閑話02 クズのかたまり


 



 彼が彼女に会ったのはある意味幸運だったのかもしれない。








 ラルスは傲慢だ。

 それは村長でありギルドマスターである祖父が、孫のラルスを可愛がるせいだと云えよう。格式高い家柄でもないのにラルスの望んだ衣服を与え、食べたいものを好きなだけと食べさせ、口だけは達者な子供に育ててしまっていた。

 村の人間はそんなラルスにでも優しくはあったが、裏では村長の孫だから仲良くしておこうと言う意図がはっきりと見え、幼いながらにラルスは疎外感を感じていたのも事実である。


 どんな我儘も許されていたラルスに転機が訪れたのは、数え年で十を越えた頃、初めてリズエッタと出会った時だ。



「初めまして。ヨハネスの孫娘、リズエッタと申します。お見知りおきを」



 ハニーブロンドの髪に蜂蜜色の瞳、桜色の頬に桃色の唇。リズエッタは優雅にスカートの裾を掴み、貴族のように小さな頭を下げニッコリとラルスに笑いかけた。


 服装こそみすぼらしいが、何処かの貴族のご令嬢がお忍びで訪れたと言われれば頷ける仕草で、エスターの村にはいないその姿にラルスは目を凝らした。

 リズエッタの食生活はエスターの比にならないほど良く、髪も肌も荒れる事は早々なく、以前の知識から身体を毎日拭くなどして清潔に保っている。街まで行ってたとはいえ、そこまで身体は汚れてはいなかっただけなのだが、ラルスから見れば健康的な肉付きの体に天使の輪ができるほど艶がある髪。スカートを摘んだ両手はがさついてはおらず、織物の塗料が爪に入り込むことはなく、整い汚れてはいないようにおもえた。


 身体を清潔に保っていただけだが、ラルスには心なしか良い香りすら感じる摩訶不思議。


 エスターの村にはいない、とても清潔で教養のある綺麗な女の子、リズエッタにラルスは一目で恋に落ちてた。


 彼女こそ自分に相応しい花嫁にちがいない!


 そんな考えはリズエッタを堂々と傷つけるとも知らずに、ラルスは傲慢な間違いを犯してしまった。


「お前気に入った! 俺の嫁にしてやってもいいぞ!」


 キョトンとするリズエッタを引き寄せ抱き締め、そして唇と唇を無理矢理合わせ、自己満足のキスをする。リズエッタは一瞬息を飲むが即座にラルスの腹に攻撃を加え体と体を引き離し、ぺっと床に唾を吐き何度も汚いものを拭うように唇を擦った。そして怒りに満ちた顔で蹲るラルスの頭を容赦無く踏みつけたのである。



「こちらでは初めて会った女性に破廉恥な行為をするのが礼儀なのですかねぇ? それとも私を目下だと思って何をしても良いと?」


 決してラルスはリズエッタを目下と思っていた訳ではないのだが、何せ甘やかされて育った子だ。自分の行いがどんなものであるか考える能力を持っておらず、当たり前のようにリズエッタが喜んで自分のものになると思っているのだ。

 グリグリと頭を踏みつけられながらも俺の嫁にしてやるのにと口に出せば冗談は顔だけにしろと、馬鹿は嫌いだとリズエッタはラルスに言ってのけた。


 ラルスが下から彼女の顔を見上げるとそこには今さっきまであった可憐な笑顔はなく、軽蔑し見下す視線が自身に降り注いでいるのが分かった。

 然し乍ら今まで可愛がられていたラルスにその視線の意味など理解出来るはずもなく、何が嫌なのだと子供らしく喚き散らかしていた。


 普通に物事が考えることが出来ていれば初対面で惚れた相手にこんな事をやらかす事はなかっただろう。もしかしたら友達になれたかもしれない。

 だがそれを、ラルス自身がへし折ったのだ。


 祖父に甘えて、村人に甘えて、傲慢に怠惰に生きて。


 ラルスはどうしようもないクズの塊だった。





 ではそのクズのラルスはリズエッタを諦めたのか問えばそれは異なり、リズエッタがアルノーがスヴェンがヨハネスがウザいと感じるほど逞しく、執念を持ってに粘着気味にリズエッタにいまだ恋をしている。


 まずはじめにした事はリズエッタへのアプローチだ。

 エスターには多くのザイデジュピネの糸が集まる場所である故、ラルスは意図的に高級品である虹色の織物を商品から抜き取った。

 本来ならば犯罪行為なのだが、それは祖父であるエーリヒがまた甘やかしたと言っておこう。

 その織物は俺の気持ちだとスヴェンにリズエッタに渡してくれと頼み、これで彼女は喜んで嫁に来ると安心して踏んでいた。

 けれどもリズエッタからはいらないの一言と、人様が獲ってきたものをあたかも自分のものように扱うなとお叱りをうけた。


 じゃあ次にと村ではあまり食べられないルクルーの肉を渡せばこれまたいらないの一言と、うちではよく獲れる鳥だと村人にやれとの事。


 では光物はどうだと家にあった琥珀のバレッタを贈れば、自分の物じゃない家族の物を贈るなんて最低な奴だと言付けが返って来る。


 どんな事をしてもリズエッタはラルスに振り向かず、その苛立ちは日に日に積もっていくばかりだった。



 そんなある日、ラルスを可哀想に思った村人の一人がダンジョンに一緒に行かないかと声をかけ、ラルスは渋々その誘いに乗ることにしたのだ。

 ダンジョンに着いて最初に思ったのは、どうしようもなく臭いという事。ダンジョンに潜る人間は村人より体を洗う習慣は少なく、あまり清潔ではない。俺もこんな臭いを出してしまえばもっとリズエッタに嫌われてしまうと逃げ出そうと思ったが、ふと彼女の言葉を思い出した。


 ”人様が獲ってきたものをあたかも自分の物のように扱う”


 確か彼女はそう言ったはずだ。

 ならばここで自分で獲ったものは受け取ってくれるのではないか?



 そう考えついたラルスの行動は早い。

 エスターの村長の孫だとチラつかせそこそこ強いパーティーに入れてもらい、冒険者達のサポートもあったがいちばん弱いザイデジュピネの糸を手にすることが出来たのだ。

 よくやったと頭を撫でる大人達にはにかんだ笑顔を見せながらも少し不安で、リズエッタは受け取ってくれるだろうかという気持ちが勝つ。けれどもパーティーメンバーは頑張ってラルスが自分でとったのだから大丈夫だと声をかけた。


 その結果今度はリズエッタが渋々その糸を受ける取ることになる。

 彼女の為にとってきたと言われればリズエッタも鬼ではない、ちゃんと受けとりありがとうという言葉をラルスにおくる。


 初めての感謝の気持ちに胸がきゅーっと苦しくなる感覚がしたが、嫌な気持ちではなく、もっと頑張ろうと高みを目指すことになったのだ。


 それからというものラルスは村にいるよりもダンジョンに篭ることが多くなり、肥満体型もいつしかスマートな筋肉質な身体へと作り変わっていった。

 今では村一番の色男と言われているほどで女達には人気だが、どの子がアプローチしてきてもこころに決めた人がいるからとことわる好青年にまで成長した。


 あれから六年経ち、ラルスは十六。

 そろそろ相手がいてもおかしくない年となった。愛しのリズエッタは十二歳で、結婚適齢期に入る年頃だ。

 どんな言葉ならば彼女の心を動かせるのだろうと、彼女への愛が伝わるだろうと真摯に考えるラルスはこの先の未来を知らない。



 ロリコンと罵られ、またもや軽蔑の視線で見られる事を。



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