08 ベーコンと配当


 



 青い空、白い雲。

 右手にはドライフルーツ、左手には塩の塊。


 本日も平和である。


「ドライフルーツうまー」


 果実によるのだろうが、本来ドライフルーツが出来上がるまで二週間ほどかかり、尚且つ水分を抜くためにひっくり返すといった行為が必要だがどうやら”庭”ではそんな常識は無縁らしい。

 何故ならば私が今食べているドライフルーツは昨日出来上がったもので、完成するまでの期間は三日。


 どうやらこの場所は私が思っていた通り摩訶不思議空間のようだ。

 祖父といいドライフルーツといい、この現象を三日クォリティと名付けようと思っている。


 そんな非常識が新しく判明した事により、私は新たな加工に取り込む事にした。


 そうそれは、ベーコン。

 ベーコンエッグしてもよし、ポトフに入れてもよし、薄く切ってアスパラやポテトに巻いてもよし。

 塩がない? いや大量にあるわ。

 香辛料がない? そんなの生えてるわ。

 燻製チップがない? 桃の木林檎の木をへし折るわ。


 全てがこの庭で賄えるこの幸福、神に祈らずにいられない。


 ポキリと桃の木の枝をへし折りナイフで細かく削り乾燥させ、その間にファングの肉の塊に荒く削った塩と砂糖、胡椒とハーブを塗り込んでいく。

 塩は肉の重さの二パーセントがいいらしいがそんなの分からないから目分量。

 この塩漬けを麻布で包み、日陰に三日放置。

 本来は一週間とからしいが三日でなんとかなるはずだ。

 ここで麻布で包んで菌が湧かないかと普通は思うところだが、その心配は無用だと断言しておこう。


 だって此処の植物、腐る事ないんだもん。


 林檎、桃に至っては熟れて地面に落ちることもなく、野菜だっていつだって青々としている。

 幾らとってもなくならず、日が経っても傷まず、三日も経てば望む結果が得られる。

 此処は普通ではないのだ。


「ベーコンの次はハム! 魚が取れれば干物もできるかもしれないな!」


 大根おろしに醤油をちょっと垂らした干物、食べたい。でもギリギリとれても川魚だし、海の魚はスヴェンにどうにかしてもらうしかないのかもしれない。


 そこでふとある考えが思い浮かぶ。

 鶏が飼えるのならば、魚の養殖も出来るのではと。

 現代では餌や飼育環境の影響、品種改良により毎日卵を産むのが当たり前になっていたが、この時代ではそうでは無い。けれどもウチで飼っている鶏は毎日のように卵を産む。どうして毎日産めるのかと考えれば、結局は庭の影響を受けているのではないか。

