閑話03 アルノー


 



「どうかどうか、アルノーと私と仲良くしてください」


 リズエッタとアルノーの一日の締めは精霊達とコミュニケーションをとる事だ。

 とはいってもクッキーやパンケーキ、白パンや甘い果物など様々な貢物を枕元に置いて寝るだけだが。

 けれどもこの貢物の効果は絶大で、アルノーはどんどんスヴェンが腰を抜かしてしまうのではないかと思うぐらいに成長しているのである。


 どのくらい成長したかというと、本来ならば詠唱をしなければ出来ない魔法を簡略化したものでも発動するくらいといえばいいだろうか。

 この世界の魔導師が束になって研究しても簡略化できなかったものが、ただの餌付け行為でこうも簡単に出来てしまったといえよう。


「ナーガン! サラマンド! 桶いっぱいお湯を頼む!」


 アルノーが叫ぶと瞬間に水の球とそれを囲う火の渦が現れ、あっという間にお湯に変わった。本来の正しい詠唱は”火の精、水の精よ、我に力を与え、ここに暖かな恵みをあらわしたまえ”であるが、もはやアルノーには必要のない詠唱の一つとなっているようだ。


 そして”ナーガン””サラマンド”と呼ばれているのは水の精と火の精だ。

 精霊に名前をつけるなんてと言う声もあがるだろうが、勝手に名前をつけた結果、より強い魔法を放つことも出来るようになり、彼らとの繋がりはより強いものへと変化を遂げた。

 もちろん詠唱の簡略化、名付けとも元を辿ればリズエッタが引き金で、それをアルノーが真似をした事によりこのように今までの魔導師が考えられない関係を築き始めたのである。



 振り返ればアルノーがスヴェンに魔法を教えてもらっている最中、リズエッタはひたすらお菓子を作り続けていたような気もする。そして毎日毎日枕元で精霊達に向かって拝み続け、精霊はいつもそれに応えていた。

 リズエッタに精霊を見ることは出来ないが、その逆に精霊達からはリズエッタの行動など丸見えだったのだ。


 精霊達は実に好奇心旺盛で、人に関わることが好きなものが殆どだ。けれども人は精霊を目視出来ないために、大昔から決められた詠唱を唱えるだけで精霊も義務的に魔力をもらい己の力をふるっていただけ。

 こう言われたらこれを、それならこっちを。と言われたことを忠実にこなしているが、やはりやる気の出ない精霊もいるわけで、人々の魔力に強弱が出てしまうのは必然だろう。



 そんな代わり映えのない長い時代が続き、漸くリズエッタの手によって変化が起きた。

 彼女は全くもって魔力を持ち合わせていなかった為精霊達からはノーマークだったが、ある時いきなり彼らと関わりを持つようになっていった。


 精霊達の中には”誰か”から与えられないと人々の食べ物は食べられないという特殊な決まりがあり、一度は人間の食べ物を食べてみたいと願っていた精霊達は少なくはない。そしてその願っても無いチャンスはリズエッタの手によって生み出されたのである。


「神様仏様、妖精精霊様々! どうかどうか! アルノーと仲良くしてください、私と仲良くしてください! これは貢物です!」


 ”仲良くしてほしい”

 その為に捧げられた二枚の供物。

 長年焦がれていた人間の食べ物に精霊達は飢えた獣ように飛びつき、貪った。


 サクサクとした食感に黒胡麻の香りとコク、食べたことのない味に精霊は驚愕し、この人物を逃してはなるまいとリズエッタに各々の力を宿した一輪の花を贈り、信頼の証とした。

 そしてその結果リズエッタは毎日のように精霊達にお菓子を捧げ、彼らは毎日のように美味しい人間のお菓子を食している。


 余談だが、この時リズエッタがもらった花々はとても珍しく貴重なもので、精霊を研究するもの達からすれば喉から手が出るほど欲しいものなのだが彼女は生涯それを知ることはないだろう。



