23 パーティー
薄く伸ばした生地に満遍なく塗られたトマトソースと散りばめられた生バジル、真っ赤に熟したトマトの輪切りの上にはヤギ乳を使ったチーズがたっぷりとのせられ、あたりにはチーズの焼けたいい香りが漂っている。
テーブルの上にはその他にも胡椒をまぶした厚切りベーコンとベビーリーフとサニーレタス、自家製ハムと半熟卵をのせオリーブオイルと自家製ハーブソルトをかけたサラダ。アルノーの大好物とも言えるサツマイモの入ったクリームシチューのパイ包みにドライフルーツを大量に使ったバターケーキも用意した。
大人はワインやビール、シャンパンを準備し、子供の私達用には百パーセントオレンジジュースとミルク、蜂蜜を贅沢使いしたレモンスカッシュ(炭酸も既に庭で採取出来ますが何か?)と取り揃えパーティーの準備は万全といえよう。
そう、今日はアルノーのリッターオルデン院への入学を祝う日なのである!
リッターオルデン院とはハウシュタットに建てられた騎士を育成する為の学院であり、べらぼうに高い授業料がかかる為に別名貴族院とも言われている学校だ。
本来ならば貴族でもなければ金持ちでもない、農民出身の田舎者など門前払いされてしまうところなのだが、父が騎士であった事と元騎士のスヴェンの後ろ盾があった為特別に受験する事を許された。結果は勿論、我が弟は素晴らしい成績を叩き出し、即日入学が決まったらしい。
魔法に関しては役にたてなかったが、足し引き割掛け、加えて九九までも私は教えといたし、そんじょそこらの貴族に計算で負けるとは思っていない。むしろ天才だとアルノーを褒め讃えるがいい!
入学するのは今から二ヶ月後の春だが、アルノーと私の十二歳の誕生日も兼ねて本日決行したのである。
「おっほん! それでは我が孫息子、アルノーの門出を祝ってカンパーイ!」
祖父の合図とともに乾杯と木のコップをカツンと五人で合わせ、にこやかに食事会は始まった。
五年前にここに来たレドはもう三人にも慣れて今は良きパートナーだ。狩に行く時は祖父と組んで大きなファングやシャルウルス(トゲトゲしている巨大熊)を狩ってきたり、森の生えてる薬草を取ってきたりして私の薬草の先生も兼ねてくれている。全くもっていい買い物をしたと私は私を褒めてやりたい。
スヴェンは私と組んでからはやはりお金に余裕ができたからかここに滞在する時間は増え、今では二週間にいっぺん留守にする程だ。それに伴い私たちの食卓にはミルクやチーズなどの乳製品も増え、料理のレパートリーは増えていく。そろそろ村に買いに行くのも面倒だし羊か牛を購入したいところだが、いまいち管理の仕方がわからないから未だ保留してある。
二ヶ月後にはアルノーも学院に行ってしまうし、奴隷を二、三人増やしてもいいかなと考えているところだ。勿論、奴隷は亜人希望。人より反感なさそうだし力持ちそうだし、何処かしら得意分野があるとなおよし。こちらもスヴェンと要相談だ。
「おいひー!」
「よし! もっと食え! 食いだめするんだアルノー! 当分私のご飯は食べられないんだぞ!」
その言葉にアルノーは一度ギョッとし、そして寂しそうにそれは嫌だなと呟いた。
私だってアルノーと離れるのは嫌だし、たとえ大都市だとしてもご飯はあまり美味しくないだろうし、アルノーが可哀想だと思うがそれはもうどうにも出来ない事。アルノーが学校に行くと決めた以上、避けられない現実なのである。
「スヴェンに頼んで塩と胡椒、ジャムとかベーコンとかお菓子とか運んでもらうから、ね?」
「……いっそのこと、リズもハウシュタットに住めばいいのに」
「まぁ、それも考えたんだけど、金銭的にも住処的にもちょっとねぇ……」
ハウシュタットは領主が屋敷を建てて住んでいるせいか生活水準も高く、仮住まいするのにもお金がかかる。アルノーは学院の寮に入れるからいいものの、受験もしていなければ騎士になる気もない魔力なしが寮に住めるはずもなく、宿を取るにも部屋を借りるのにも大量のお金が必要となるのだ。
ここに住んでる分にはダンジョンや町々に卸しているものがあるからお金は貯まる一方だが、ハウシュタットに行けば確実に私は役立たずになる。
文字の読み書き、計算は出来ても冒険者になれるほど戦うことはできないし、庭がなけりゃ作れるものも作れない。一生何処にも行かず此処で終わるのは嫌だが、今はまだ、祖父の脛を齧って生きるのが最適だといえよう。
「私が言えるのただ一つ、慣れろ」
あの薄味に、野生臭さに。
ハウシュタットは大きな港街と聞くし、エスターやヒエムス、グルムンドよりは塩は出回ってそうだけど此処の食べ物には敵わないだろう。何せ此処の食べ物は遺伝子組換された野菜に果物、塩や砂糖に至っても随分先の技術で精製されたものにちかい。
はっきり言って私じゃ耐えられん。
「諦めろアルノー」
「どうにもならん」
「ーー坊ちゃん」
三人の顔はアルノーを哀れみ、私はガッツリと男共の胃袋を掴んでいることを再認識した。
アルノーがリッターオルデンに行くまでの約二ヶ月、満足いくまで食べたいものを食べせてあげよう。
そして家を出る前には保存食をたくさん持たせておこう。
がっくりと項垂れるアルノーにいっぱいお食べと語りかけ、その声にアルノーは頷くとハムスターのように両頬にご飯を詰め込んだ。
美味しいと笑うアルノーに私も笑顔になり、私達二人を見ていた大人たちも微笑みながら食事を進める。
いつもと変わらない、そんな日の出来事であった。
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