29 拒絶


 



 この人は何を言っているのだろうか。


 ぞわりと背筋が凍るほど気持ちが悪い。


 当たり前のように私を見つめてはにかむラルスも微笑ましそうにそれを見ている住人達も不気味で、まるでそれが当たり前のように村長のエーリヒは手を叩き祝福している。


 こいつは今なんていった?

 結婚? 冗談じゃない!


 力任せにラルスを引き剥がし、そしてボディーを力一杯殴る。

 まさか殴られると思っていなかったラルスはそれを避けることはできず、力一杯の私のパンチは綺麗に決まった。肉体から聞こえる鈍い音とラルスの口から吐き出される空気のなんて無様なこと。

 しかし此処で止まる私ではない。

 膝から崩れ落ちたラルスの頭に踵を落とし声高らかに叫んだ。


「こんの、変態ロリコン幼女趣味クソ野郎!」


 いくら成人の儀をしたといっても私は十二歳だ。こちらの世界の婚姻状況がどうであれ、私からしたら十二歳にプロポーズするなど言語道断。

 ロリコンと呼ばれても仕方ないレベルだと思う。


 幼女趣味と言う言葉に驚いたラルスは少し焦りながらリズエッタはもう大人だろうと必死に訂正を求めてくるが、そんな事知ったこっちゃない。

 世界の常識がどうであれ、私は十二歳でラルスは十六だ。高校生が小学生に求婚するようなものであり、それに頷けるほど私はこの世界に染まっちゃいないのである。


 それに何より、ラルスのこの行動を当たり前に受け止め、私がこの求婚を受け入れると信じてやまない住人達が気持ち悪い。

 確かにラルスは色男と呼ばれる程に顔は綺麗で見た目もいい。しかしながら自己中心的な性格は直ってはおらず、私にものを押し付けたり私が求婚を拒まないと決めつけている性格はいかがなものだろうか。

 この性格を直せなかったのは村長の孫だからと甘やかす住人達にも責任があるとしか思えない。そしてその結果がこれだ。


「ラルスに嫁げば幸せになれるわ」

「きっと働かなくても困ることはないだろう」

「ラルスと結婚できるなんて羨ましい」

「お似合いの二人ね」


 勝手に決めつけて勝手に騒いで、いい迷惑だ。

 私は一言も同意などしていないと言うのに。


「リズエッタ、君は俺が幸せにする。 働きたくないなら働かなくてもいい、君を養うくらいどうってことない。 そうだな、子供は三人くらいがいいかと思ってる」


「ーー子供っ!」


 勝手に想像して、勝手に幸せを決めつけていい迷惑だ。


 近づいてくるラルスから一歩一歩離れ、スヴェンとアルノーに挟まり顔を隠す。

 子供という言葉が出てきた時点でもうラルスに対しては嫌悪感しかなくなった。

 私の中では私はまだ子供だったのだ。それなのにその子供である私に対して子供が欲しいなどど、養護欲求ではなく性的対象であると言われてまったら気持ち悪くなるに決まっている。


 ただでさえ苦手意識のあったラルスからの一言は私の精神を揺さぶり、私はその場で吐き気を催した。

 今まで見てる分には容認できていた事だが、その対象か私自身に変わるととてつもなく気持ちが悪い。私が以前の記憶を持っていて尚且つ思考が子供ではないからか、尚更気持ちが悪い。


 もし私が十二歳じゃなく大人であったなら、ラルスが同い年だったのならばこんな気持ちの悪さを感じることはなかったのだろうが、もう、私は無理だ。


 その結論に至り、私は羞恥心などなかったかのようにその場に嘔吐した。


「リズ!?」


「うぇぇえ……。 無理、絶対無理。 私以外の人とお付き合いしてくださいまぢで」


 幼女趣味は否定しないので、私以外のかわい子ちゃんとくっ付いて欲しい。むしろ、私は対象に見ないて欲しい。


「私の幸せは私が決めるんで、ラルスはいらない」


 顔を歪めて睨み付ければ絶望の表情をラルスを作り、そのすきに私は急いで荷馬車に乗り込み祖父を急かした。

 早く帰ろうという私の声に気づいたスヴェンとアルノーも荷馬車に飛び乗り、唖然と私達を見る村人達に手を振りサヨナラと永遠に誓う。

 あの村長とラルスが生きているうちは一生エスターには近づくまいと心に誓ったのだ。



 折角の成人の儀が終わったのいうのに気分は最悪で、荷馬車の空気も重い。その理由は私がラルスを幼女趣味と罵ったからだ。

 スヴェンにしてみれば商売相手の孫にあまりにも失礼な態度をとったといえる。とはいえ私がそれについて謝ることはこの先一生訪れないだろう。


「ーーお爺ちゃん、行き遅れって何歳から?」


「……そうじゃのぉ、十八、からかのぉ」


「十八ーーーー、あと六年アレをかわし続けるか」



 私だって将来結婚して子供が産めたら幸せだとは思っている。けれどそれは今ではないし、ラルスではない。

 働かなくても生きていけるのならばラルスの言葉も少しは魅力的に感じるが、私は今の生活が好きだ。大好きなのだ。


 あの小さな家でちまちま仕事をしながらのんびりと暮し、いつも楽しく笑って、美味しいご飯を食べる。その食卓を囲むのは祖父とアルノー、スヴェンにレドと私で、他の誰でもない。

 近々アルノーは居なくなってしまうがそれはずっとではないし、アルノーにお嫁さんが来るまではそんな普通の生活をして居たいのだ。


「いや待て、いっそのことアルノーと一緒に家を出るのもあり?」


「それは無しだ!」


 私の独り言にスヴェンは声を荒げ、商売が滞る事に不安を表した。

 今でさえ手一杯のこの状況で私が抜けるのは好ましくはないが、このままラルスの目の届くところにいるのは良くない。こんな事になるのならば慈悲などせず贈り物を全て断り、最初から関わりなど持たなければよかったと今更ながら思う。

 じゃあ私は今後どうするべきかと考えればやっぱり行き遅れになるまで引きこもるか家を出るかの二択。

 ありがたい事に近いうちに新しい亜人も手に入るし、それを検討するのも悪くはない策だろう。


「取り敢えず今すぐに出て行くわけじゃないけど、新しくくる奴隷次第で予定を早めて家を出るよ。 その時までに生産スピードを上げる努力をしよう」


「亜人が使えるかもわかんねぇのにーー」


「でも俺はリズがグルムンドに来てくれとうれしいけどねー!」


「わしは寂しいが、無理に嫁がせるのはいやじゃしぃ」



 結局のところ家に帰るまでの道のりで今後のことを決めることはできず、領主から亜人を貰い受けてから身の振りを考える事になった。


 然し乍らどうやら私が家を出るのはほぼ決定事項に近い。

 なぜならば三日に一度はラルスが求婚しに家に現れるようになったからである。



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