 そんな幸せなお菓子漬けの毎日が続いていたある日、精霊達はふとある事に気付いた。

 彼女が時折自分達精霊を変わった言葉で呼んでいるということに。


 火の精霊をサラマンドと水の精霊をナーガンと呼び、何度も何度も繰り返し呼ばれ、いつしかそれが各自につけられた名前だと精霊達が知るまでにそう時間はかからなかった。

 人間達は親しみを込めて呼び名をつける事を精霊は知っており、初めて人間に固有名詞をつけられ精霊達は大変喜び宙を舞う。


 次第にアルノーもリズエッタの真似をしその名で呼ぶことが増え、精霊達は他の人間達とは別の特別な感情を双子に抱き、そしてそれは”詠唱”という形で表されたのである。


 ありきたりの詠唱にだけ耳を傾けるのではなく、アルノーがより願う方向へ、望む魔法へ。

 その結果スヴェンが常識を疑った詠唱無視、オリジナル突発詠唱と至ったのである。




 それらを踏まえて今のアルノーと精霊達との仲は異常なまでに親密だといえよう。

 勿論、魔力のないリズエッタにでも精霊達は群がり、もし唯一精霊がみえるエルフがそこにいたなら驚くこと間違い無い。

 何せ、一部の精霊は魔力ではなく、お菓子を食らってリズエッタの為だけに生活魔法を使っているのだから。



 二人が十一歳を迎えた年、アルノーはリズエッタの目論見によりハウシュタットの騎士学校の試験を受けに赴いた。

 アルノーにしてみれば大都市に騎士の学校があることすら知らずそんなところに”お受験”に行けるなんて思ってるはずもなく、何度も何度もスヴェンやヨハネス、リズエッタに嘘では無いのかと確認したほどだ。


 大都市の学校ゆえに入学金もそこそこ掛かるようだが、リズエッタのおかげでお金の心配をすることはない。

 唯一の心配は他者と仲良くなれるかだろう。


 試験の行われた学校にはアルノーのような古びた服を着ているものはいなく、どの子もその時のためだけに用意されたかのような服に身を包み、アルノーを遠巻きに見るものが多い。村の学校とは違い入学金が必要な学校だ、貴族や大商人の子が殆どでアルノーのような田舎から出てきた者はとても珍しかったのだ。


 ニヤニヤといやらしい視線を向ける人間が多数いるなかアルノーは気にする素振りなど見せず淡々と試験官の話を聞き、浮き浮きと今まで培った魔法の限りをぶちかました。


「ヴォルトン、雷を!」


 精霊は詠唱無視のその言葉に反応しアルノーの右手はパチパチと音を立てた煌めきが集まり、試験官達はその異様さに慄いた。そしてその後アルノーはさも当たり前のように雷を放ち的の真ん中に命中させ、先程までニヤニヤ笑っていたお貴族様もその魔法の異質さに言葉を忘れ、アルノーだだ一人だけが満足そうに笑っている現状。


 ここは敢えて言おう、アルノーは”おかしい”のだ。


 森の奥深くで家族三人と奴隷と商人。

 唯一常識を持っているのは商人のスヴェンだが、ここ最近は呆れて物も言えなくなっている。

 つまりはアルノーは一般常識を知らずに育ってしまったのだ。


「ありがとう、ヴォルトン」


 普通精霊に名前なんかつけないし、魔法の使用後お礼なんて言わない。けれどもお礼を言うのは双子の片割れが”精霊も生き物なのだからお礼は言いなさい”と言い聞かせたためである。

 周りの人間達がざわつく中、アルノーは試験官に合格出来ますかとのほほんと聞き、試験官が無言で頷くとまた満足そうに笑った。


「お土産はなにがいいかなー?」


 家で帰りを待っている双子の片割れに、祖父にお土産になにを買って帰ろうと悩むアルノーの背中を人びとは唖然と眺め、試験官達はその子供の詳細を調べるのに半年程かかったというのはまた別の話である。



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