07 ドライフルーツと魔法


 



 新たに家族に加わった鶏たちはどうやら頭がいいのかもしれない。


 何処までも続くであろう”庭”の中一羽たりともいなくなることはなく、雌に限っては卵を産んでいた。一つ二つと卵を回収し、朝ごはんのおかずに早変わりだ。


 スヴェンはもう既に街へと塩を売りに向かってくれたし、あとはスヴェンの帰りを待つのみ。

 塩、砂糖ともども貴重品なのは分かっているが麻袋一つでどれ程の価値になるのだろうか。

 それもどうやらジャーキーも売り物になるみたいだし、そこそこ稼げそうだ。


 だがしかし、ここで止まる私ではない。売る売らないはともかく新しい料理を作りたい。挑戦する心は大事だよね。


「ってことで今日はドライフルーツを作ります!」


「おー!」


 元気よく返事をするアルノーとともに庭にある桃や林檎、パイナップルやキウイに葡萄を収穫していく。

 南国フルーツだろうが季節感がないフルーツだとかそんなのは関係ない。

 だって生えてくるんだもの、食べたいんだもの、致し方ない事なのだ。


 大量に収穫した果物をスライスしていき重ならないように並べていき、あとはただ乾くまで干す、以上。

 ポイントとしては干す場所が私の庭であることだろうか。家の前だと目を離した隙に鳥に食べられてしまう。しかしここなら鶏しかいないし、それにその鶏は生えている米や野菜、肉の切れはしを食べているからあまり食べられる心配はないだろう。


「リズーつぎはー?」


「次は林檎と桃、砂糖をとって帰ろう。んで、ジャムつくるよー!」


「はーい!」


 背中に背負った籠に林檎を入れ、桃は潰れないように手に持った箱の中へ。


 レモンも変色防止に必要なはずだったから、レモンもとって帰ろう。


 砂糖がなっている花も容赦なく摘み取りアルノーの持っている麻袋に放り込み、そこそこの量が取れたところで家に帰った。



 庭先で狩に使うものを整備している祖父にジャム作るよと声をかければ嬉しそうに笑い、パンが美味しくなるのと私の頭を撫でる。


 スヴェンが私たちに持ってきてくれた黒パンは硬いしあまり美味しくはない。故にジャムをつけた方がまだいいだろうという私の考えだ。それにジャムは砂糖使うから多少保存がきく。でも瓶を消毒したり冷蔵庫がなかったりするから長期保存は出来ないだろうけど。


 さてとと腕まくりをしジャム作りに取り掛かろうとした時、祖父とアルノーが勢いよく私の手を掴み、外へと走り出した。


「えっ? ちょっと何!」


「ファーラビットがいた!」


「捕まえんと!」


 ファーラビットとはその名の通り、毛皮がモコモコしている兎である。冬を越す時には毎年お世話になるコートの材料だ。

 肉も食べられるし獲って損はないのだけれども、今は大量にファングの肉があるし、食べ物には困っていない。

 それなのに何故捕るのだろうか?


 祖父は私のそんな考えを見越したのか、そろそろコートを新調しなければなるまいと言い、私とアルノーを抱えて走り出した。

 その速さは老体とは思えず、食の力は恐ろしいものだと感じざるをえないだろう。


 あっという間に追いつくもファーラビットは動きが機敏で捕まえる事は簡単ではない。

 試しに足元にある小石を投げてみたが呆気なくかわされ、お尻を向けて逃げていく。祖父に怒られるかと思い肩を竦めてみても怒られる気配はなく、逆にニヤニヤと笑っていた。


「アルノー! やれ!」


「うんっ!」


 祖父の掛け声と共にアルノーは私のように小石を投げつけるが、それの石はとても早くまっすぐに飛んでいき、パンッという音と共に兎からは真っ赤な血が花火のように舞い、茶色い毛皮を真っ赤に染めた。


「はぁぁぁぁあ!?」


 私と同い年のアルノーが、何故こんな芸当ができるのだ?

 唖然とする私をよそに祖父とアルノーは手を取り合って喜び、私に向かって自信満々の笑みを向ける。

 その顔に若干の苛立ちを抱えながらも何をしたのか問えば祖父が魔法だと答えた。


「どうやらアルノーに魔法の才能があるみたいでの」


「へへっ! 凄いでしょー!」


 魔法。

 私の知る余地のない未知の力だ。今さっき使ったのは肉体強化に近い魔法らしく、唯一祖父が教える事が出来たものらしい。


 でもこれで納得できた。

 祖父が筋骨隆々になり、鶏も雄々しくなり、雌は卵を毎日産むようになったというのにアルノーにはそれがみられなかったのはそれのせいだ。

 その変化が目に見える変化ではなく、”魔力”として現れたのならば納得はいく。




 しかし、しかし、だ。


「これじゃあ毛皮取れないじゃん!」


 ファーラビットはアルノーの投げた石により体を突かれ、綺麗な毛皮には満遍なくベッタリと血が付いている。洗っても落ちにくいというのに、こうまでも血まみれのファーを使ってのコートなんていかがなものだろうか。

 血みどろのファーラビットの足を掴み上げてみればぼたぼたと血が流れおち、私の足まで真っ赤に染め上げた。


「これは使い物になりません」


「……そうじゃの」


「それと! アルノーだけ!? 私は使えないの!?」


 双子のアルノーが使えるならば私だって使えるはずだと祖父に詰め寄れば、リズエッタには魔力のかけらすら感じないと絶望的な言葉をかけられた。

 ズンっと落ち込み砂にののじを書く私を慰めるように、アルノーはでもリズのご飯は美味しいから大丈夫と謎のフォローをしてくれる。


 祖父が筋肉、弟が魔力、私が炊事力という何故の配分か。

 いや待て、多分将来アルノーもそこそこ筋肉はついていくだろう。だとしたら可愛いアルノーではなくなり、筋骨隆々のアルノーに変わってしまうのではないか?


「悩ましい」


「リズー?」


 今はまだ可愛いまでいてほしいが、来るべき時は来る。

 アルノーは男の子だもん。きっと物語の冒険者や、父のような騎士に憧れるに違いない。

 きっとその時魔力や筋肉は役に立つだろう。



 私としてはここで家族とのんびり暮らせれば満足なんだけどね。


 私はショックを受けながらも立ち上がり、再び兎の足を持ち声高々に宣言をした。


「今日はファーラビットの団子汁にします!」


 取り敢えず今の私がすべき事はこのファーラビットの処理なのだ。

 多分ファーは使い物にならないし、肉だけでも食らってやらねばなるまい。確か生姜と大根、きのこも取れてたはずだし、すいとんにしても美味しいだろう。


「アルノー! 魔法使えるならお爺ちゃんと一緒に狩りいきなさい! そして鳥を捕ってきて!」


「とり?」


「そう、鳥! 美味しい唐揚げを作ってあげる!」


 狩りに行って魔法の使い方が上手くなれば良いと思うが、実際は私が唐揚げを食べたいだけだ。


 課題としてそんなことを言ったのにアルノーは嬉しそうに頷き、祖父までもが唐揚げというまだ見ぬ料理に恋い焦がれていた。


 どうやらうちの男どもは単純らしい。



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