に行ったらまず氷の魔法を使える人を探しなさい。 そしてそのつてで氷の精霊さんと仲良くするのです」


「氷? わかったけど何で?」


「美味しいおやつのために!」


 音を立ててテーブルを叩き、アイスを食べたいかと叫べばつられて周りも食べたいと叫び、私はアイスがいかに素晴らしいか熱弁した。

 暑い日に食べるアイスも寒い日に食べるアイスもどちらもいい。そして梅酒をかけて食べるアイスは尚更いいのである。

 途中熱く蜂蜜ブランデー梅酒について語ったからかスヴェンは私に隠れるように黙ってそれを飲み、その甘さに驚いてわたしの頭を小突いた。


「何つーもんをお前はまた作って! 蜂蜜は貴重だって言っただろうが!」


「家で飲むだけだもん! 私のだもん! 他人にあげないもん!」


 断じて梅酒は売り物ではない。酒だけでつけるなら兎も角、ふんだんに砂糖を使っているものを早々売る気は私にはないし、売ったとしても誰かに取り入る為だけだ。

 そして何より大好物の蜂蜜は家の外に出す気すらない。

 結果、蜂蜜を使った梅酒は私のものなのだ。


「お、お嬢。 俺にも少し……」


「レドにはあげるよ! 一緒に作ろうね!」



 私を始め家に住んでいるもの達は皆甘党と言っても過言ではないだろう。それ故にいつもこうして蜂蜜議論やメイプル議論が度々起こるが、甘い蜜を吸えるのは私に従順なレドか大好きなアルノーで、口煩いスヴェンの元へはなかなか入らないのだ。


「アルノーの荷物にも少しだけ梅酒と蜂蜜は入れといてあげるね」



 そう私がアルノーに声をかけると寂しそうにアルノーは笑い、ありがとうとか細い声で答えた。




 アルノーが家に居られるのは、あと四日しかないのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る