 だとしたら難しそうな養殖もできんじゃね? という馬鹿丸出しの考えがまとまったのである。


「神さま神さま。どうか、どーか庭に池を作ってください」


 庭を照らす神々しい太陽にお祈りをささげ、明日に期待する。




 塩漬けを終えたところでドライフルーツを齧りながら家に帰れば見知った馬車が止められており、スヴェンが塩を売り終えて帰って来たのだとわかる。

 エスターの村までは歩いて一日だが馬車ならそうはかからない。しかしながらあれから一週間近くたってからの来訪だ。悪い結果になっていなければいいのだけれども。


 意を決して扉を開ければ、陽の高いうちから陽気に酒を飲み漁るジジイとおっさんの姿が目に入り、私の考えは瞬間に消え失せる。

 酒のつまみにジャーキーと私の秘蔵ピクルスも食べられており、どうしようもない怒りを桃に込め、二人の頭に投げつけた。


「いでっ!」


「昼間っから酒呑むな!」


「じゃってする事ないんじゃもん」


「可愛く言ってもだめ!」


 祖父がする事と言えば酒を飲むかトレーニングをするか狩りに行くかだが、最近はアルノーが魔法練習のため狩りに行っており、祖父は留守番だ。

 最初こそ一人で行かせるのは危険だと思ったが、アルノーの魔法は凄まじく、手加減抜きだとファングぐらいだったら仕留められる程に成長していた。

 故に二人で狩りに行かれると肉が貯まる一方なのだ。


「そろそろルクルーでもいい捕ってきてくれんかのぉ」


 ルクルーとは烏を巨大化させたような鳥で、祖父が曰く美味いらしい。どうやらこの前私が言った唐揚げに異常反応し、アルノーも祖父もルクルーにお熱だ。


「そんな事より塩は売れたの?」


「よく聞いてくれた! 塩も砂糖も干し肉もいい値段でいけたぜ!」


 テーブルの上にドンと乗せられた袋を逆さまにしてみるとジャラジャラと硬貨が落ちてくる。

 小銅貨、銅貨と硬貨別に分けていき、銀貨一枚、小銀貨五枚、大銅貨三枚、銅貨五十枚、合計一万五千三百五十ダイム。

 ヒエムスにファングを売った時は一頭大銅貨二枚で三頭で大銅貨六枚、六百ダイム。

 あれだけの量の塩、砂糖六袋でその値段ならかなり良いのではないのだろうか。


 配当をどうするべきかと祖父に視線を向けると驚愕の顔を作ったまま微動だせず、仕方なしに私が話を進める事にした。


「一袋辺りの価格を教えて欲しいのだけど」


「塩は一袋あたり小銀貨三枚と大銅貨一枚。砂糖は小銀貨二枚だ。干し肉は一束銅貨五枚」


「スヴェン的にはなかなか良い値段?」


「割と良いと思うぜ」


 成る程と頷き、今度は何故一週間程時間が掛かったのかを問う。

 すると返ってきたきたのはエスターでは売れず、その先の街のグルムンドまで向かったのとのことだった。


「なんでエスターで売れなかったの?」


「まぁ、なんだ。エスターのギルドは小さすぎて一度に全部買い取れないって断られてな」


「ギルドなのに?」


「エスターよりもっと多くの人から住んでいるグルムンドの方が需要があってな。……って需要がわからんか」



 唸りながらどう私に説明すべきかを悩むスヴェンには申し訳ないが、需要も供給も分かるし、言いたいことはだいたい把握できた。

 要は小さな村のギルドでは大金叩いて大量の塩、砂糖を買う余裕はなく、大勢が暮らしているグルムンドで一気に売っぱらったということだろう。


「ジャーキー、干し肉もグルムンドのギルドで売ったの?」


「いや、干し肉はおやっさんの名前でギルド登録してダンジョンで売っぱらった。味もいいし少し高値にしたがそれこそ飛ぶように売れたぞ! 次はもっと量が欲しいところだ!」


「ダンジョン……?」


 ダンジョンってあれだろ。ゲームとかの魔物の巣。魔法もあるしまさかと思ってたが、実際にあるんだ。

 ダンジョンでジャーキーが売れるならばんばん祖父に狩ってもらって加工するのもありかもしれない。呑んだくられるよりましだし、金にもなるし。


 次に話さなければならないのは私達とスヴェンでどうこの金を分けるかだが、流石にそれは祖父抜きで話すのは良くないと頬を叩き目を覚まさせた。

 祖父の反応からするに私達はつい最近まで貧困層にいたことがよくわかる。


「お爺ちゃん、配当なんだけどね」


「うむ」


「私は今回は平等に半々でいいと思うんだ」


「うむ」


「いやいやよくねぇよ!」


 私の言葉にスヴェンは椅子から勢いよく立ち上がり、私に向かって馬鹿なのか、アホなのか、これだから餓鬼はと罵倒する。

 スヴェンとしては多分貰いすぎ、と感じているのだろうが黙って頷いていた方が賢い選択だろうに。

 私の話を聞いて欲しいとフーフー唸るスヴェンに言い聞かせ着席させ、どうして半々にするかを簡単に説明をした。


「私やお爺ちゃんは商人じゃないからどれがどのくらいの価値が分からない状況なんだよ。それなのに何も知らない人間がギルドに出向いたとしたら馬鹿を見るだろう? けど商人のスヴェンに頼めば安く叩かれる事もないはず」


「だとしても半分じゃ貰いすぎだ!」


「理由はもう一つあるよ! こっちが大本命の”口止め料”!」


 今はまだ祖父とアルノーだけが知っている事実だが、これが露見するわけにはいかない。もしスヴェンが他の人にほだされて私達のことを話したら終わるのだ、主に私の人生が。


「だとしても貰って四割だ! こっちだってなこんないい話し逃したきゃねぇんだよ! 最初っからわだかまりつくれっかど阿呆!」


 目をシパシパさせて硬貨を数えている祖父に呆れながらも私をため息をつき、スヴェンのその条件に乗ることにした。

 此方としてはタダで大量に手に入るものを収穫するだけなのだから、取り分は実際に売りつけるスヴェンが多くてもいいと思っているのだけれども。


「……わかった、四割ね。ただ!今後も六、四で!」


「っし! 六、四な! 間違えんなよ!」


「おうともさ!」


 ぱしんといい音をさせ互いの手をきつく握りパートナーとして道を歩み続けることをここに決め、老後の資金をコツコツ貯めていこう。


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